2-12 バトル☆クッキング

 ごわおぉぉぉん!


――調理開始アレ・キュイジーヌ


 中華風のドラの音と、なぜかフランス語で開始を宣言する<散財>さん。

 ダンジョン史上おそらく初の、唐揚げバトルの火蓋が切って落とされた!


 リンファは迷いなく、山盛り野菜の中から白葱しろねぎと、赤と黄色のパプリカを手に取った。手際よく、中華包丁でみじん切りにしていく。

 赤白黄の野菜に黄金色の根生姜ねしょうが、緑のパセリが加わったボウルは、それだけで一つの完成された料理のように華やいで見える。見ているだけなのに、口の中に大量の涎が分泌されていくぅ!

 ううっ、さすがプロの料理人。下ごしらえだけでも魅せる技術が抜きんでてる。


 次にリンファは、醤油、酢、砂糖、ケチャップ、ウスターソースを混ぜ合わせた自家製ダレを作り始めた。

 なるほど。このタレにさっきのみじん切りした野菜を加え、中華でよく見る香味ダレに仕上げるわけか。


――おーっと、リンファ選手。せっかく作ったタレと野菜を混ぜません! これは一体、どういう事なんでしょうかっ!?


「これは最後にかけるタレアル。今具材をタレに浸してしまったら、食べる頃には野菜のシャキシャキ感がなくなってしまうアル」


:おお……これぞプロ。全ての工程は、出来上がり時間を想定し作られている!

:俺、あの香味ダレだけで、ご飯何杯もいけそうw

:その辺の料理系チャンネルより、レベル高くね?www


 視聴者のコメントに気を良くしたか、リンファは鶏もも肉をまな板に広げ、説明を交えつつ下ごしらえを進めていく。


「ニッポンの唐揚げは、手ごろなサイズに切ってから揚げるのが一般的アルが……中国ではもも肉一枚、そのまま揚げてしまうアル。だから下処理がとても重要ね」


 リンファは鶏もも肉の余分な皮、スジ、しこり、血合いを取り除くと、中華包丁でトントン叩き始めた。


「固いスジを取り除く事で食感を向上させ、筋線維を切断する事で肉縮みを防ぎ、一枚で揚げる事で肉汁を中に閉じ込める。これが中華の唐揚げアル」


 リンファは、迅速且つ丁寧に下処理を終えると、肉をボウルに移し変えた。


「下処理が終わったら、今度は味付けアル。醤油、酒。臭み消し用のおろしにんにく、おろししょうがも少々。白胡椒を加えたらよく混ぜて、鶏肉を揉んでいくアル」


――リンファ選手、これは手で混ぜなくとも、ある程度浸け置くだけでいいのでは?


「鶏肉は水分を吸収しやすい肉アル。こうして手で何度も揉み揉みしてやれば、浸け置き時間を十五分ほどに短縮できるアル。その時間で、次の肉の下処理もできるアル」


:時間を無駄にしない工夫……まさに現場の料理人!

:飲食店のランチタイムなんて、一分一秒を争う戦いだしなあ

:厨房は、戦場だ!


 ラップしたボウルで肉を浸け置き、十五分待つ。

 そしていよいよ、唐揚げメインイベント。揚げの工程に入っていく。


「まず、肉全体に溶いた卵をしっかりからませる。こうする事で肉の保水効果が上がり、ジューシーに仕上げる事ができるアル。最後に片栗粉を適量まぶして……高温の油で一気に揚げるアル!」


 菜箸で温度を測ると、リンファはたっぷり油を張った鍋に肉を滑り込ませる。


「油の温度は一八〇度。ここからじんわり火を弱めていき、最終的に一五〇度ほどの低温で七分ほど揚げるアル」


 じゅわじゅわ派手な音を立てていた鶏もも肉が、じわじわ低音油風呂で、中まで熱が通っていく。


:ダメだこれ~! 音だけで絶対ウマイヤツぅ~!!

:ほほう、油の温度は低めから高めとよく聞くが、あえてその逆をいくとは

:これもうチキンカツって事だよね!? 美味しいに決まってんじゃん!


 リンファは穴柄杓あなひしゃくで肉を掬い上げると、再び火を強くする。


「肉を取り出し一分ほど休めたら、二度揚げしていくアルが……」


 反対の手でおたまを取ると、穴柄杓の肉の上から大量の油を注ぎかけていく。

 何度も、何度も。まるで温泉のかけ湯のように、油が肉を洗っていく。


「高温の油をこうして繰り返し流しかけてやる事で、表面パリパリ、中は柔らかく仕上げる事ができるアル。これぞ中華の揚げ技法――油淋ゆーりんアル!」


:鶏皮の焼ける香ばしい匂いが、画面越しに伝わってくるううううwww

:高温から低温の温度設定も、この二度揚げで、肉の表面を再度揚げるためか!

:日本料理で言うところの、さし油だな。油の量と豪快さが全然違うが。

:もう我慢ならん。ちょっと中華街行ってくる!


 頃合い良しと見たリンファは、油を切った唐揚げ肉をまな板に乗せた。

 愛用の中華包丁を使って、まずはパリパリの皮を切断、一拍間を置いて中の肉を一気に切る。ザクッと聴こえた包丁の音が、耳にとても心地よい。

 衣と肉を剥がす事なく、一枚肉は綺麗に八等分された。


「最後に、みじん切りした野菜とタレを混ぜ合わせ、肉に満遍なくかけてやれば……中華風唐揚げ――油淋鶏ゆーりんちーの完成アル!」


 色鮮やかな香味ダレを装った、揚げたてホカホカ油淋鶏。

 香味ダレの下、パリパリの皮とジューシーな鶏肉から立ち昇る湯気が、出来立て揚げ物の熱量を感じさせる。

 ド定番でありながら、中華料理の神髄を見せる油淋鶏。

 これが美味くないわけない!

 

「油淋鶏か……揚げたての今の内に、むしゃぶりつきたくなるほどウマそうだな」

「はーっはっはっは! 毎日店で鍛えてるワタシに、料理で適うわけないアル!」

「そうかもしれない。もしここが……中華街ならな!」


 俺は、皿に乗った唐揚げを差し出した。


「ふっ、なんだそれは。そんなのよくある、ただの唐揚げ……まさかっ!?」


 よく気付いたな。

 たじろぐリンファに、俺は堂々言い放つ。


「ここは中華街じゃない。ダンジョンなんだよっ! ダンジョンで作る一番美味い唐揚げは……ダンジョン風に決まってんじゃねーか!」


* * *


 リンファの横で、俺たちも料理に取り掛かっていた。


 まずは鶏もも肉。 

 俺じゃリンファほどの手際は見込めないが、しこりと血合いだけはドスで丁寧に取り除く。皮とスジは、食感の違いを楽しむためあえてそのままに。八等分に切り分けてからボウルに入れる。

 下味は醤油、みりん、酒、にんにく……そして、味の素とナツメグを適量。

 よーくもみもみしてあげて、そのまま常温で二〇分ほど浸けて置く。


:なんかユウヘイの方は、一般的な家庭の唐揚げだな

:唐揚げは色んな味付けあるけど、結局ノーマルが一番美味しくね?

:でも普通の唐揚げじゃ、リンファにゃ勝てねーだろ?


 コメントニキたちの、不安の声が流れていく。

 もちろん分かってるさ。このまま普通に作ったんじゃリンファに勝てないって事は。

 だから、ダンジョンならではの唐揚げにするんだよ!


 まずは鍋の用意だ。

 俺は油を手に取るとアイランドキッチンのコンロから離れ、委員長に振り向いた。


「頼んだ、委員長!」

「うん、<アイギス>!」


 委員長が両手を前に突き出すと、空中に<アイギス>で作った不可視の寸胴鍋が現れた! その中にサラダ油を注ぐと……思った以上に底が深く、広い。


「もう少し、浅め小さめの鍋にしてくれる? フライパンみたいな感じで」

「オッケー」


 <アイギス>の形状変化は、底に溜まった油の形状を見れば分かる。鍋底がみるみる小さくなり、油のかさが増えていく。

 俺はアメリアに振り返る。


「アメリア、とにかく強火で頼む」

「オッケー」


 宙に浮かぶアイギス鍋の下、アメリアはナックルダスターを二つ、地面に置いた。


「<炎付与ファイア・エンチャント>!」


 ナックルダスターに火が付くと、炎がアイギス鍋を包みこむように炙っていく。


 一般的に鍋は、熱伝導によって油の温度を上げる。これは鍋底に触れる油に熱が伝わり、油全体の温度をじょじょに上げる仕組みとなっている。

 そのため鍋底と上辺では、油の温度はかなり違う。これがムラとなり、出来上がりに影響する。


 しかしアイギス鍋は、熱伝導しない空気の寸胴。アイギスの空気は対流熱となり、中の油を温める。本来であれば油を含んだ空気はミストとなって上昇し、鍋外に出てしまうはずだが……<アイギス>は委員長のスキル。温められたミスト油はアイギス鍋に留まり、鍋全体で均一した温度を保てる!


:スキル使って……揚げ物すんの!!!???

:なんだこれは……なんなんだ、この料理は‼

:こんな揚げ物、見た事ねえええええええ!!!


 リンファは自分の料理に集中していて、こっちまで気が回っていない。

 よし、今の内――。


「ユウヘイ、聞いてきたよ」


 ちょうどナデコが、審査員席から戻って来たところだった。


「どうだった?」

「やっぱり影響あるみたい。デビラビだけじゃなく、他の魔物も同じような好みだと思うって」

「やった! さすがナデコ!」

「ううん……ユウヘイのおかげだよ。言われなかったら私、自分がこんな事できるなんて思ってもみなかったし」


 そう言って銀髪紫眼の<兎特攻ラビットマスター>は、頬を赤くして微笑んだ。

 そう、ナデコの<兎特攻>は、ただウサギ系魔物に強いだけじゃない。

 常識外れのジャンプ力、魔物の位置を瞬時に把握する索敵能力……俺から見たナデコは、ウサギの能力も兼ね備えているとしか思えなかった。


 案の定ナデコに審査員席のデビラビ近くに立ってもらうと、言葉は交わさずとも、デビラビと意思の疎通が図れたようだった。

 初日に集団行動を取ったイカラビたちのように……兎は兎の気持ちを共有できる。

 であれば、デビラビから食の好みを聞き出す事も!


「ユウヘイくん、やっぱり油、足りなくない? もっと入れようか?」

「ああっ! 油は鍋底一センチでいい! サウナ的な感じにするのが肝だから」

「へー、そういうもんなんだね」


 委員長は、興味深そうに鍋の中を覗き込んだ。

 油淋鶏が油のかけ流しなら、アイギス鍋は油をミスト状にしたサウナ。

 かけ流しより多くの空気を含む事により、衣のザクザク感は増してるはず。


「おいユウヘイ。もっと火ぃ強くできるけどどーする? 強い方がいいんじゃねーか?」

「いや、あんまり強すぎると肉の中に火が通る前に、衣が黒焦げになっちゃうんで」

「そうか……くそっ、同じ温度を保つのって、結構大変なんだぞ」

「こっちも~! 鍋の中の空気を逃がさないって、結構神経使う~!」


 そういうものなのか。

 まぁ委員長とアメリアには、自分のスキルだけに集中してもらうとして。


「分かった、そろそろ揚げていくからそのまま頼む! ナデコ、手伝ってくれ」

「うん」


 小麦粉と片栗粉を半々入れたトレイに浸け置いた鶏肉を入れ、粉をまぶす。

 十分に温まったアイギス鍋に次々と、鶏もも肉を投入していく。


「やっぱり油の量、少なくない? 鍋底ほとんどないみたいだよ?」

「いや、これでいいんだ。油がミスト状になったアイギス鍋は、いわばドラム式洗濯機。肉が鍋の中を熱対流で転がる事で、ヘルシーにカラッと揚げる事ができる」

「ふーん、そうなんだ……」


 ナデコは感心したように頷き、鍋の中に肉を投入し続ける。

 ほどよく揚がったところで、キャベツの千切りにレモンを添えた皿に、ペーパータオルで余分な脂を取り除いた唐揚げを盛っていく。


 山盛り積み上がっていく唐揚げに、子供の頃の記憶が蘇る。

 大好きだった母さんの唐揚げ……あれとはちょっと、違うかもしれないけど。


「できたぜリンファ。これが俺たちの――四人の愛情スキルがたっぷりこめられた、ダンジョン風唐揚げだ!」

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