2-13 実食!

――では審査員の皆さま。リンファ選手の油淋鶏……実食、お願いします!


 目の前に出された油淋鶏に手を伸ばすデビラビ、溺死ドラウンドゾンビ、そして白い影。

 ちなみに白い影さんは、心なしヒト型のシルエットを形取っている。そして箸で唐揚げを摘まみ、口元に持ってくと、ふっと肉が立ち消える。そうやって食べるもんなの、ユーレイって!?


「ウオオオォォォンン!」


 突然、デビラビが大きな声でいなないた。その隣でドラウンドゾンビは、口からだけじゃなく目からも液体を零し始め、白い影は強風に煽られたみたいに全身ゆらゆら揺らめかす。


――これは……っ! 三名の審査員全員が、満足そうな表情を浮かべています!


:いやいや。デビラビはともかく、他二人は表情分からんだろw

:ゾンビはなんか苦しそうだし。白い影はモヤでしかないし!

:まぁ動きから、なんとなくウマそうだってのは分かるがなw


「気に入ったのなら良かったアルが……ホントに味わえてるアルか? ユウヘイたちも、食べてみるがよろし」


 アイランドキッチンで待機する俺たちにも、リンファの油淋鶏が振る舞われた。

 一皿をみんなで分け合って、俺も肉を一切れつまむ。

 タレの中の、赤と黄色のパプリカが目を引く、ザクザク衣の油淋鶏。仕上げに散りばめられた小葱の緑も見栄えよく、ルックスだけで食欲をそそる。


「いただきます」


 ふぅふぅと息を吹きかけ、大ぶりにカットされた肉にがぶりつく。


 キタコレ。


 まず舌のセンサーが感知したのは、日本の唐揚げでは絶対味わえない、酸味。

 濃い目の甘ダレにお酢の酸味が絶妙で……葱とパプリカのサクッとした歯ごたえも、醤油ベースの唐揚げにめちゃくちゃ合う!

 咀嚼するたびタレを含んだしっとり衣と、タレのかかってないザクザク衣の違いがよく分かり、二つの食感が織りなすハーモニーに頬が緩んでしまう。もちろん中の肉も、肉汁たっぷりジューシーな仕上がりで、食べ応え抜群だ。


「これは飯だ。日本人には白米が必要……」

「それはそうだけど……アメリアってアメリカ人だよね!?」

「あ、ご飯用意してくれてる~!」


 油淋鶏に舌鼓を打つアメリア、委員長、ナデコに、軽くご飯をよそったお茶碗が振る舞われる。

 もちろんリンファは、俺の元にもお茶碗を置いていくんだけど……デスヨネー! 

 男子には問答無用、大盛りご飯!


「ダメだ。こんなものを出されてしまったら抗えない……」


 大盛りご飯の上に、付け合わせのキャベツ千切りを乗せ、その上に大ぶりカットの油淋鶏をオン!

 甘酸ダレと肉汁がキャベツとご飯にしんなり染みこんでいき……それを豪快にかっこむかっこむ! これが美味くないわけがない、腹ペコ男子も大満足!


 すごい勢いでガツガツ食べていると、さすがの脂っこさに箸が止まった。

 ちょっとかっこみすぎたかなと思っていたら……またしてもリンファが、冷えたウーロン茶を持ってきてくれる。

 一口飲むと胃の中の油が洗い流され、胃袋が「まだまだいけるぜ」と気合を見せた!


「どうアルか? 美味しかろう?」


 一心不乱に食べ続ける俺たちに、リンファは勝ち誇ったような顔を向けた。


「ああ、めちゃくちゃ美味いよ! 特にこの甘じょっぱい香味ダレは、日本人の俺たちには出せない味だと思う」

「ふふん、美味いものを正直に褒める。その素直さは、日本人の美徳アルね」


 なんだかんだ、嬉しそうな顔を見せるリンファ。

 その顔に母さんの顔がダブり……俺は少しだけ感傷に浸ってしまう。


――続きまして、『債務者ダンジョンチャンネル』チームの唐揚げです!


 次はいよいよ俺たちの番だ。

 一口サイズの唐揚げが数個、リンファと審査員の前に振る舞われた。

 

「これは……見事にカラッと揚がってアルね。いただくアル」


 箸で摘まんだ唐揚げをまじまじ見つめるリンファは、そのままポンと、口の中に放り込んだ。

 リンファはすぐに立ち上がり、わなわなと唇を震わせる。


「なっ、なんだこの唐揚げは……。この食感――いや、この感覚は何アルっ!?」


:えっ? そこまで驚く?

:普通に醤油ベースの唐揚げじゃないの?

:やっぱスキルで作ったから、失敗したとか?


 コメントニキたちも、驚くリンファの様子に、逆に驚いている。

 立ち尽くすリンファ。その腰のホルスターに収納されたペットボトルの蓋が小刻みに揺れ……ぎゅいんと回った瞬間、中の水が空中にほとばしった!


「ああっ……ああっ! どうして!? なんなの、なんなのこの唐揚げええぇぇ‼」

「それが、ダンジョン風唐揚げだ」


 溢れる水を制御できず、右往左往する<泉源操作ハイドロマスター>・リンファに、俺は説明を買って出た。


「大量の油を使って揚げる油淋鶏と違い、俺たちの唐揚げは少ない油にたっぷりの空気を取り込んで、カラッと揚げている」

「そっ、そんな事は分かってるアル! それと、ワタシの水が飛び出した事と、何の関係があるアルッ!?」

「リンファ、お前は大事な事を忘れている――ここは、ダンジョンなんだよ。ダンジョンの空気を多く含むという事が、どういう事か分からないのか?」

「ま、まさか……魔素まそも含んでると言うアルカ!?」

「そうだ! ダンジョン風唐揚げとは、魔素まそと鶏の唐揚げ。ダンジョンにしかない魔素をたっぷり含めた、ここでしか作れない料理だ」

「魔素を……どうやって料理に含めたアル!?」


 俺は、三人の仲間を手で示した。


「スキル<炎付与ファイア・エンチャント>で均一に熱せられた空気の鍋<絶対領域アイギス>は、油のミストと魔素を含んだ熱対流を発生させる。これにより肉がカラッと揚がるのはもちろん、魔素もたっぷり衣の中に閉じ込められる」

「そんな……そんな得体のしれないモノを、料理に使ったアルか!?」

「そうだな。魔素入り唐揚げをダンジョン耐性のない一般人に食べさせてしまえば、ダンジョン病を発症してしまうだろう――しかし」


 俺は審査員席を振り返る。

 そこには、恍惚とした表情で唐揚げをほおばる三人の魔物がいた。


「ダンジョンの者が食べれば体内の魔素が活性化され、明日への活力に繋がる!」


:リンファのスキル<泉源操作>は、魔素に刺激され水が飛び出てしまったと。

:確かに……審査員が魔物なら、魔物好みの味付けにするのは理にかなっている。

:油淋鶏は大量の油で揚げるから、魔素が衣の中に入っていかないというわけか!

:すげえぞユウヘイ! ダンジョンで唐揚げ店オープンも夢じゃない!w


「これは俺一人の力じゃできない。チームで作ったからこそできた料理なんだ」


 事実、空気を操る委員長の<アイギス>、鍋を一定温度で保てるアメリアの<炎付与>がなければ作れなかったし、ナデコの<兎特攻>がなかったら、魔物が魔素を摂取してる事にも気付かなかった。


 あの時……ナデコはデビラビの傍に立ち、『今食べてるニンジンって、ダンジョン製なの?』と頭の中で問いかけていた。デビラビは、第五階層の植物系魔物から取ってきた野菜だと教えてくれたようだ。


 魔物は基本、大気に含まれる魔素さえ取り込めれば、食事を摂る必要はない。だがダンジョン内で自分の好む食べ物を見つけたら、好んでそれを食べようとする。

 それは、味のしない魔素の大気を吸うよりニンジンの味がする魔素野菜を食べたいという、動物の本能だからだろう。

 なら唐揚げも、しっかりした味付けはもちろん、魔素を多く含んだ方が好まれるんじゃないかと考えたのだ。


「一般人が食べれない料理なんて……料理じゃないアル!」

「そうだな。でもここはダンジョン。審査員は魔物だ。食べれない人間はここにはいないし……魔物の連中も、俺たちの唐揚げを気に入ってくれたみたいだぜ」


――デビラビさん、美味しいからって暴れないで下さい。溺死ドラウンドゾンビさん、ただのゾンビに戻ってますよ!?


 二匹の魔物が元気に暴れる中、正体不明のファッキューレイ亜種さんも、身体を激しく揺らしながら俺たちの唐揚げを味わってる。


:ダンジョン風唐揚げ……これ、ダンジョン名物になれるんじゃね?w

:ダンジョン内でしか作れないから、入れない連中は食べられないけどな

:お土産にってわけにもいかんしなあw

:俺は油淋鶏の方が食べたい。リンファの店、中華街のどこにあるんだ?

:コメントに店のURL書いておいたぞ


――では、改めて判定をお願いします……債務者債務者債務者! 審査員全員一致で、『債務者ダンジョンチャンネル』チームの勝利です!


 債務者連呼されるのも心にクるが……なんとか勝利にこぎつけた!

 喜ぶ俺たちを前に、リンファはがっくり膝を付く。


「ま……魔素を料理に取り入れるなんて……発想の時点で負けてたアル」

「どーだ中華娘、参ったか!」

「この唐揚げ、食べるだけで消耗したスキルが復活していくみたい。やっぱりすごいよユウヘイくん、こんな料理を作っちゃうなんて!」

「あれ、ユウヘイ。どこ行くの?」


 勝利に湧くアメリア、委員長、ナデコをおいて、俺はふらふらと審査員のファキューレイの元へ歩いて行った。

 ぼんやりとした白影が、俺を見上げる。


 このユーレィみたいな人魂の雰囲気……どこか見覚えがあるような!?


「あんた……誰なんだ? もしかして、俺の知ってる人か?」

「……」


 ファッキューレイは答えない。

 代わりに、皿に残った唐揚げを箸で摘まむと、あーんとでも言いたげに俺の口元に持ってくる。

 俺は条件反射的に口を開け、差し出された唐揚げを食べた。

 顔こそよく分からないが、満足げな揺らぎを見せる白い影は、立ちどころに消えてしまう。


――お、おーっと! あまりの美味しさに、ファッキューレイの亜種さんは成仏してしまったのでしょうか!? 今回はここまで! ありがとうございましたーっ!


「お、おい! 唐突すぎんだろっ!? いきなり締めるな!」


 大声で呼び掛けても、<散財>さんは無反応。それ以上の返事はない。

 デビラビとドラウンドゾンビも、それぞれの持ち場に戻っていく。


「ユウヘイ!」


 名前を呼ばれて振り返ると、アメリア、委員長、ナデコ、そしてリンファが、残ってる山盛り唐揚げを囲んで、席に付いている。


「まだまだ唐揚げ残ってるぞ。おまえももっと食え!」

「ここから先は、リンファも一緒にくるって!」

「こんなところで唐揚げ作っただけで、何もなしでは帰れないアル。仕方ないから付き合ってやるアル」

「リンファ、油淋鶏の作り方、教えて?」

「ユウヘイのダンジョン風唐揚げレシピと、交換ならいいアル」

「あーでもあれは、母さんから教えてもらったレシピで、別に珍しい作り方してるわけじゃ……」

「どんな料理も家庭料理から発展するアル。ワタシがもっと美味い、ダンジョン風唐揚げのレシピにしてやるアル」

「あ、やっぱり悔しいんだ~!」

「うるさい。料理人が腕を磨くのは当然アル」


 女子四人は、すっかり打ち解けたみたいだ。

 俺もその輪に加わって、数年ぶりの賑やかな食事を楽しんだ。


 それにしても、さっきのファッキューレイ、<散財>さんの様子も気になるが……まずは借金返済が最優先だ。

 今回の散財は結構な出費になっちゃったけど、おかげでヒーラーのリンファもパーティに加わり、もっと下層のダンジョン攻略も可能になったはずだ。

 

「よし、午後はみんなで第七階層行くぞ! 散財した分の魔石を荒稼ぎするぞ!」

「おーっ!」


 元気よく声を揃える四人。

 コメントニキたちも嬉しそうに「ノ」の字をたくさん書き込んでくれる。


 配信収入と、ダンジョン攻略。

 目指してた二本柱も、この調子ならいけるんじゃないか?

 何よりこのメンバーと、一緒にダンジョン攻略していきたい。


 二億の借金完済して、母さんを迎えに行くために!


* * *



【本日の収支】


<散財>: -458,980円

<散財残金ポイント>:20p


(散財内訳)

・アイランド・キッチン=404,230円

・食材他=33,750円

・審査員席=21,000円



<収入>:

第四階層~第六階層

約500,000円 (魔石収入をアメリア、委員長、ナデコが現金で買い上げ)

第七階層

約200,000円(午後の稼ぎを五人で山分け、魔石を換金)


【負債詳細】

負債総額:- 200,000,000円


(内訳)

曙町「猪高組」組長・猪高源治:50,000,000円

本牧「スヌープチック」:50,000,000円

中華街「蛇尾」:50,000,000円

野毛「園崎組」:50,000,000円

有栖川ナデコ:3,000円→返済して0円


【備考】

本牧「スヌープチック」への8月利息=前回支払い済み。

中華街「蛇尾」への8月利息=100,000円支払い済み。

野毛「園崎組」への8月利息=100,000円支払い済み。

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