第5話

「なあなあ」


 ゴブリンとの死闘が終わり、少し歩くと隣を歩いていた智也がこっちを見ながら話しかけてきた。


「どうした?」


「そのゴブリンの結晶?を食べると、俺にもあの力を手に入れることができるのか?」


 紫のオーラのことか…


 超パワーのスーパーヒーローとかに憧れなかったわけじゃないけど、いざ現実になって死人が出る状況になってまでほしいわけじゃないんだよな。


 ゆっくりと減速し、足を止める。


 それに合わせて隣を歩いていた智也も停止する。


「やめといたほうがいいと思う」


 そう言いながら、ゴブリンの結晶をポケットから取り出す。


「人間が1人1人顔が違うように、恐らく魔力にもそれぞれなにか違いがあると思う」


 そう言いながら結晶を街灯にかざす。


 透き通る紫の中に、人間とは違うおぞましい何かが詰まっている。


 智也は黙って聞いている。


「それに僕は魔力を自分で生み出したけど、外部から接種するとどうなるのかわからないし」


 魔力を得たからと言って、それを全て理解して使ったわけではないのだ。


 結晶に刺激を与えないよう丁寧にしまう。


「そうか」


 返事をした智也の表情は、暗かった。


 ーーー


 その後はゴブリンとは出くわすことなく、無事に学校に到着することができた。


 校門の前には周囲を警戒している男性警官が2人いて、片方が僕たちに気づき話しかけてきた。


 普段なら江見高校に警官が配置されることはまず無いし、そもそも今は朝の五時だ。


 恐らくなにか情報を持っているだろう。


「大丈夫か?どこか怪我はないか?」


 冷静に問いかける警官は、目の下に隈ができていて空気が暗かった。


 いつ化け物に襲われるかわからない状況だし、疲弊するのも当たり前だよな。


「はい、僕は大丈夫です」


 智也も調子が戻ってきたんだろう、さっきよりも少し大きめの声で答えた。


「俺はゴブリンに押し倒された時に頭打ったくらいだな」


「…少し待っていなさい」


 警官はゴブリンという言葉に反応し、足早に建物の中に消えていった。


 少しして戻ってきた警官の隣には、迷彩服を着たガタイの良い男がいた。


 右側の顔に引っかき傷のような跡がついていて、歴戦の猛者のようなオーラを醸し出している。


「君たちがゴブリンと遭遇した少年か」


 鋭い目つきで問いかける男の真剣な表情に圧倒されつつ頷く。


 相当場数を踏んできたのだろう。


 眼光だけでもたじろいでしまうほどの威圧感だ。


「俺は自衛官の滝川だ。この避難所のまとめ役みたいなものをしている」


 やはり自衛隊か。


 現役ならば弾に限りはあるだろうけど銃なども所持してるだろうし、救助活動のノウハウもあると思うから今の状況ではかなり安心できる。


「僕は本条翔、こっちは藤原智也です」


 僕が紹介すると智也も会釈する。


 滝川さんは重々しく頷いた。


「本条くんに藤原くん。疲れているところを申し訳ないが詳しい話を聞きたい。ついてきてくれ」


 滝川さんに案内されたのは玄関から入ってすぐの生徒指導室だった。


 まさかこんなに早く生徒指導室に入ることになるなんて思いもしなかった。


 それに今の状況になるくらいなら普通に指導目的で入ったほうがマシだ…


 隣の智也も微妙な顔をしている。


 生徒指導室は教室の二分の一程度の広さで、真ん中に机と椅子がおいてある以外はなにもない部屋だ。


 奥に滝川さんが座り、扉側には僕たちが座る。


ポケットから小さなノートを取り出し、滝川さんは話し始めた。


「まず、今の状況について話そう。現在この学校の近くは君たちが遭遇したゴブリンや、スライムなどのいわゆるモンスターが跋扈している。発生した当初は私や警官達も気絶していてわからなかったが、大きな地震が発生していたらしい」


 最近発生していた地震の原因はこれだったのか。


 そして他の人達も気絶していたらしい。


 そりゃ誰も助けてくれないわけだ。


「意識を取り戻す時間はだいぶバラバラだが、大体4時間くらいで目を覚ました人が多かった。モンスターについてだが、スライムは基本的に人を襲わない。ゴブリンは好戦的で武器を扱う程度の知能を持ち、物理攻撃は効果が薄い。銃なども試したが後ろに吹っ飛ぶだけでダメージは見られなかった。こいつのせいでかなりの死傷者が出ているが対策ができずにいる」


 そう話す滝川さんは悔しそうに拳を握りしめる。


 国民を守る立場である自衛隊として、とても悔しい思いをしたのだろう。


 今にも暴れだしそうな様相で机を睨んでいる。


 だけど、僕らが気絶している間に襲われなかったのは奇跡だな。


 対策ができていないということは魔力の存在はまだ気がついていないのか?


 そう思っていると智也がつぶやいた。


「じゃあなんで俺等が移動している時に死体を見なかったんだ?」


 智也のつぶやきに怒りをあらわにしていた滝川さんも元の戻り、答えた。


「それはスライムが死体や血痕を捕食したからだ。だがモンスターが現れて少しすると目の前に襲った人がいようが関係なしにどこかへ行ってしまった。避難民の証言によると山の方を目指していたらしい」


「だからモンスターと出会うことがなかったのか」


「しかし少数ではあるものの、何体かのゴブリンは残って徘徊している。それのせいで調査に行けない状態が続いている。そこに君たちが避難してきたからなにか情報を持っていないかと思っているわけだ」


 今思うと、そんなゴブリンと戦うことは自殺行為だった。


 あのときは無我夢中だったからとっさに動けたけど、もう一度あれをやれと言われてもできる自信がない。


「さて、ゴブリンについてできるだけ細かくに教えてくれ」


「わかりました」「わかった」


 二人でゴブリンの特徴や倒した後の結晶、僕が力に目覚めたことなどを事細かに滝川さんに話す。


 話している間、滝川さんはノートを見ながら静かに聞いていた。


 僕たちが話し終わるとメモにいくつか書き加え、こちらに向き直った。


「一つ質問がしたい。その本条くんが得たという力は、一体どのようなものなんだ?分かる範囲で教えてほしい」


 恐らくゴブリン以外にもいるであろうモンスターに対抗できる今のところ唯一の手段だ。


 知っておきたい気持ちはあるだろう。


「わかりました。感覚的なものが多いですが、説明します」


 隠していてもみんなに恨まれる上に、生存できる確率も下がるのでここは素直に話しておいたほうがいいな。


 そう思い僕は口を開いた。

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こんな僕でも英雄になれますか? 釜技士 @kmgisi

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