【36】初冬の公園


 ルイスは、冬休みに入る前に何回かエステルを遊びに誘った。

 エステルはあれから、なんとか自分の調子を取り戻し、以前と変わらない元気娘にもどった。


 王都のカフェへ話題のスイーツを食べに行ったり。

 博物館へ行って、ついでに近くの公園で散策しつつボートに乗ったり。


「寒くなってきましたね」


 ボートの上でエステルが言った。

 初冬で肌寒く、ボートに乗る客は少ないようで池は静かだ。

 たまに鳥の声が響く。


「たしかに。寒い場所へ連れ出してしまって気が利かなかった。だが……」


 エステルがすこし寒そうにしたので、ルイスは火属性の熱で温めた魔力をエステルのまわりにまとわせた。


「わ、あったかい……」

「風邪はひかせないから安心しろ。だからもっと真冬に外で……そうだな、冬の公園でスケッチなどしたいと思うなら付き合うぞ春のような温かさに調節してやる」


「わあ、すごい! うれしいです!」

 

 ルイスは、おせっかいではないかと気にしたが、エステルは笑顔で嬉しそうにその言葉を受け取ってくれた。

 

 ああ、初めて会った日にあんな言葉を口にしなければ、もっと幼い頃からこんな風にエステルと過ごせたかもしれないのか。

 

 ルイスは、取り返せない昔を惜しんだ。だが、


 でも、その昔がなければ、この今もなかったかもしれない。

 この瞬間を大事にしたい。




「もうすぐ冬休みですね。そしてカンデラリアお姉様の婚約式があります!」


「そうだな」


「どんなドレスをお召しになるのかしら……楽しみです。パーティ参加よりも、どこかでこっそり絵が描きたいです!!」


「はは。ホントに絵を描くのが好きだな。婚約式の会場で会った時に作業着を着ていたらさすがにドン引きするかもしれん」


「あはは。大丈夫です! ちゃんとドレスを着ていきますよ!」


 隣国とはいえ、王子と我が国の公式令嬢の大きな婚約式だ。

 付き合いのある家門は、隣国へ赴く。


 ルイスとエステルの家門も、カンデラリアの家門と付き合いがないわけではないので、今回は家族総出での参加だ。


「それで……婚約式の次の日なんだが。キャバネルの絵を見に行く約束は覚えてるか?」


「あ、はい! もちろんです! ……とても、楽しみにしてるんです」


「そうか。オレも画集で見た絵と実際の絵の違いを楽しみにしている」

「きっと、かなり違うと思いますよ!」


 キャバネルの絵の話になると、エステルは興奮気味に話し始めて、こーんなに大きい絵なんですから! と手を広げた。

 しかし。


「あ」

 そのまま、ボートの上でバランスを崩し、池に落ちそうになる。


「おい、こら」


 ルイスが抱きとめる。


「結構、ドジだよな。エステルは」


「ど、どうもすみません! わ、わざとではないのですが……!」


「わざとでもいいぞ」

「え」

「冗談だ」


 なんですか、それ。

 とエステルは思いながら赤面した。


 ルイスはルイスで、

 

  思わず本音が!!


 と、すこし目線をそらした。


 最近では学校でもこういう事が多く、もはやカンデラリア以外の周りの人間にも、


『おまえらはやく結婚しろ……』


 と、ウズウズされて見守られていることを、当人たちは知らない。


 そして、その日は冬休み前に遊んだ最後の休日だった。


 最近、自分は落ち着いてきていたルイスだったが、次にプライベートで会う時が、キャバネルを見に行く時だ、と思うと緊張した。



 ルイスは、半月ほど前に、父親にお願いをした。


 カンデラリアの婚約式の次の日。12月25日。

 キャバネルの絵のある、ヴィオラーノ美術館を貸し切りにしてほしい、と。


 伝統ある美術館、しかもたくさんの人が訪れる外国の国家経営の美術館だから、それはさすがに難しいと言われた。


 では、キャバネルの絵がおいてあるフロアだけなら? と食い下がり、なんとかその日、貸切にすることができた。


 

 ルイスはもう、嫌われることや振られることを恐れるよりも……ただ、思いを伝えたい、そればかり考えるようになっていた。

 

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