【37】◆公爵令嬢の婚約式の朝。


 カンデラリアはアートとの婚約式の日を迎えた。


 まだ陽が登らない早朝から、侍女に叩き起こされる。


「今日は一日大変ですからね! 超強力マッサージをして身体を柔軟にしておきませんと!!」


「うわあ……。だれか影武者雇いたい」


「何を仰ってるのですか!!」


 厳しい侍女長がキシャー! と牙をむいて叱ってくる。


 はいはい、わかってますよぉーっと。


 しかしもう、まるで結婚式ね。

 一般日本人だった記憶がある私には、その婚約式本当に必要ですか?、と思ってしまう。


 子どもの婚約式なので午前中に式は行われ、昼はビュッフェ形式での午餐会が行われる。


 そして子供だというのに、来賓に挨拶周りよ。


 なんという地獄。


 そして明日は家族同士だけでの、王宮での晩餐会などがある。


 助けて、前世のおとうさんおかあさーん


 けど、楽しみもある。


 アート様のお母様!!


 前世持ち同士で濃厚な話をとてもしたいわ……!


 すでにアート様に一文字だけ書いたメモを王妃様に渡して頂いた。

 そしたら、すぐに、きれいないい香りのするメモが帰ってきた。


 私が書いた文字は……。


 【攻】(日本語)


 王妃様の書いた文字は……。


 【受】(日本語)


 …………。


 いゃふううううううううううううう!!

 わかってるうううう、ステキぃいいい王妃さまぁああああ!!!


 これは前世で一部の界隈で流行った、合言葉のようなものだ。

 わかっている、実にわかっていらっしゃる。


 攻に対しては本来……守・防が反対語として一般的。(それが正しい時もあるらしい)


 ただ、私達(意味深)のような人間にとっては、それに対して受を使うのは……仲間だっていう証拠なのである。


 晩餐会とかもう放ったらかして、王妃様の部屋に凸って二人で濃厚な話をしたい!


 私は雑食だからなんでもいけるわよ!!! まだ見ぬ王妃さまぁ!!


 ……と、ニヤニヤしていたら、髪をとかしていた侍女長に、


「そんなにアート様とのご婚約式が楽しみでいらっしゃるのですね。良うございました。公爵様も心配していましたが、わたしもお嬢様がどこぞの変態老人と結婚するのではとハラハラしておりました」


 なーんて言われてしまった。


「変態は選んでなくてよ!? 私が結婚したかったのは、白い結婚にならざるをえないプルプルじいさんか、それなりにイケオジな方よ!?」


「はいはい」


 まあしょうがない。中身がアラサーであろうとも、私は実質10歳なのだから。


 ……アート様は賢い人だ。

 婚約が決まってから、彼のことは少々調べた。


 学年テストでも、こちらの高位貴族を抑えて毎回1位を獲られているし、ポヤポヤしているようで、運動もお出来になるようだった。


 さすが王族、としか言いようがない。


 実は、彼が王族だとカミングアウトしてから、我が家以外の高位貴族から婚約の打診はあったようだった。


 他の令嬢たちも、ステキな子たちばかりだったが、たまに私に嫌がらせも来ていた。


 いわゆる、別れてくださらない?、とか以前から彼をお慕いしていたの!とか。


 だいたいは、私より身分の低い子なのに、それでも厚顔無恥に言ってきた。


 しかし、それも今日でその数も減るだろう。

 婚約者内定から正統な婚約者になるのだから。


 すこし胸の鼓動が早くなった。


 前世でたまに聞いた言葉があった。

 好きな人より愛してくれる人と結婚しなさい、とか。


 アート様を見ていると、ああ、私を本当に好きでいてくれるんだな、というのがわかる。


 落ち着いて考えると自分の書いたキャラクターと結婚するなんて変な感じだ。

 けど、そんな事は忘れてしまうくらい、彼といるのは心地よい。


 前世の記憶があって私は、私の我が強くて、それがたまに申し訳なくなるし、彼のことはふんわりと好きなだけ。でも、それでも。

 今日から私は彼を一番に見ていこう。

 

 そしていつか、結婚する頃には、こんな私を好きだといってくれた貴方を大好きになっていたい。

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