ロックギタリストの内見 【KAC20242 参加作品】

杉戸 雪人

ロックギタリストの内見

とあるロックギタリストが高層マンションの内見に来ていた。


「へえー、流石高層マンションの最上階って感じですねぇ」

「実はですね、お客様」


「え、最上階って何か特別だったり……?」

「最上階とそれ以外の階ですが、内装には特別な違いが――」


「違いが……?」

「――ございません」


「いやないのかよ!? そんなに引っ張る必要ありました?」

「念のため」


「まあ、念のためね……」

「はい、念のため」


ロックギタリストは窓際に立つ。


「たく、何が念のためだよ……うわぁー、それにしても高いですねー」

「月々50万円でございます」


「いや、家賃の話じゃないから。あとここもっと安いから」

「……? ……中性脂肪値でしたか?」


「誰が内臓脂肪症候群メタボリック・シンドロームだ。正常値だわ」

「……」


「腹を見るな。もっと顔色を見ろよ」

「……顔色悪いですよ?」


「いや体調じゃないから。ご機嫌をうかがうの」

「ごきげんよう♪」


「おほほ、今日も良いお天気――どこのお嬢様学院だ」

「本日は曇りです」


「やかましいわ。俺の心が曇りだよ」


俺はなぜ安いコントをさせられているんだ……。

ロックギタリストはため息をついてから、壁に近づいた。


「このマンションって、壁のあつさとかってどんな感じですか?」

「少々お待ちを……………………冷たいですね」


あつさとか温度おんどの話じゃないから」

「……お日様出ぇましておっはよぉさ~ん――」


「出てねぇよ! 曇りっつったろ! 音頭おんどでもねぇ!」

「――よいよい♪」


「よくねぇから!」


唐突に始まった盆踊りじみた唄に、ロックギタリストは呆れ果てる。


「いや、まあ……俺の言い方も悪かったですよ。エレキギターばりばり鳴らすんで、音量おんりょうどれくらいなら大丈夫かなって話」

「そうですねぇ……2、3人くらいなら」


「あのね、怨霊おんりょうの話してる? 仮に怨霊だったとして、2、3人なら大丈夫とかそういう話に普通ならないでしょ」

「なんと申しましょうか、お客様……」


「何だよ……」

「ロックじゃないですね」


「やかましいわ。なんで俺のソウルが内見されてるんだよ」

「念のため」


「まあ、念のためね……」

「はい、念のため」



ロックギタリストはソファにどすっと座ると、自分以外に誰もいない・・・・・部屋の中でぼやいた。


「たく、何が念のためだよ……」


セルフ内見、自己責任の事故物件とは聞いていたが、こうもうるさいとはな。


「送り盆にはまだ早いが、いっちょ唄ってやるか」


ロックギタリストは「仕方ねえな」とぼやきつつ、ギターとアンプを用意し始めた。クリーントーンで調整し、準備は万端。

それに合わせるように部屋中のあちらこちらから物音がし始める。防音対策はなってないらしい。


「――はっ! お日さぁま出ぇましぃておっはよぉさ~ん♪」


〈曇りですが〉〈うるさいんだけど〉〈ロックじゃねぇのかよ〉


「よいよい♪」


〈〈〈よくねぇから!!!〉〉〉

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ロックギタリストの内見 【KAC20242 参加作品】 杉戸 雪人 @yukisugitahito

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