第49話 新たな門出

 下山が事件を起こしてから、約一ヶ月がたった。


 世間やマスコミからの攻撃に加え、子供たちの事故や不祥事もあり、今瞭征の心はすっかり弱っていた。


 そんな中、竹本莉凛は後継者争いから降りることを瞭征に伝え、アメリカに帰ることにした。


 莉凛が空港のラウンジで飛行機を待っていると、突然、男性に声をかけられた。


「竹本さん。今からアメリカに帰るのですか?」


 振り返ると、そこには信者の高山がいた。


「ええ。高山さん、今日はお見送りに来てくれたのですか? それとも色々調べるお仕事の関係で来られたのですか?」


「両方ですよ」


 高山はバツが悪そうに答えた。


「お座りになりませんか? 少し話しましょう」


「ええ、では」


 高山は莉凛の隣に座った。


「どこで私の正体に気づいたんですか? アプリが入ったスマートフォンは、気をつけて使用していたんですが」


 高山が聞いて来た。


「だからですよ。会社にしろ、プライベートにしろ、秘密の話が出るものです。なかったら、逆に怪しいでしょう?」


「確かに」


「完璧すぎたから、逆に怪しいと思ったんですよ」


「以後、気をつけます」


 莉凛の言葉を聞いて、高山は納得した表情を浮かべた。


「アメリカへ帰る前に、一つ教えてもらえませんか? 竹本さんはCIAの上司から教団を潰せと言われたのですか? それとも教祖になれと言われたのですか?」


「あら、私が自らの意思で、教祖に立候補してはいけませんでした?」


「それはないでしょう」


「あら、どうして?」


「ライバルの蹴落とし方が、いささか過激だったからですよ。長男が経営している会社の不正をマスコミに流し、協力者の本間和佳菜を使って次男に大怪我をさせ、同じく協力者の松岡ジュリアを使って、三男が刺されるよう仕向けましたよね? ライバルを蹴落とすというより、教団関係者に恨みを晴らしているような感じでしたから」


 高山は莉凛が行ったことを、全て知っていた。


「上司の指示は、教団の役目は終わったので、この機会に解散するよう仕向けろというものでした。もちろん、任務を遂行するにあたり、個人的な感情も入っていましたよ。母は亡くなるまでずっと今瞭征に対し、恨み言を言っていましたから」


「そうでしたか」


「今回のことで、教団は解散に追い込まれるでしょう。これで私の役目は終わりです。あとは公安の皆様にお任せいたします」


「分かりました」


「あっ、そうそう。方丈さんをこれ以上、いじめないでくださいね。彼らは何も悪いことしてませんから」


「ええ。分かってます。裏から手を回しておきます」


「よろしくお願いします」


 莉凛は丁寧に頭をさげた。


「では、そろそろ搭乗時間なので行きますね」


 莉凛はイスから立ち上がった。


「短い間でしたが、あなたと一緒にいられて楽しかったです」


 高山も立ち上がり、莉凛に言葉をかけた。


「私もですよ、高山さん。では、お元気で」


「ええ。竹本さんもお元気で」


 高山と別れのあいさつを交わし、莉凛は搭乗口に向かって歩き出した。




 下山が事件を起こしてから一ヶ月半後、教祖の今瞭征は教団の解散を発表した。


 無事、依頼人の要望を叶えることができた方丈と秋田は、報酬をもらうため吉本家を訪れた。


「要望通り、教団を解散してくださり、ありがとうございました」


 吉本礼は二人に丁寧にお辞儀をし、お礼を述べた。


「いえいえ。こちらもご要望に応えられて何よりです」


 方丈は謙遜しながら言った。


「詳細はお聞きしません。テレビや新聞を見て、色々やっていた事は分かっていますので」


 ここ最近、教団や今一族の問題が、マスコミで何度も取り上げられた。


 また、方丈が下山に飛びかかった不鮮明な映像も繰り返し報道されたので、吉本礼はおそらくそれらの情報から、一連の出来事は全て方丈たちの仕業だと思ったのだろう。


「ええ。我々も、もう少しで警察に起訴されるところでした」


 方丈は吉本礼の話に合わせつつ、事実を答えた。


「こちらが報酬です。お受け取りください」


 吉本礼は二人の前に小切手を出した。


 方丈は額面を確認したのち、それを内ポケットにしまった。


「ありがとうございます。では、我々はこれで」


「あのー、ちょっとお待ちください」


 吉本礼が二人を呼び止めた。


「何でしょうか?」


「実は新たに相談したいことがございまして。息子の太一のことです。太一は今、自ら教祖となり、新たな宗教団体を立ち上げたんです。それを穏便な形でどうにか解散させることはできないでしょうか?」


 吉本礼はすがるような目をしながら二人に言って来た。


 方丈と秋田は互いに顔を見合わせ、お互いの心情が一致してきることを確認した。


 方丈は再び顔を吉本礼に向け、口を開いた。


「吉本さん。息子さんは今、世界の困っている人々を救うため、新たな一歩を踏み出したんです。親として彼の決断を、温かく見守ってあげてはいかがでしょうか? ただし、宗教は現在の価値観では救われない人を救うため、どうしても反社会的な性質を帯びてしまいます。その点は、目を瞑ってあげてくださいね。いいですね。行くぞ、秋田」


「はい」


「それでは失礼いたします」


 吉本礼に別れのあいさつをし、二人は早々に吉本家を後にした。



 <終>

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欲しいし幸せは、何ですか? 交刀 夕 @KITAGUNIsan

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