第48話 最後の一線
下山が捕まってから2週間が過ぎた頃、方丈は警察から改めて話を聞きたいと言われたので、任意の事情聴取に応じた。
警察署の取調室で待っていると、ドアから喜代次が入ってきた。
「お疲れ様です。方丈さん。任意の出頭に応じてくださりありがとうございます」
喜代次が普段とは違い丁寧な口調で方丈にお礼を言った。
おかしい。
絶対に何かある。
方丈は少し警戒した。
「いえいえ、皆の安全のため、警察に協力するのが市民の勤めですから」
一応、心にもない言葉を方丈は返しておいた。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、こちらも嬉しいです。実は下山さんの件がほぼ片付いたので、もう一つの事件も解決しようと思い、今日来てもらったんです。いくつか確認したいことがあるので、よろしいでしょうか?」
「はい」
「では、方丈さんは今天音さんが立会演説会の会場で週刊誌の取材を受けた時、同じ会場にいましたよね?」
「はい」
「次男の来紀さんが事故を起こした時は、現場に社員の秋田さんがいましたよね?」
「はい」
「三男の大世さんが刺される原因になった女性、松岡ジュリアさんが務めるお店に、あなたは片岡エイミーさんと訪れていましたよね?」
「はい」
何か嫌な予感がして来た。
「そして西原議員が暗殺されかけた時、あなたは長女、竹本莉凛さんの隣にいましたよね?」
「はい」
「分かりました。あとは私が事実にドラマチックな演出を加えて調書を書くので、指印をお願いします」
「いやいやいやいや。待ってくだいよ、喜代次さん。それは冤罪ですよ」
「ああ。お前がやったんだろう? 教団を潰したくて」
喜代次の態度が、いつもの方丈に対する態度に変わった。
「違います。私じゃないです」
「じゃあ、誰だ?」
「えっ?」
予想外の喜代次の質問だった。
「それは……」
確かに、一体誰が破壊工作を行なっていたのだろうか?
改めて考えたが、方丈の頭に該当する人物は思い浮かばなかった。
「やっぱり、お前じゃないか」
「違います。勘弁してくださいよ」
「いや、お前しかいない」
その後、方丈は疑いを晴らすため、一生懸命、喜代次に弁明した。
同じ頃、明日の未来建設の古賀は、まだ警察の取り調べを受けていた。
「では、古賀さん。もう一度、確認しますよ。あなたは新崎食品社長の新崎涼仁と、あじさい土木社長の西田知之とともに、今から約一年前、西原将大議員を暗殺することを計画した。理由は西原議員が再び力をつけた事で、新興企業である自分たちにお金がまわらなくなったから。これで間違いないですか?」
担当の刑事が、古賀に確認して来た。
「はい」
「そして、選挙前に会社に集まり、暗殺計画を話し合っていたところ、たまたま伝票を届けに来た小石川倉庫の高冬法行に立ち聞きされてしまい、あじさい土木社員の長瀬祐二が近くにあったコンクリート片で後ろから高冬を殴り殺してしまった。間違いないですね?」
「はい」
「その後、長瀬は高冬の遺体を辰川市西区5丁目の工事現場まで運び、そこに埋めたんですね?」
「はい。間違いないです」
「分かりました。高冬さんの件に関しては、相違ありませんね。では、西原議員の暗殺未遂事件についてお聞きします。あなたは新崎涼仁と西田知之とともに、西原議員を殺してくれそうな人物を探した。そして見つけたのが、自衛隊出身者の下山審久だったんですね」
「はい」
「下山は宗教団体『新しき学びの宿』によって一家離散していた。だから、かつて教団と親しい関係にあった西原議員に恨みを抱いてもおかしくなかった。加えて下山は、精神的に少し不安定な所もある。煽れば暗殺を実行してくれる可能性が高い。そう思って、彼を選んだんですね?」
「そうです」
「そして、あなた達は下山を説得する人物として、下山と同級生だった上田浩勝を下山のもとに送り込んだ。上田は素行が悪く金に困っていたので、話を持ちかけると彼は報酬に釣られてすぐにあなた達に協力した。そうですよね?」
「はい」
「上田は下山と親しくなり、下山が心を開いたタイミングで、妹が合同結婚式で韓国に行き困っているという嘘の話を下山に話した。すると下山はその話に心動かされ、西原議員を暗殺することを決心した。間違いないですか?」
「はい。その通りです」
「下山が決心した後、あなた達は場所や資金の提供を行い、下山はショットガンを完成させた。下山はそれを使って投票日の前日、駅裏で街頭演説を行っていた西原議員を襲った。一方、上田はショットガンの作成中、近所の人に顔を見られていたので、上田が報酬を受け取りに車を離れている間に長瀬がブレーキオイルを抜いて、彼を事故死に見せかけ殺した。間違い無いですか?」
「はい」
「暗殺日時を決めたのは、古賀さん、あなたですよね?」
「はい」
「その時間にしたのは、警備が薄くなるよう、堀前知事が演説場所を急遽変えたからですよね?」
「違います」
古賀の返事を聞いて、刑事がため息をついた。
「古賀さん。あなたの仲間の新崎さんや西田さんは、もう全て認めているんですよ? あなたの堀前知事への忠誠心は十分伝わりました。あなたも全て認めていいでしょう?」
「党から演説場所が急遽変更になったと連絡をもらったので、それで隙が出来ると思いその日にしたんです。堀前知事は関係ありません」
人の道を大きく外れた古賀にとって、堀に対する義理は人として失ってはいけない最後の一線だった。
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