第35話 日本料理店での会合

 教団施設に銃弾が撃ち込まれたことをニュースで知り、方丈探偵事務所の秋田は、内部の様子を探るため教団のスタジオに足を運んだ。


 スタジオに入ると、そこではスタッフがコースの調整を行っていた。


「おはようございます」


 秋田があいさつすると、皆、いつも通り、言葉を返してきた。


 事件を受けて動揺している様子は、全くなかった。


「おはよう、秋田くん。どうだい、このコース。立派なもんだろう?」


 助監督を務めている長濱が、そばに来て声をかけて来た。


「ええ。でも長濱さん。ジャンプする傾斜って、こんなに急でしたっけ?」


「実は来紀さんが結構滑れるって分かったから、コースをちょっと上級者向けにしたんだ」


「どうりで」


「特に最後に滑る手すりは、当初予定したものよりも長くして傾斜も少し急にしたんだ。これでより一層ばえるだろう?」


 長濱は、和香菜と妹尾が入念に調節している手すりを指さし言った。


「ええ。でも本当に大丈夫なんですか? 来紀さんは了承してるんですか?」


「ああ。来紀さんはやる気満々だよ。今も中庭で一生懸命練習してるよ」


「えっ? 今日、施設に銃弾が撃ち込まれたのに、全然気にしてないんですか?」


「ああ」


 長濱の顔を見る限り、嘘を言っている様子は全くなかった。


 もしかして、来紀は犯人に心当たりがあるから、全く驚いていないのか?


「ちょっと、来紀さんにあいさつして来ます」


「分かった。じゃあ、それが終わったらコースの調整を手伝ってくれる?」


「もちろんです。じゃあ、行って来ます」


 秋田はスタジオを出て、中庭に向かった。


 中庭に向かう途中、窓の外を見ると、長濱が言った通り来紀がスケートボードの練習をしているのが見えた。


 秋田は中庭に出て、来紀に近づき声をかけた。


「おはようございます、来紀さん」


「おう。よく来たな」


 汗だくの来紀は、さわやかな声で言葉を返して来た。


「ここで練習してて、大丈夫なんですか?」


「えっ? ここは車も来ないし、練習場としてはうってつけだろう?」


「いえ、そういう意味ではなくて、狙撃されないか心配してるんです」


「ああ。そういう意味か。その時は、その時だよ」


 来紀は笑って答えた。


「いいかい、秋田くん。人間は皆いつか死ぬ。人によって早い遅いはあるけれど、それが事実だ。だったら、いつ襲ってくるかどうか分からない人間に怯えていても意味ないだろう?」


「まあ、そうですね」


「だから、俺は今自分ができることを、しっかりやる。それだけさ」


「スタジオにいるメンバーにもそう伝えたんですか?」


「ああ」


 来紀は笑顔で答えた。


 やはりこの人は、人を率いるための資質を持っている。


 秋田は改めて来紀のカリスマ性に感心した。




 方丈探偵事務所の方丈駿悟は、新しき学びの宿の竹本莉凛に呼ばれ、日本料理店に向かった。


 店の入り口では、秘書の片岡エイミーが方丈を迎えてくれた。


「こんばんは、方丈さん。本日は来てくださり、ありがとうございます」


「いえいえ。こちらこそ、莉凛さんの力になれる機会を得られ感謝しています」


「そう言ってもらえると、こちらとしても大変嬉しいです。莉凛さんが中でお待ちです。ご案内いたします」


「はい」


 エイミーは、方丈を店の奥にある個室に案内した。


「失礼します」


 エイミーが襖を開けると、今瞭征の長女である竹本莉凛が座布団の上で腰を下ろしていた。


「お持ちしておりました、方丈さん。来てくださり、ありがとうございます」


 莉凛は一度立ち上がり、方丈を迎えてくれた。


「こちらこそ、お呼びいただき、ありがとうございます」


「こちらにお座りください」


 莉凛は自分の隣に座るよう、方丈を促して来た。


「分かりました」


 方丈は素直に莉凛に従った。


「では、私は入り口で西田さんをお待ちしております」


「お願いします」


 エイミーは部屋から出て行った。


 方丈は莉凛と部屋で二人きりになった。


「竹本さん」


「はい」


 莉凛はおっとりした声で答えた。


「どうして、私を選んだのですか? 男性が必要なら新人の私ではなく、高山さんの方が適任だったのでは?」


「あなたを選んだのは、若くていい男だからですよ。ダメでした?」


「えっ?」


「冗談ですよ。高山さんは一生懸命で真面目すぎるんです。あなたのようにいい意味で緩みのある人を、そばにおきたかったんです」


「ゆるみ……ですか」


「はい。他人から言われません? きちんとしたお仕事をしているのに、自由人のような雰囲気を醸し出していると」


「えっ?」


 この人、一体何者だろう? 


 勘がいいのか、それとも俺の正体をすでに知っていて、その上で俺を振り回して遊んでいるのか? 


 莉凛の表情を見ても、彼女の真意を読み取ることは出来なかった。


「そうですか。そのように女性から言われると、なんか嬉しいです。自分がミステリアスな雰囲気をまとっているようで」


 真意が全く分からないので、方丈は莉凛の言葉を好意的に受け取った形で答えた。


「ええ。方丈さんは初めて会った時から、ずっとミステリアスな雰囲気をまとっていましたよ」


 莉凛は穏やかな笑顔を浮かべて言った。


「失礼します」


 襖の外からエイミーの声が聞こえた。


 すぐに襖が開き、髪がほぼ白くなった中肉中背の男が中に入って来た。


 莉凛が立ち上がったので、方丈も彼女に合わせ立ち上がった。


「お待ちしておりました、西田さん」


 莉凛は丁寧に、その西田という男にあいさつした。

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