第36話 見届け人
竹本莉凛に西田と呼ばれたその男性は、獲物を狙う獣のような雰囲気を醸し出していた。
「お久しぶりです、竹本さん。本日は来られないかと思っておりました」
「いえいえ。あの程度の脅しで怯む我々ではございません」
莉凛は穏やかな表情のまま、すぐに言葉を返した。
「頼もしい」
「ご紹介いたします。こちらは、方丈駿悟さん。私のそばで色々と力になってくれている方です」
莉凛は少し含みを持たせる表現で方丈を紹介した。
こちらとしても、色々と身分を説明したくない立場だったので、ある意味この紹介はありがたかった。
「初めまして、方丈です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、初めまして。あじさい土木で社長をしております、西田知之です。以後、お見知り置きをお願いいたします」
西田は方丈にも丁寧にあいさつした。
「失礼します」
女中が部屋に入って来て、お通しのサーモンの和え物と日本酒、そして升に入ったグラスを持って来た。
それらがテーブルに置かれ、コップの中に酒が継がれると、女中たちはすぐさま部屋を出て行った。
「では、乾杯いたしましょう」
莉凛が口を開いた。
「そうですね。では、何に乾杯しましょうか?」
西田がたずねた。
「選挙の勝利を願って」
「いいですね。では選挙の勝利を願って」
西田の音頭に合わせ、3人はその場で日本酒が入ったコップを升ごと掲げ、口をつけた。
すっきりとした味わいが、すっと喉の奥に流れて行った。
この日本酒なら、油の多い魚を食べても、すぐにお腹の中に流し込んでくれるだろう。
「先日、完成した
莉凛が西田の仕事を褒めた。
「ありがとうございます。その三角形の組み合わせはトラス構造と言いまして、変形しにくい特別な形なんです。橋の他にも美術館やドームなど大きな施設にもよく使われている形なんですよ」
「ああ。それで私、芸術性を感じたんですね。美術館などで知らず知らずのうちに目にしていたので」
「美術館に、よく足を運ばれるのですか?」
「はい。と言っても、特別芸術の知識や審美眼がある訳ではないんです。作品を見た時に何か特別なものを感じたら、帰宅した後にその作者のことについて調べるんです。そして、作者の人生と作品を照らし合わせて、その時、作者が何を感じてこれを作ったのか想像するのが好きなんです」
「竹本さんは、やはり人の生き方にとても強い関心をお持ちなのですね。さすが教主様の娘さんです」
「いえいえ。ただ物好きなだけですよ」
「それに芸術的な感性もお持ちだ。お作りになられたアプリも項目が分かりやすく綺麗に並べられていますから」
「褒めすぎですよ、西田さん」
「事実を言ったまでです」
「失礼します」
女中が再び部屋に入って来た。
そして、テーブルの上に山菜がのった素麺と、玉子豆腐を置き下がっていった。
方丈はそのタイミングで、二人のグラスに酒を注いだ。
「今回の選挙も、たくさんのボランティアを派遣していただき、ありがとうございます。非常に助かっております」
西田が莉凛にお礼を述べた。
「いえいえ。お互い様じゃないですか。見返りとして、我々は壺を買っていただいていますから」
西田の言葉に、莉凛は軽く笑顔を浮かべながら答えていた。
会食の後、方丈は事務所に戻った。
「ただいま」
「お疲れ様です」
秋田と一海があたたかく方丈を迎えてくれた。
「どうでしたか、会食の方は?」
秋田が早速、聞いていきた。
「疲れた。あじさい土木の西田っていう、なかなか迫力のある御仁が来て気疲れしたよ」
「その人、カタギの人?」
一海が好奇心あふれる表情を作り言った。
「ヤクザではないと思うけど、ホワイトな人かと言ったら、そうではない人。俺の前で選挙の裏取引の話を始めたからな」
「その話、私たちが聞いても大丈夫?」
一海は恐る恐る聞いてきた。
「大丈夫。一応、違法ではないから」
「それって、どんな裏取引なんですか?」
秋田が質問してきた。
「新しき学びの宿の高い壺を買うかわりに、信者に選挙ボランティアをしてもらう取引。日本の法律では選挙の時、色々細かい制約があるから、自由に使えるボランティアは重宝されるんだよ」
「それでそんな面倒臭いことしてるんだ」
一海が感想を述べた。
「今、気づいたんですけど、方丈さん、もしかして見届け人をやらされたのでは?」
秋田が少し真面目な表情を作り言った。
「たぶんな。だから、西田も俺の前でその話をしたんだと思う」
「何、その見届け人って?」
一海が聞いて来た。
「ヤクザ用語で、本当に約束したことを実行したかどうか確認する見張り役のこと。例えば、殺人を依頼した時、依頼人の関係者も現場に来て、本当に実行したかどうか直に確認するんだ。その役が見届け人」
「あまり嬉しくない役ね」
「ああ」
「そんなことより、方丈君。エイミーとは、どうだったのよ?」
一海が再び好奇心あふれる表情を作り聞いて来た。
「ああ。話したよ。先日は楽しかったって言われた」
「それだけ?」
「うん」
「もっと、話すことあるでしょう?」
「何を? ああ、そうか。もっと話して情報収集しないといけなかったな」
「違うでしょう。そういうところだぞ」
一海は方丈の態度に大変ご立腹な様子だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます