第15話 神のささやき
スタジオでの簡単な打ち上げが終わった後、秋田は状況を報告するため方丈探偵事務所に向かった。
「お疲れ様です」
秋田が事務所に入ると、方丈と一海が事務作業をしていた。
「お疲れ様」
二人は温かく秋田を迎えてくれた。
「ちゃんと、『消毒』はしたか?」
尾行がついていないか確認したか、方丈が聞いてきた。
「大丈夫です。きちんと2回行いました。尾行はいません」
「オーケー。で、どうだった?」
「はい。映画製作の手伝いをしたら今来紀に気に入られて、明後日行われる自由憲政党の個人演説会に、ボランティアとして参加してくれって頼まれました」
「えっ、ひょっとして私より先に俳優デビューしたの?」
一海が聞いてきた。
「違いますよ。紙吹雪を作る手伝いをしただけです」
「そんなことで評価されたの?」
「ええ。文句も言わず黙って作業を続けたので」
「猫を被ったわね」
一海が招き猫のように両手を丸めて言った。
「仕事ですから」
秋田もいやらしい言い方で、一海に応えた。
「今来紀は、どんな男だった?」
方丈が話を元に戻した。
「初め会った時は暑苦しいだけの奴かと思ったんですが、宗教家としての振る舞いがきちんと出来る男でした。俺に単調な作業をさせたのも、取り敢えず悩みを忘れさせようとして、やらせたことでしたから」
「ただのバカではなかったか」
「はい。方丈さんの方はどうでした?」
「竹本莉凛は、宗教家としてセオリー通りの振る舞いをしていた。集まった人たちの悩みを聞いたり、彼らが体験した不思議な出来事に意味を与えたりしていた」
「不思議な出来事に意味を与えたら、信者になってくれるの?」
一海が聞いて来た。
「分からないものは怖いだろう? だから、それに意味を与えてやるんだよ」
「なるほど」
「加えて、莉凛は相手の気持ちにも上手く共感しながら対話していた。結構なやり手だよ」
「何か、二人とも情報取るの大変そうね」
一海が同情するような表情を浮かべ言った。
「ああ。二人とも、ここまで優秀だとは思わなかった」
方丈は顔をしかめて言った。
「これからどうします?」
秋田は方丈にたずねた。
「秋田は今来紀の信頼をもっと得られるよう動いてくれ。俺も何とか竹本莉凛と親しくなる方法を考える」
「分かりました」
「あと教団のアプリはダウンロードしたか?」
「はい。今来紀のスマホ画面からダウンロードしました」
「えっ? そうか。本来そういう風にするのか」
「方丈さんは、どうやってダウンロードしたんですか?」
「秘書の片岡エイミーという女性が紙に書かれたQRコードを広げて、それを使ってダウンロードした」
「彼女と直接触れさせたくないんですかね?」
「ああ。俺も今、秋田の話を聞いていて、なんとなくそう思った」
方丈は再び顔をしかめて言った。
竹本莉凛の秘書である片岡エイミーは、仕事の打ち合わせのため、莉凛の部屋を訪れた。
「失礼します」
ドアをノックしエイミーが中に入ると、莉凛はパソコン画面と向かい合っていた。
表情を見る限り、機嫌が良さそうだ。
「莉凛。明日の衣装ですが、スーツは赤と青どちらにします?」
「明日は街頭に出る日だっけ?」
「はい」
「それなら赤にしようかしら」
「分かりました」
「あと、今日、セミナーに来た人とコンタクトをとってもらえる?」
「誰ですか?」
「方丈駿悟。ビルメンテナンスの仕事をしていると言っていた方」
「ああ。今の仕事を続けるべきかどうか、相談に来た方ですね」
「そう。彼にもぜひ明後日の個人演説会にボランティアとして来てもらいたいの」
「突然ですけど、来てくれますかね?」
「大丈夫。彼は必ず来るわ。神の声が聞こえたから」
莉凛は確信に満ちた表情を作り言った。
喜代次たちN県の刑事たちは、夜の捜査会議に出席した。
「これより、捜査会議を始めます。まず本日の捜査で、新たな可能性が出てきました」
司会の刑事がパソコンを操作し、喜代次たちが午前中に見た、あじさい土木の車が写った画像をモニターに出した。
「こちらをご覧ください。これは高冬の消息が分からなくなった直後の明日の未来建設周辺の監視カメラの映像と、同日の遺体が発見された工事現場付近の監視カメラ映像の切り抜きです。両方に写っている車は、市内にある建設会社、あじさい土木の車です。この件について、あじさい土木の社長、西田知之にたずねると、車は間違いなくあじさい土木のもので、選挙のために社員が動いていたことを認めました」
司会の刑事は再びパソコンを操作し、今度はあじさい土木と明日の未来建設の外観が映った画像と、堀前知事が映った画像を出した。
「あじさい土木は、堀前知事の後ろ盾で大きくなった新興企業です。また、高冬の姿が最後に目撃された明日の未来建設も、同様に堀前知事の後ろ盾で大きくなった比較的新しい企業です。堀前知事が一期で辞めたことで、彼らが企業の生き残りをかけて何か行動を起こし、高冬はそれを偶然目撃した可能性があります。また、あじさい土木のオフィスには宗教団体、新しき学びの宿が取り扱っている壺が置いてあることも確認できました。新しき学びの宿は、自由憲政党の選挙応援を長年やってきた宗教団体です。あじさい土木は、間違いなく選挙戦に深く絡んでいます。よって今後、捜査を進めるにあたり、明日の未来建設とあじさい土木、宗教団体新しき学びの宿に焦点を当て捜査を進めます」
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