第16話 個人演説会 その1

 午後4時、方丈は自由憲政党の個人演説会にボランティアとして参加するため、市内の公民館に向かった。


 セミナーを受けた夜、アプリを通じて片岡エイミーから個人演説会にボランティアスタッフとして参加して欲しいという連絡を受けた。


 情報収集をしたかった方丈は、喜んでエイミーの申し出を受け、ボランティアスタッフとして参加することにした。


 公民館に入ると、入り口付近のラウンジに40人くらいの老若男女が集まっていた。


 秋田も参加することになっているが、設定上、方丈と顔見知りではないので、時間をずらし後から来ることになっていた。


 方丈は壁に寄り、集まっている人間を観察し始めた。


 あれは? 


 方丈は若者たちが談笑する輪の中に、依頼人の息子である吉本太一の姿を発見した。


 穏やかな表情を浮かべながら周囲と打ち解けている彼の姿を見て、方丈は説得してここから連れ出すのは無理だと悟った。


「こんにちは」


 突然、見知らぬ30歳くらいの中肉中背の男が、方丈に話しかけて来た。


「あっ、どうも」


 自分の本業を知っている人物ならまずい。


 方丈は少し警戒しながら言葉を返した。


「初めまして。高山茂(たかやま しげる)と申します。失礼ですが、方丈駿悟さんでよろしいですか?」


「はい、そうです」


「実は、片岡エイミーさんにあなたのサポートをするよう頼まれたんです。何か困っていることはありませんか?」


「ああ、そうだったんですか。大丈夫です。お気遣いありがとうございます。方丈駿悟です」


 方丈は警戒を解き、高山にあいさつした。


「方丈さんのことは、エイミーさんから少し話を聞いています。今の仕事を続けることに迷いがあると」


「ええ。特に不満がある訳ではないんですが、何というか、幸せの実感が持てないんです」


「分かります。以前の私も同じような日々を過ごしていました。でも、大丈夫ですよ。教主さまの教えに触れていくうちに、だんだん幸せを実感できるようになりますから。私が保証します」


 高山は目を輝かせながら言った。


「そう願います」


「ボランティアとしてお集まりの皆さん。ちょっと、よろしいでしょうか?」


 背広を着た細身の中年男性が、ラウンジにいる人たちに声をかけてきた。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。新しき学びの宿で総務課長をしております花田明(はなだ あきら)です。会場設営を始める前に、皆さんにお伝えしたいことがあります。ホールは準備と片付けの時間も含め、5時間しか使用できません。会場を借りている時間は、16時30分から21時30分の間です。準備と後片付けは、手際よくお願いいたします」


 花田はそこで軽く頭を下げた後、今度は手にしていた紙に視線を向け、再び口を開いた。


「次に役割分担をお伝えします。天音さんの所から来たボランティアの方たちは、登壇者の机とイス、それとマイクを設置してください。来紀さんと莉凛さんの所から来た方たちは、来場者用のイス300席分の用意をお願いします。そして大世さんの所から来た方たちはポスターとのぼりを中に運んだ後、ポスターを指定された所に貼ってください。配置はこれから皆さんにお配りする紙に書いてあります。ですが、全員分はないので、皆さん代わりばんこに見て確認してください。よろしくお願いします」


 花田の言葉の後、ボランティアで集まった人たちは、それぞれ配られた紙を見て、配置を確認し始めた。


 方丈もまわって来た紙を見て、多目的ホールに並べるイスの位置を確認した。


「では、皆さん。16時30分になりました。よろしくお願いします」


 花田の声を聞き、方丈たちはすぐに体育館へ向かった。


 体育館に入ると、年配の男性たちはすぐにステージの下に移動し、そこからイスを引っ張り出した。


「はい。お願いします」


 彼らは取り出した数脚のイスを、次々と方丈たち若者に手渡した。


 若者たちはそれを手に所定の位置までイスを持って行き、並べたらすぐにまたイスを取りにステージの下に戻った。


 若者に一番大変なイスを持って歩くという作業をやらせ、年配者たちはイスを手渡す役目を担う。


 理にかなった役割分担が、誰かに指示された訳でもなく実行された。


 方丈は体育館内を何度も往復し、イスを指定された場所に配置した。


 周囲を見ると、秋田も一生懸命、イスを運んでいた。


 一方、依頼者の息子である吉本太一は、のんびりとのぼりの設置を行なっていた。


 イスを並べ始めて30分後、体育館の準備は全て整った。


「ご苦労様です」


 方丈が体育館の壁に寄りかかり休憩していると、高山がそばに来て、話かけてきた。


「あっ、ご苦労様です」


「なかなか、いい運動でしたね」


「そうですね」


「ですが、まだ作業は続くと思いますよ」


「えっ、本当ですか?」


 高山の予想通り、花田が大きな声で皆に呼びかけてきた。


「皆さん、お疲れ様です。現在、17時をまわりました。個人演説会は18時から始まりますので、それまで来紀さんと莉凛さんの所から来た若い人たちは、外に出て車の誘導をお願いします。天音さんの所から来た人たちは、控え室の準備をお願いします」


「すいません。若者って何歳までですか?」


 60歳くらいの男性が手をあげて質問した。


「概ね50歳以下の男性でお願いします。もちろん、私は心が若いとおっしゃるのであれば、お止めいたしません」


「無理無理。もう限界」


 質問した男はすぐに断った。会場に笑いが起きた。


「では、皆さん、よろしくお願いします」


 花田は軽く頭を下げた。


「では、行きますか」


「ええ」


 高山に促され、方丈は入り口に向かって歩き出した。

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