第5話 方丈探偵事務所への依頼

 方丈探偵事務所の所長である方丈駿悟(ほうじょう しゅんご)は、助手の秋田有斗(あきた ゆうと)を連れて、仕事を依頼してきた吉本礼(よしもと れい)の家を訪れた。


「立派なお屋敷ですね」


 門の前で秋田が口を開いた。


「両親は地主。旦那は銀行の取締役。このくらいは余裕だろう」


「うらやましい」


 方丈はインターフォンを押した。


「はい」


 スピーカーから優しい女性の声が返ってきた。


「ご連絡を受けて参りました、方丈です」


「お待ちしておりました。どうぞ、玄関までお進みください」


 言われた通り、二人は門から中に入り、玄関の前まで移動した。


 すぐにドアが開き、中から50歳前後の身なりの良い中年女性が出てきた。


「初めまして。吉本礼です。まずは中へ」


「失礼します」


 導かれるまま二人は家にあがり、居間に通された。名前はわからないが、明らかにいい値段がすると思われる家具が備えられていた。


「この木は、マホガニーかな?」


 秋田が戸棚を見ながら口を開いた。


「何だ、マホガニーって?」


「高級家具に使われる木材ですよ。ギブソンのギターとかにも使われる」


「詳しいな、秋田」


「ええ。年代物のギターが好きなんで」


「お待たせしました」


 吉本礼が紅茶とクッキーを持って居間にやってきた。


 そして、それを二人の前におくと、方丈たちと向かい合う形でソファーに座り、ゆっくりと口を開いた。


「改めまして。吉本礼です。本日は来てくださり、ありがとうございます」


「こちらこそ初めまして。方丈探偵事務所で所長をしております、方丈駿悟です。こちらは助手の秋田です。息子さんの件で仕事を依頼したいとお聞きしましたが、間違いないでしょうか?」


「はい。息子の太一(たいち)をある組織から連れ戻して欲しいんです」


 吉本礼は二人の前に一枚の写真を出した。


 そこには20前後と思われる一人の男性の姿が写っていた。


「この方が、太一さんですか?」


「はい」


「彼が今、所属している組織は、ご存知ですか?」


「はい。新しき学びの宿です」


「えっ?」


 方丈と秋田の口から、揃って言葉が出た。


「あの、ひょっとしてご依頼したいこととは、出家した息子を連れ戻して欲しいということですか?」


 方丈が確認をとった。


「ええ。その通りです」


 表情を見る限り、吉本礼は本気で言っているようだった。


「失礼ですが、赤の他人の私たちが何か言った所で、息子さんを説得するのは不可能だと思いますよ。出家したということは、並々ならぬ決意で家を出たと思いますから」


「そうかもしれません。ですが、何とか息子を教団から取り戻してもらえませんでしょうか?」


 吉本礼は懇願するように二人に言った。


「旦那さんは何とおっしゃっているのですか?」


 隣に座っていた秋田がたずねた。


「特に何も。夫は息子と大変折り合いが悪く、それが息子を宗教に向かわせた理由の一つなので」


「そうだったんですか」


 方丈は彼女の気持ちに寄り添うように答えた。


「お願いです。息子を教団から取り戻してください。方丈さんの噂は聞いています。正義のためなら、ヤクザの事務所にも一人で乗り込んでいく方だと。こんなこと頼めるのは、方丈さんだけなんです。よろしくお願いします」


 吉本礼は深々と、頭を下げた。方丈と秋田は互いに顔を見合わせた。




 方丈たちは返事を保留にしたまま、吉本礼の家を後にした。


「どうします?」


 車に乗り吉本家から少し離れた所で、運転席の秋田が口を開いた。


「どうするも何も、見つけたとしてどうやって連れ戻すんだ? 潜入するのはいいが、説得の仕様がないだろ」


「ですよね」


 秋田はとても残念そうに言った。


「何だ? この依頼、そんなに受けたいのか?」


「ええ。報酬が大変、魅力的なので」


 秋田が笑顔で答えた。


「また、確かにな」


「方丈さん。一度、貫原(かんばら)さんのところに行きませんか? あの人なら何か解決策を授けてくれるかもしれませんよ?」


 貫原は元ヤクザの組長で、現在は喫茶店のオーナーをしている。


 経済ヤクザとして広く名前が知られた人物で、彼の元には現在も多くの情報が集まって来た。


「そうだな。まあ、断るにしても、それからでいいか。秋田、貫原さんの所へ向かってくれ」


「了解」


 秋田は喫茶「迷い猫」に向かってハンドルを切った。




 喜代次が捜査本部で書類を書いていると、地元の警察署に所属している深海(ふかみ)がバインダーの束を持ってやって来た。


「喜代次さん。頼まれていたもの、持ってきましたよ」


「ありがとう」


「全員分はないですけど、署にあるものはこれで全部です」


 喜代次は深海から資料を受け取った。


「それって、小石川倉庫にいた社員の資料ですか?」


 隣にいた矢上が聞いてきた。


「ああ。何人か気になる人物がいたから、頼んでおいたんだよ」


「上田や下山ですか?」


「お前もそう思うか?」


「ええ」


「じゃあ、早速見てみるか」


 喜代次は渡された資料に目を通し始めた。


「ほう」


「何か見つけましたか?」


「あの二人は、同じ小学校、中学校に通っていた同級生だ。上田は中学生になってから素行が悪くなり、高校生になってからは随分と補導歴がある」


「だから、我々に対して警戒していたんですね」


「ああ」


「下山の方はどうです」


「下山は……」


「どうしました?」


「父親は妻の実家の家業を継いだが上手くいかず、アルコール中毒になり自殺。それをきっかけに母親は新しき学びの宿に入信し、一家離散になっている」


 下山の経歴は、喜代次の想像を超える悲惨なものだった。

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