第4話 独身オーラ

 仕事が終わり、下山が更衣室に向かって歩いていると、上田が後ろから声をかけてきた。


「しもやん。今日、これから空いてる? 飲みに行かない?」


「いいね。俺もそんな気分だ」


「じゃあ、着替えたら、鳥焼き貴族で」


「分かった」


 二人は更衣室へ行き着替え終わると、すぐに会社を出て、鳥焼き貴族がある駅の方へ向かって歩き始めた。


「今日来た刑事。俺たちの外見を見ただけで、独身だと思ったんだな」


 上田が口を開いた


「ああ。でも、あってる」


「独身オーラでも出ているのかな?」


「たぶんな」


「消えねーかな、独身オーラ」


 上田は自分の肩から腕の辺りを見ながら言った。


「無理だな。諦めろ」


「しもやんは消したいと思わないの?」


「俺はとっくに諦めているから」


「そっか」


 上田はそれ以上、この話題には触れなかった。


 鳥焼き貴族に入った二人は座敷席に座り、とりあえずビールを注文した。


 店に置かれているテレビを見ると、画面に元知事の西原将大(にしはら まさひろ)衆議院議員が映っていた。


「あっ。選挙、始まるのか」


 上田がつぶやくように言った。


「おお。ヒロ、ついに母親たちから選挙手伝えって言われなくなったんだ」


 下山は上田を祝福した。


 上田の母と妹、それと下山の母は、宗教団体「新しき学びの宿」の出家信者だった。


 新しき学びの宿はここN県に総本部があり、選挙のたびに信者やその家族が選挙の手伝いをさせられていた。


「ああ。俺の熱意がやっと宗教の教えを上回ったようだ」


「おめでとう」


「ありがとう。しもやんの方はどうなの? 母親から何か連絡ないの?」


「全くない。今、生きているかどうかも分からない」


「そっか。お母さん、出家してどれくらいだっけ?」


「かれこれ30年近くになるかな。もう顔もしっかり思い出せなくなったよ」


「会いたいって思わなかったの?」


「ずっと昔、教団の本部に何度か行ったんだけど、中に入る勇気がなくてね。そのうち会いたいって気持ちも湧かなくなった」


「そうだったんだ」


「まあ、教団が潰れたら一度、会いに行ってもいいかな」


「じゃあ、西原議員が死ぬまで待たないとな」


 上田はビールを口に流し込み言った。


「その話、本当なの? 教団のバックには西原がついているって話?」


「父親の代からズブズブの関係だぞ? だから、教団は今もでかい顔をしていられるんだよ」


「やっぱ。そうだったんだ」


 画面に映る西原の元気な姿を見て、教団は当分安泰だなと下山は思った。




 小石川倉庫へ行った次の日、矢上は喜代次に連れられ、高冬が行方不明になる前に最後に立ち寄った明日の未来建設に足を運んだ。


 明日の未来建設の事務所は河川敷に面しており、周囲にはほとんど建物がなかった。


 駐車場に車を停め、矢上と喜代次は事務所に向かって歩き出した。


「これだけまわりに建物がないと、監視カメラの映像は期待できないですね」


 矢上は隣にいた喜代次に話しかけた。


「ああ。だから生活安全部の連中も苦労してたんだな」


 喜代次は周囲を見まわしながら言った。


 事務所の入り口には、少々大きめの会社の看板と傘電球が取り付けられていた。


 喜代次がインターフォンを押すと、スピーカーから男の声が返って来た。


 事情を話すとすぐに中へ通され、二人は部屋の一画を区切った応接間で社長の古賀義隆(こが よしたか)と面談した。


「高冬さんのことは、仲間からの連絡で知りました。このような形になるとは、とても残念です」


 古賀は暗い表情を浮かべながら言った。


「ここに来た時の高冬さんの様子は、どんな感じでしたか?」


 喜代次が古賀にたずねた。


「いつも通りですよ。さわやかにあいさつして、すぐに帰っていきました」


「伝票だけ置いて帰るということは、過去にもあったのですか?」


「ええ。何度も」


「では、高冬さんが帰った後、いつもと違うことが起きたり、見慣れない車が近くに停めてあったりしませんでしたか?」


「私が知る限り、ありません」


「では、最近、この辺りで不審者がうろついていたとか、そのような話を聞いたりしていませんか?」


「それもないです」


「そうですか……。では、入口の所にあった監視カメラの映像を見せていただけませんか?」


「えっ?」


 古賀が驚きの声を上げた。隣で話を聞いていた矢上も驚き、視線を喜代次の方に向けた。


「あれは電球型の監視カメラですよね? 実は私、以前、同じものを見たことがありまして。その映像を見せてもらえませんか?」


「いえ、それは……」


 古賀は目を逸らし、とても困った表情を浮かべていた。


「ぜひ、見せていただけませんか? 事件解決にとても役立つので」


「実を言うと、しばらく前から壊れているんですよ。ですが、明かりはつくので、ずっとそのままにしていたんです。すいません」


 古賀は取り繕うような表情を作り言った。


「そうだったんですか」


「申し訳ございません。こんなことなら、さっさと替えておくべきでしたね」


「いえいえ。古賀さんが悪い訳ではありませんので、気にしないでください。うかがいたかったことは以上です。本日はお忙しい中、時間をとっていただきありがとございました。何か思い出したことがございましたら、先ほど渡した名刺の番号に、お電話ください。お待ちしております」


「分かりました」


「では、失礼致します」


 古賀にお礼を言い、二人は事務所を出た。




 事務所を出て少し歩いた所で、矢上は喜代次に話しかけた。


「主任。いつカメラに気づいたんですか?」


「入り口に立った時。あの角度だと光が強く目に入るからな」


「さすがですね」


「それより、さっきの古賀の態度、どう思った?」


「どうしても我々に映像を見せたくない。そんな態度に見えました」


「俺もそう思った。明日の未来建設は今後もマークだな」


「はい」


 二人は車に乗り込み、捜査本部がある警察署に戻った。

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