第6話 喫茶「迷い猫」の元・組長

 方丈が喫茶「迷い猫」のドアを開けると、すぐにバイトの松崎夏蓮(まつざき かれん)が、明るい声で二人を迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。あっ、方丈さんに秋田さん」


「おはよう、夏蓮ちゃん」


 方丈は夏蓮にあいさつをし、カウンターにいるマスターの貫原徹(かんばら とおる)の前に座った。


「どうも」


 秋田も夏蓮に軽くあいさつをし、方丈の隣に座った。


「ご注文は、何にします?」


 夏蓮は二人の前に水を出し、注文を聞いてきた。


「チョコレートパフェとホットコーヒー」


「抹茶パフェとホットコーヒー」


 方丈と秋田は、それぞれメニュー表を見ずに注文した。


「かしこまりました。方丈さんはチョコレートパフェとホットコーヒー。秋田さんは抹茶パフェとホットコーヒー。いつものですね」


「よろしく」


 二人はそれぞれ夏蓮に返事をした。夏蓮は軽く一礼すると、パフェを作るため戸棚へ向かった。


「難題を抱えているみたいだな」


 コーヒー豆の分量を測りながら、貫原が聞いてきた。


「ええ。厄介な依頼が来て、受けるかどうか迷っているんです」


 方丈はすぐに相談したいことを貫原に打ち明けた。


「どんな内容だ?」


「新しき学びの宿の出家信者になった息子を連れ戻して欲しいという依頼でして」


「そりゃ、厄介だな」


 コーヒーミルに豆を入れながら、貫原が笑顔で答えた。


「息子を説得する方法はあるのか?」


「いえ、全く」


「連れ戻すための条件は?」


「特にないです」


「じゃあ、一ついい方法があるぞ」


 貫原がミルを回しながら言った。


「何ですか?」


「新しき学びの宿を、ぶっ潰せばいいんだよ」


「本気ですか?」


 方丈は貫原に確認をとった。


「ああ。お前が中に入って引っ掻き回せばいい。それで全て解決」


「いやいや無理でしょう。俺一人動いたところで潰せませんよ」


「今は付け入る隙があるんだよ。新しき学びの宿では、今後継者争いが起きているんだ。スマートフォンで、『新しき学びの宿』、『後継者』で検索してみろ」


 言われた通りスマートフォンで検索すると、三人の中年男性と若い女性の画像が現れた。


「この四人の男女が後継者ですか?」


「ああ。その中で眉毛が太く気の強そうな顔をしているのが、長男の今天音(こん あまと)。後継者争いの本命で、自ら健康食品やサプリメントの会社を立ち上げ、力を蓄えている」


 貫原はドリッパーに入れたコーヒーの粉に、お湯を注ぎながら言った。


「確かに気の強そうな顔をしていますね。眉間に深いシワも寄ってますし」


「その顔の通りの性格だ。逆にキリッとした顔の細身の男は、次男の今来紀(こん らいき)だ。10代の頃は両親の教えに反発して様々な仕事に挑戦したが上手くいかず、現在は教団の広報として働いている。兄の天音とは犬猿の仲だ」


「確かに真逆の顔をしていますね。このヒッピー見たいのは、三男ですか?」


「ああ。彼の名前は、今大世(こん たいせい)。教団の総務部長をしている。彼はこの後継者争いには全く興味がないそうだ」


「見るからにそんな感じですね」


「そして、今回、唯一の女性候補が、海の向こうから突如やって来た竹本莉凛(たけもと りりん)だ。彼女は教祖、今瞭征(こん りょうせい)が愛人に産ませた子で、つい先ごろまでアメリカのIT企業に勤めていたそうだ」


「いきなり会社を辞めて、こっちに来たんですか?」


「どうも、そうらしい」


「お待たせしました」


 夏蓮が方丈の前にチョコレートパフェを、秋田の前に抹茶パフェを置いた。


「いただきます」


 二人は早速、パフェに口をつけた。方丈はこのパフェに使われているチョコレートの甘味と苦味のバランスが大好きだった。


「貫原さん。新しき学びの宿の後継者争いって、今、どんな状況なんですか?」


 パフェを数口食べた後、方丈は再び貫原に質問した。


「一歩リードしているのは長男の天音で、勢いがあるのは長女の莉凛だな。後継者は今年一番多く新規の信者を勧誘した者にするそうだ。天音は会社の人脈を使って勧誘し、莉凛はITの技術を使って若者と氷河期世代を中心に勧誘している」


「なるほど。クライアントの息子が入信したのも、その流れがあったからなんですね」


 隣に座っている秋田が、口を開いた。


「ああ。だから今、付け入る隙があるんだよ」


「どうします、方丈さん。この仕事、受けます?」


 秋田が聞いて来た。


「付け入る隙があるのは分かったけど、じゃあ具体的にどうやって中から破壊する?」


「簡単だよ。兄弟それぞれの弱みをつかんで、それを他の兄弟に流してやればいい。それでぐちゃぐちゃになるから」


 貫原がすぐさま作戦を立案した。


「さすが、元組長。そう言うことをすぐに思いつく」


 秋田が貫原を持ち上げた。


「この小指は、伊達じゃないぞ?」


 貫原は脱着式の左手の小指をこちらに見せながら言った。


「方丈さん、この仕事受けましょうよ。報酬もいいですし」


 秋田が促して来た。


「分かった。あとでクライアントに受けるって伝えとく」


 皆の意見を聞いて、方丈は吉本礼の依頼を受けることを決めた。


「そうこなくちゃ。クライアントのため、頑張ってこい」


 貫原は二人の前に入れたてのコーヒーを置いた。

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