全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、わたしたちをなぎ倒す

丸毛鈴

全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが

 全てを破壊しながら、バッファローの群れが突き進んでいた。


彼らは家を、納屋を、ガレージを破壊し、秋には赤く色づいて人の目を楽しませる楢の木を、空き地でようやく花をつけたすみれを、あるいは老婆が毎日世話しているちいさな畑を踏み荒らし、砂塵のなかには砕けた木片やちぎれた葉、鍋に入ったミネストローネからパン、ガレージで何年もの間眠っていたチェーンソーさえも舞っていた。


 彼らは街の歴史が刻まれた碑をなぎ倒し、公民館は木っ端になり、子どもたちの学び舎はみじめな廃墟と化した。


 夏の間、市民を楽しませるプールに入ったバッファローの一群は、水をしたたらせて、また街を駆けた。時速およそ六十キロ。1トンはあろうかという体躯をゆすって風を切るうち、あっという間に被毛が乾く。


 わたしはいつからこの一群にいるのだろう。ひずめで地面を蹴り、進むためだけに進む。そのたびに、まるで百頭のバッファローが暴れ回るように、細胞のひとつひとつがわきたっていく。からだには常に何かが当たって砕け散り、それが後方へキラキと流れていく。


 砂煙のなかを進む一群の前に、やがて彼女が現れる。長い髪をなびかせて、両腕を広げ、バッファローの前に立ちはだかる。わたしは彼女の前に立ち止まる。彼女の目が、わたしをまっすぐにとらえている。黒い瞳にわたしが映っている。大きく山のように盛り上がった肩をいからせ、長い毛足をなびかせたアメリカバイソン、通称バッファローの姿がそこにある。


 バッファローの群れは、止まることはない。巻いた角でわたしを突き、えぐり、蹄がわたしを蹴る。毛が、肉が、血が砂塵とともに舞う。倒れないわたしをよけてバッファローたちの群れが二手に分かれ、彼女の横を駆け抜ける。時折、その角が彼女の白い肌に傷をつけ、白い衣服に血がにじみはじめる。それでも彼女は微動だにしない。


 わたしの黒い双眸にも、きっと彼女の姿が映っている。わたしは四本の脚を踏みしめて、後ろから、横からバッファローにもまれながら思い出そうとする。彼女を、彼女の瞳を。わたしは知っている彼女の手のあたたかさを。彼女がわたしの前の立つ理由を。


 砂塵が立つ。時が流れる。わたしの血肉はそがれていく。わたしのなかにいた百頭のバッファローたちは、いまや鎮まりかえっている。


 バッファローの群れは全てを破壊するだろう。わたしと彼女もやがて破壊されるだろう。かすみゆく視界のなかで、彼女がついに倒れる。わたしは思わず前へ進む。さっきまでの力はもうどこにもない。わたしは彼女の上におおいかぶさる。ひとりと一頭の血のぬめりとあたたかさがとけあっていく。


 わたしたちの上を、バッファローの群れが突き進んでいく。踏み荒らし、踏み越えて。そうしてわたしたちはひとつになって、世界が終わる。

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全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、わたしたちをなぎ倒す 丸毛鈴 @suzu_maruke

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