最終話 月下の約束
オーガの王が治める国、アンガス王国でザクロとともに生活していたデージーは、アシュリーの訃報を聞き気が狂いそうになるほど泣いた。そして、アシュリーの仇を討つことを決意する。
デージーが破壊活動に参加するのを嫌ったアシュリーのおかげで、彼女の情報は
そうした経緯もあり、デージーはやすやすと治安維持機関の拠点に入りこめたのである。サフィニアを殺害したあとのデージーは、すぐさまアンガス王国へと戻った。
そして、オーガの王であるエンカイへ直訴した。当初、城の門番から相手にもされなかったデージーだが、その鬼気迫る様子に門番もただごとではないと感じたらしい。
こうして、デージーはザクロとともにオーガ王、エンカイへの謁見に成功した。そこで、彼女はザクロとともにバジリスタの状況を詳しく説明した。
隠蔽されてはいるものの、すでに天帝サイネリア・ルル・バジリスタは暗殺されていること、国の中枢もまだ混乱が残っていること。そして、攻め込むのなら今であると強く主張した。
エンカイも情報収集を行った結果、デージーの話は信憑性が高いと判断し、バジリスタへ兵を向けることを決意した。これまでバジリスタが他国から侵攻されなかったのは、ひとえにサイネリアの威光があったからだ。
強大な種族であるハイエルフと戦うのは分が悪すぎる。実際にはハイエルフではなかったのだが、その威光があったからこそ他国からの侵攻を回避できていた。
それゆえに、バジリスタにはそこまで規模の大きな軍隊がない。禁軍は存在するものの、他国の軍と正面切って戦争ができるような規模ではないのだ。
それゆえ、アンガス王国に侵攻されたバジリスタの首都アストランティアは、またたく間に陥落した。国の運営に関わっていた長老衆は全員処刑され、バジリスタはアンガス王国の一部となったのである。
この結果に、オーガの王エンカイは心から喜んだ。ほとんど兵を失うことなく、悲願だったバジリスタの奪取に成功したのだから当然である。
そして、デージーを最大の功労者であると称賛し、王族に次ぐ高貴な地位を与えた。奇しくも高い地位を得たデージーは、エンカイたちとともにアストランティアへ入ると、まず罪人が葬られている墓地へ向かった。
アシュリーの遺体を改めて埋葬するためである。兵士にも協力してもらい、やっとの思いでアシュリーの遺体を見つけたデージーは、その体を抱きかかえたままアストランティア中に響きわたるほどの大声で泣いた。
さらに、ネメシアの遺体も掘り起こしたデージーは、立派な墓を作り、そこへアシュリーと並べて埋葬した。
かつてのアストランティアに立派な住居を与えられたデージーは、そこで新たな生活をスタートさせることに。バジリスタ攻略における最大の功労者である彼女には、毎月国から多額の報奨金が支払われた。
彼女が力を入れたのは、貧民街の改善と孤児院の設立だ。エンカイにも話をつけ、精力的に行動した結果、かつてのような孤児は相当少なくなった。
また、孤児を見つけては積極的に支援を行った。かつて、自分がアシュリーに救われたように。そうして支援を受けた者のなかには、めきめきと頭角を現し、やがて国を支えるほどに成長した者も。
『緋色の旅団』の幹部たちもアストランティアへ戻ってきた。ダリアやジュリアたちと再会したデージーは、涙を流しながら再び出会えたことを喜んだ。
その後、ダリアとジュリアはデージーの口利きもあり、兵士に魔法を教える指導者に。ストックやガーベラ、ザクロも国の要職に就くことができた。
王族からの信頼も厚かったデージーのもとには、ときおりエンカイをはじめとした王族が足を運び、長時間にわたり談笑することもあったという。
こうして、穏やかにデージーの日々は流れていった。
――長い年月が流れ、デージーもすっかり年老いた。エンカイが崩御し、現在では息子のエンザクが王としてアンガス王国を統治している。
ダリアやジュリアなど、かつて『緋色の旅団』で同じときを共有した仲間も亡くなり、あのころの話をできるものは一人もいなくなった。
デージーは、ベッドの上で半身を起こしたまま、窓の外を見やった。空は晴れわたり雲一つない。と、そこへ。コンコンと扉をノックする音が響き、侍女のパンジーが入ってきた。
「デ、デージー様。起きあがって大丈夫なのですか?」
「ええ。今日は体調もよさそうだから」
かすかに口もとを綻ばせるデージーに近寄ったパンジーは、そばのキャビネット上にあった上着をとると、そっと彼女に羽織らせた。
「ありがとう、パンジー」
老齢ということもあってか、デージーは体調を崩しやすくなっていた。ここ最近はベッドの上ですごすことが多くなっている。
「デージー様、ムリなさらないでくださいね。エンザク王も心配されていましたよ?」
「ふふ。大げさね」
「んもう……デージー様を慕っている者はたくさんいるんですから。クロイツ宰相やガラン将軍も心配していますよ?」
オーガのクロイツにエルフのガラン。どちらも、孤児だったときデージーに保護された者だ。環境のよい孤児院で、デージーの支援を受けながら育った二名は、すくすくと成長し、国の要職に就くまでになった。
そんなクロイツたちにとって、デージーは恩人であり母のような相手でもある。
「あの子たちも、立派になったわね……」
ふふ、と頬を緩ませたデージーは、パンジーに紅茶を淹れてほしいと口にした。部屋を出ていくパンジーの背中を見送り、小さく息を吐く。
クロイツにガラン、本当にどちらも立派になったわ。ガランなんて、ダリア様に魔法を厳しく指導されて、いつも泣いてばかりだったのに。
それにしても、今日は何だか体の調子がいい。ここ最近はずっと寝たきりだったのに。ろうそくが燃え尽きる前の輝き、みたいなやつかしらね。
自分の体は自分が一番わかっている。おそらく、私はもう長くないだろう。ずいぶん長く生きられたし、後悔は何もない。
と、そんなことを考えていると、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。侍女が紅茶を持ってきたのだろう。デージーが思わずため息をつく。
はぁ……。新しく入った侍女のナズナかしら。あれほど毎回ノックをしなさいと言っているのに……。
いくら注意しても忘れてしまう、おっちょこちょいな侍女。注意しようと扉のほうへ目を向けたデージーの体が思わず硬直する。
「あ……! ああ……!!」
何と、そこに立っていたのはアシュリーだった。あのころと変わらぬ、整った顔立ちと白く美しい髪。
「あ……あ……アシュリー様……!!」
デージーがベッドから両足をおろし、のろのろと立ちあがる。その様子を、アシュリーは笑みを浮かべて眺めていた。
「ア、アシュリー様……! ほ、本当に、アシュリー様なのですか……!?」
『ええ。私のこと、忘れちゃったの? デージー』
「そ、そんなことあるはずがないのです! デージーは、デージーは……!」
デージーの瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれる。アシュリーのほうへ近寄ろうとしたとき、大きな鏡に自分の姿が映っているのを見て、思わずデージーは目を見開いた。
そこに映っていたのは、アシュリーたちと同じ時間をすごしていた少女時代の姿だった。
『デージー。本当にごめんね。必ず迎えに行くと約束したのに、こんなに遅くなってしまって』
アシュリーが申し訳なさそうに目を伏せる。デージーは大きく首を左右に振った。
「ア、アシュリー様……デージーは、ずっと後悔していたのです……! あのとき、アシュリー様に嫌われてでも一緒にいればよかったと……もし、デージーがおそばにいられたのなら、アシュリー様をお守りできたのではないかと……!!」
何度も涙を拭いながら、デージーは後悔の思いを吐きだした。
『……あなたにそんな思いをさせて、本当に申し訳ないわ。それに、あなたのキレイな手まで汚させて……』
「そんなこと、いいのです! デージーは……デージーは……!!」
嗚咽するデージーに近寄ったアシュリーが、そっとその小さな体を抱きしめる。
『本当にごめんね。長く寂しい思いをさせて。でも、これからはずっと一緒にいられるわ』
「ほ、本当なのですか? もう、デージーを置いて行ったりしないですか?」
『うん。やっと、あの月の下でかわした約束を守れるわ。これからは、絶対に離れないからね』
涙を流しながらも、デージーは笑顔で何度も頷いた。
『さあ、行きましょう。ネメシアやダリアたちもいるわよ。また、みんなで楽しく暮らしましょ』
「はいなのです!」
アシュリーの背後が白く輝き始める。アシュリーがそっとデージーの手を握った。そして、二人は寄り添ったまま、光のなかへと消えていった。
――十分後。
紅茶を運んできた侍女のパンジーは、デージーが床に倒れているのを発見する。慌てて抱き起こすも、すでにデージーは亡くなっていた。
だが、不思議とパンジーは悲壮な思いを抱かなかった。なぜなら、亡くなったデージーの顔は、とても幸せそうだったから。
「デージー様……! やっと、願いが叶ったのですね……」
パンジーが、窓際に設置されたキャビネットへ目を向ける。その上に飾られている、額縁に入った一枚の写真。
それはあの日、『緋色の旅団』の拠点でアシュリーと一緒に撮影してもらったもの。写真のなかのデージーは、幸せそうな笑みを浮かべていた。遠くへ旅立ってしまった、今の彼女と同じように。
完
連鎖 ~月下の約束~ 瀧川 蓮 @ren_takigawa
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