第46話 連鎖
天帝、サイネリア・ルル・バジリスタの死は、長老衆をはじめとした国の中枢に衝撃を与えた。バジリスタの象徴であり、絶対的な権力者であった天帝が暗殺されたのであるから当然である。
が、それ以上の衝撃だったのが、ステラから報告された内容だ。
ハイエルフと信じていた天帝が、実はただのエルフだった。この事実に、長老衆たちは打ちのめされた。真実を知らされた長老衆たちだったが、議論の結果それは公表しないことに。間違いなく国中がパニックに陥るからだ。
それどころか、長老衆はサイネリアの死すらも隠した。これまで、バジリスタが他国に侵略されなかったのは、ハイエルフである天帝の威光があったからだ。
もし、天帝の死が他国に知られると、まず間違いなく戦争が発生する。
長老衆はサイネリアの遺体を秘密裏に埋葬し、生きているように偽装した。他国から使者がやってきたときも、病気を理由に長老衆が代理として対応した。
しばらくは天帝の死を隠し、国力を高めたうえで新たな統治者を選定する。それが長老衆たちの出した結論だ。
そんななか、一人の男が台頭し始める。あの日、バジリスタ城に現れ、アシュリーとネメシアを殺害したサフィニアだ。
アシュリーが
自分をこんな目に遭わせた連中に復讐するためである。アストランティアの近くで、どのようにして入ろうかと頭を捻っていたところ、『緋色の旅団』による爆破騒ぎが起きた。
その混乱に乗じて、サフィニアはアストランティアへ入りこんだのである。そして、街なかで慌ただしくしている治安維持機関、実働部隊員のなかに、旧知の者を見つけたサフィニアは、何が起きているのかを知った。
即座にアシュリーの狙いを理解したサフィニアは、彼女が天帝を殺害したあと逃走を図るのなら、間違いなく地下の避難通路だと確信した。
バジリスタ城の設計に携わった父から、玉座のそばに地下へ通じる階段があり、通路が街のどこにつながっているのかもサフィニアは聞いていたのである。
そこで、サフィニアは街なかにある地下避難通路の出口から侵入し、アシュリーが逃げてくるのを待っていたのだ。そして、思惑どおりにアシュリーを殺害し、その場にいたネメシアも手にかけた。
サフィニアは、天帝暗殺の首謀者はネメシアとアシュリーであると長老衆に主張した。自分はネメシアとアシュリーが以前からつながっていると確信し、尻尾を出すのをずっと待っていた。
そしてあの日、天帝の暗殺に及んだ二人を自らの手で殺害したと、長老衆に熱弁したのである。
彼の主張を後押ししたのはステラだ。目覚めたとき、そばにはサフィニアが倒れており、地下へ続く階段の入り口そばでは、ネメシアがアシュリーの遺体を抱いたまま亡くなっていた。
自身も、背後からネメシアに殴られ意識を失っている。それらをすべて踏まえて考えると、サフィニアが言っていることがウソではないと思えたのだ。
こうした経緯があり、サフィニアは治安維持機関に復帰した。しかも、長官として。それどころか、長老衆からその功績を認められ、いずれは国を運営するポストに就けるとまで約束してもらった。
なお、天帝の死は徹底的に隠蔽されたが、サフィニアが天帝を狙った暗殺者を返り討ちにしたことは大々的に公表された。というより、サフィニアが自ら触れまわったため、国として公式に認めざるを得なくなったのである。
怒り狂ったのが『緋色の旅団』幹部であり、アシュリーと親友だったダリア、ジュリアの二名だ。親友の仇を討たんと、ダリアとジュリアはサフィニアの暗殺を計画する。
が、さすがにサフィニアもそれは予測していたらしく、外を出歩くことがめっきりと減った。外出時にも、大勢の護衛を連れていたため、ダリアとジュリアは一向に手を出せなかった。
そうこうしているうちに、サフィニアが指揮をとる治安維持機関によって拠点が襲撃されそうになり、後ろ髪を引かれつつもダリアとジュリア、ストックら幹部陣は一時アストランティアを離れることになった。
――長老衆たちと一緒に円卓を囲んでいたサフィニアは、浮かべている笑みとは裏腹に、心のなかでは長老衆たちに罵詈雑言を浴びせていた。
まったく、このバカどもときたら。さっきから何度同じ話をしてやがるんだ。さっさと俺の言ったとおりに行動すりゃいいものを。無能どもと話すのは本当に疲れるぜ。
今は、新たな国づくりに向けての会議中だ。天帝の崩御を伝えるタイミングや新たな統治者の選定、国としての体制づくりなどやるべきことは山のようにある。
「ふむ……やはり、サフィニア長官の案がもっとも現実的なようですな」
長老衆の一人が円卓に座る一人ひとりへ視線を巡らせる。
「そうですな。ではその方向で進めましょう」
ひとまず方向性は決まり、会議は終わった。胸のなかで毒づきながら、サフィニアが席を立つ。と、そこへ長老衆の一人、ロベリアが近寄ってきた。
「長官、お疲れさん。治安維持機関の長官も務めながら、我々の会議にも参加するのは大変だろう?」
「いえいえ。私はこの国をもっとよくしたいと考えていますから。何てことはないですよ」
「そうか。思えば、君には酷いことをした。あのときは本当に申し訳なかった」
軽く頭を下げるロベリアに、サフィニアが「頭をあげてください」と優しい声で諭す。もちろん、本心は別だ。
「ああ、それと。うちの娘との婚約の件なんだが、もう話は進めてもいいね?」
「ええ、もちろんです。カスミさんは素晴らしい女性ですから」
「うむ。君の功績によって、ドワーフの地位もかなり向上した。私の娘だけでなく、君と結婚したいと望む女性は大勢いるみたいだぞ」
「ありがたいことです。でも、私はカスミさんを一番大切にしますよ」
にこりと笑みを貼りつけたサフィニアに満足した様子のロベリアは、愉快そうに笑いながらその場をあとにした。
治安維持機関の長官として復帰し、国の運営に携わる側に入りこみ、権力者の娘を嫁としてもらう。何もかもが自分の思いどおりだ。サフィニアは大声で笑いたい衝動に駆られた。
最高だ。本当に最高だ。それ以外に言葉が見つからない。この俺様をバカにしやがったネメシアやアシュリーも死んだ。今まで以上に大きな権力を手にし、『緋色の旅団』もほぼ壊滅状態。もう、誰も俺の邪魔をする者はいない。
心のなかで笑いが止まらないサフィニアは、治安維持機関の拠点へと戻るべく、軽い足取りのまま護衛たちが待つ部屋へと向かった。
――治安維持機関の拠点に戻ったサフィニアを、正面玄関で出迎えたのは秘書のイベリス。若い女エルフだ。もともとただの一職員だったが、以前からその美しさに惹かれていたサフィニアが治安維持機関に復帰し、長官へと昇格したタイミングで秘書に取り立てたのである。
「おかえりなさいませ、サフィニア長官」
「ああ。長官室に行くからついてこい」
表情を変えることなく静かに頷いたイベリスが、のしのしと歩くサフィニアの後ろについていく。長官室に入り、扉に鍵をかけたサフィニアは、イベリスを抱き寄せるとそのぷっくりとした唇に吸いついた。
「ん……んん……!」
舌を絡めながら、ささやかに膨らむ胸をゴツゴツとした手でまさぐる。
「ふぅ~……やっぱりいい女だな、お前は」
唇を離し、ニヤニヤとした顔でイベリスの顔を見やる。今や時の権力者となったサフィニアによって、彼女は半強制的な形で愛人にされていた。
「ち、長官……やっぱり、こんなこと……」
「ああん? イヤだってのか?」
「だ、だって……長官、長老衆の娘さんと婚約するって……」
イベリスの言葉を聞いたサフィニアが、「ちっ」と舌打ちをする。
「別に関係ないだろう、そんなこと。俺には金も権力もある。お前にも少なくない金をあげているし、何も問題はないじゃないか」
「でも……」
表情を曇らせるイベリスに、サフィニアの苛立ちが募る。
「ちっ……イライラさせるような顔をするな。俺はちょっと押収品倉庫に行ってくるから、鍵をしめて服を脱いでおけ。戻ったらすぐにヤるからな」
俯いたままのイベリスを放置し、サフィニアは部屋をあとにした。のしのしと通路を真っすぐに進み、目的の部屋に入る。ここへやってきたのは、押収品のなかから酒をくすねるためだ。
サフィニアは、副長官時代からよくここへ訪れては、押収した酒や金品を着服していた。
まったく、あの女は……せっかく愛人にまでしてやったというのに、辛気臭い顔しやがって。いったい何が不満だってんだ。俺はこれから、国の中心になる男だぞ? そんな男に抱いてもらえるんだから、もっと喜びやがれ。
いくつもある棚に視線を這わせつつ、よさげな酒を探す。
お、これはたしか以前飲んだな。なかなか酒精が強く喉越しがよかったのを覚えている。イベリスにも飲ませてみるか。意外と、酒が入ったら淫乱になるかもしれないしな。
と、そんな下衆なことを考えつつ酒を物色していた刹那――
「……っ! はぇ……?」
突然、腹に焼けるような痛みが走り、サフィニアの口から間抜けな声が漏れた。じくじくとした腹部の痛みと、全身を駆け巡る悪寒。サフィニアは、恐る恐る視線を下げた。
「あ……ああああ……!! がふぅっ……!」
目に飛びこんできたのは、自分の腹からにょきっと生えた一本の腕。血まみれになった腕がゆっくりと引き抜かれていく。足に力が入らなくなり、サフィニアはそのまま床へ仰向けに倒れ込んだ。
「い、痛ぇ……! 痛ぇよ……ど、どうじでごんな……!」
腹を押さえて悶えるサフィニアのすぐそばに誰かが立った。人形に使われているガラス玉のような瞳で、痛みに悶えるサフィニアを見下ろす少女。サフィニアは、その少女をよく知っていた。
「お、お前……デ、デージー……!」
「……アシュリー様の仇なのです」
怨嗟が込められた、冷たい声がサフィニアの耳にへばりつく。そこに、いつも弾けるような笑顔を見せていた美少女の姿はなかった。デージーがゆっくりと片膝をあげ、勢いよくサフィニアの股間を蹴りつける。
「ぐぼぇっ!!!!」
「よくもアシュリー様を。よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも」
「ぎゃっ! がぁっ! や、やめ! やめで!! あがっ!! ぎっ!!」
執拗に何度も何度もサフィニアの股間を踵で踏みつけるデージー。またたく間に、サフィニアの股間はずくずくになった。
「も、もう……やめ……ゆ、ゆるじで……おねが……ゆるじで……ぐだざ……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でサフィニアが懇願する。が、デージーの顔色はいっさい変わらない。デージーがサフィニアの頭のほうへツカツカと移動し、再びその顔を見おろした。
「……アシュリー様は、家族の仇をとれたのですか?」
「あ、ああ……! でんでいは……アシュリーがごろじだ……!」
「……そうですか」
「おねが……ゆ、ゆるじ……がっ!!」
再び、膝をゆっくりとあげたデージーは、力いっぱいサフィニアの顔を踏みつけた。バキッ、と鈍い音が響く。頭蓋骨が割れた音だ。
もの言わぬ肉塊となったサフィニアを、冷たいガラス玉のような瞳で見つめたデージーは、そっと天井を仰ぐと小さく息を吐いた。
「アシュリー様……」
呟くようにアシュリーの名前を呼んだデージーは、腕に付着した血を拭うと、何ごともなかったかのように押収品倉庫をあとにし、そのまま治安維持機関の拠点を立ち去った。
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