第35話 家族
「どういうこと!?」
悲痛な表情を浮かべたアシュリーが絶叫する。彼女がここまで取り乱す様子を、ストックもガーベラたちも見たことはなかった。
「た、多分ですが、花火の音に驚いたのではないかと」
「花火の音に……?」
「は、はい。デージーは作戦のことを何も聞かされていません。それに、今日のデージーはいつも以上に団長のことを心配していました。突然外から大きな音が聞こえてきて、団長に何かあったのではと心配になりいても立ってもいられなくなったんじゃ――」
ストックの言葉をすべて聞き終える前に、アシュリーは弾けるように部屋を飛びだした。
「団長!」
「アシュリー!」
慌てた様子でダリアがアシュリーのあとを追う。アシュリーの美しい顔立ちと白い髪は良くも悪くも目立つ。
しかも、似顔絵が手配書として出まわっているうえに、今はあちこちに
だが、それはアシュリーも重々理解していた。自分のしている行動が、自身ばかりか組織をも危険に晒す行為であることを。
それでも、彼女はそうせざるを得なかった。デージーは、アシュリーにとって何者にも代えがたい存在なのだ。
通りに飛びだしたアシュリーは、フードで髪と顔を隠すと全力で駆けだした。
デージー……! お願い、無事でいて……!
人目を避けるため、裏路地を使って遠まわりしながら帰ってきたのがいけなかった。あのときは、あれが最善の行動だと確信していたものの、アシュリーは自分の読みの甘さに思わず唇を噛みしめた。
『緋色の旅団』に属する個々のメンバーについて、治安維持機関が詳細な情報を取得しているとは思えない。テロ行為に参加させていないデージーならなおさらだ。
でも、ネメシアはデージーを知っている。私とデージーの関係性も。もし、デージーがネメシアに見つかったら……!
イヤよ、デージー……! あなたまで、私を一人にしないで……! デージー……!
血が滲むほど唇を強く噛みしめたまま、アシュリーはアストランティアの大通りを風のように駆け抜けた。
――アシュリーが拠点へ戻る少し前。
ハルジオン邸の周辺には大勢の野次馬が群がっていた。昔からある、古臭い建築様式の屋敷に禁軍の司令官が住んでいたというだけでも話題性は十分だったのに、その司令官が白昼堂々と暗殺されたのだ。
ここしばらく、面白いイベントが何もなかったアストランティアの住人たちは、突如起こったレアなイベントを楽しむかのように、ハルジオン邸の周辺へ集結し噂話に華を咲かせていた。
「はぁ……まったく、気楽なものだ」
遠巻きにハルジオン邸を眺める住人たちを見やったネメシアは、露骨に顔をしかめた。
「本当ですね。それに、このままでは司令官の遺体も運びだせない。長官、何とかして野次馬たちを排除できませんか?」
不愉快な感情を隠しもせずステラが言う。
「離れた場所で警備していた実働部隊もこちらへ集まってきています。私が指揮をとって野次馬を解散させましょう」
ネメシアは近くにいた実働部隊の隊長を呼び寄せ、野次馬の排除にかかることを伝えると、再び群がっている住人たちへ視線を這わせた。
顔を寄せあってヒソヒソと話をする者。うっすらと笑みを浮かべている者。興奮した様子で何があったかを周りに説明している者。
国の要職に就いている者が亡くなったというのに、呑気なことだ――
ネメシアは深くため息をつくと、自身も実働部隊を手伝うべく、野次馬たちのほうへ向かって歩きだした。と、そのとき――
「……ん?」
群がってこちらを窺う野次馬たちから少し離れた場所。通りの歩道に植樹された木の陰から、そっとこちらを見ている一人の少女をネメシアの目が捉えた。
夕焼けのような、燃えるような紅い髪。幼い顔立ちなのに、思わず見惚れてしまいそうな美貌。それは、ネメシアがよく知る者だった。
「デ、デージー……!?」
間違いない、デージーだ。行き倒れていたところをアシュリーに拾われ、一緒に暮らし始めたオーガの少女。なぜ、デージーがここに……?
アシュリーは、生まれ故郷へ帰るときデージーも連れて行くと言っていた。つまり、アシュリーがテロリストになったあとも、デージーは彼女と一緒に行動していたと考えられる。
それでも、なぜここにいるのかはよくわからないが……。
気づいたら、ネメシアはデージーのいるほうへ足を向けていた。ネメシアが視界に入っていなかったデージーも、近づいてくる屈強なドワーフに気づき目を見開く。彼女はネメシアを見て固まっているように見えた。
どうする……? デージーはおそらくアシュリーの一味だ。ここで確保すれば、『緋色の旅団』に関する有力な情報が手に入る可能性がある。だが……。
学生時代、アシュリーとデージーが幸せそうに笑いあっていた光景が、ネメシアの脳裏へ鮮明に蘇る。間違いなく、アシュリーはデージーを自分の家族同然に接していた。
そして、それはおそらく、本当の家族を失ってからも。
「ネメシア長官。いかがなさいました?」
背後から実働部隊の隊長に声をかけられ、ネメシアの肩がビクンと跳ねた。頬を冷たい雫が流れ落ちていく。
「……何でもない。こっちはいいから、あっちの野次馬を解散させろ」
ネメシアが肩越しに背後を見つつ指示を出す。再び前方へ向き直ったネメシアは、いまだ固まったままこちらをじっと見つめているデージーに、「早く行け」と目で合図した。
それに気づいたかどうかはわからないが、デージーはハッとしたように踵を返すと、すぐさまその場から走り去った。
――いなくなったデージーを探し求めて、アシュリーはアストランティアの通りを駆けていた。とにかくデージーを見つける。今、彼女の頭のなかにはそれしかなかった。が。
突然、背後から肩をつかまれたアシュリーは、弾けるように後ろを振り返る。肩に手をかけたのはダリアだった。おそらく、拠点から全力疾走してきたのだろう。その小さな肩が激しく上下していた。
「はぁ、はぁ……ち、ちょっと、落ち着きなよ……」
「落ち着いていられるわけ――」
「しーーーー!!」
ダリアが口もとに指を立てる。こんなところで騒げば、それこそ人々の注目を集めてしまう。
「アシュリー、これ以上行くとハルジオン邸に近づきすぎる。さすがにマズイよ」
「わかってるわよ! でも、デージーを見つけなきゃ!」
顔を寄せあい小声でやり取りする二人。アシュリーの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「わかってる。でも、アシュリーは目立ちすぎるんだって。だから、デージーは私が一人で探しに行くから」
「イヤよ! 私も行くわ!」
「わがまま言うなって! アシュリーが捕まったら、それこそ天帝に復讐なんてできなくなるぞ!? 家族の仇を討つんじゃなかったのかよ!?」
「デージーも私の家族なのよ!」
堪えきれなくなったのか、アシュリーの瞳からボロボロと涙がこぼれ始める。ダリアは思わず歯ぎしりした。
アシュリーの親友として、彼女の頑固さはよく理解している。それに、デージーを思う気持ちも。いったいどうするべきか。必死に頭を回転させていたところ――
「ん……? あ、あれ? ね、ねえ、アシュリー、アレ!」
通りの向かいからこちらへ駆けてくる一人の少女を見つけ、ダリアが思わず声をあげる。遠くからでもはっきりとわかる、夕焼けのような真っ赤な髪。デージーだ。
「デージー!!」
アシュリーはおもむろに駆けだすと、胸に思いきり飛びこんできたデージーを力いっぱい抱きとめた。
「アシュリー様あああああっ!!」
「デージー! 無事だったのね……! よかった……本当に、よかった……!」
デージーのぬくもりを確かめるように、強く抱きしめる。エルフとオーガ、二人の美少女が泣きながら抱きしめあう姿はあまりにも目立ちすぎるため、ダリアは二人を促し早々にその場を立ち去った。
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