第34話 あの子はどこに

「な、何だ!? 何が起こった!?」


突然、耳をつんざくような炸裂音が響きわたり、ハルジオンは弾けるようにソファから立ちあがった。急ぎ窓を開け、テラスに飛び出す。


「な……何なんだ、アレは……!?」


次々と空に咲く大輪の花。美しく、幻想的な景色に見えるが、正体不明の出来事にハルジオンは恐怖と脅威を感じた。テラスで呆然と佇むハルジオンの視界に、奇妙なものが映りこむ。


「……ん?」


ハルジオンの視界が捉えたのは、中央博物館の外に張り巡らされている足場の上から、こちらを見ている二名のエルフ。そのうちの一名は、こちらに向かって何かをかまえているように見えた。と、次の瞬間――


「があぁっ!!!」


腹に焼けるような痛みを感じ、ハルジオンは恐る恐る視線を落とした。腹には、一本の矢が突き刺さっていた。


「バ……バカな……! あ、あそ、こから……矢を放った、だと……!?」


信じられないのも無理はない。ハルジオン邸と中央博物館までは二百メートル以上離れているのだ。山育ちで目がよく、なおかつ弓が得意だったアシュリーの技術に加え、魔鉱石によって飛距離を飛躍的に伸ばした矢があってこそのことだ。


「く、くそ……テロリストども……許さ――!」


再び顔をあげた瞬間、ハルジオンの眉間を二の矢が貫いた。刹那、頭のなかで火花が激しく散り、そのままハルジオンの視界は真っ黒に染まった。



――治安維持機関の拠点に駆けこんできた職員からの一報を聞いたネメシアとステラは、とてもではないが信じられない思いだった。


「バ、バカな……! 矢で射られた、だと……!?」


「そ、それで、ハルジオン様の容態は!?」


鬼のような形相をしたステラが、オロオロとする職員へ詰め寄る。


「そ、それが……腹と眉間に矢を受けて……即死したとのことです……!」


ネメシアとステラが愕然とした表情を浮かべる。よほど悔しかったのか、ステラは「くそっ!」と叫ぶと、壁を拳で思いきり殴りつけた。


「ステラ殿、とりあえず私たちも現場へ!」


「そ、そうですね……!」


ネメシアの言葉に、いまだ悔しさに顔を歪めていたステラがハッとしたように頷く。二人は弾けるように長官室を飛びだすと、ハルジオン邸へ向かうべく廊下を全力疾走し始めた。


ネメシアとステラがハルジオン邸に着くと、予想通りというか、現場は大混乱に陥っていた。治安維持機関の実働部隊を率いる隊長でさえも、何をしてよいのかわからずオロオロしている状態だ。


「グラン! 状況を説明しろ!」


右往左往している実働部隊の隊長を見つけたネメシアがそばへ駆け寄る。


「あ、長官! そ、それが……突然、もの凄い音がしたと思ったら、空に花が咲き始めて……!」


「は、花……? いったい、何のことだ……?」


ネメシアが戸惑うのも無理はない。一緒に話を聞いていたステラも顔をしかめている。


「よ、よくわかりませんが、空に打ち上げた火薬を爆発させているような……」


ネメシアがハッとする。拠点にいたとき、くぐもったような大きな音を聞いたような気がしたからだ。


「そ……それで?」


「ええと……庭で魔法障壁マジックバリアを張っていた隊員から、テラスのほうで小さくうめくような声が聞こえたと。それで、念のために屋敷の執事に確認してもらったところ、テラスで倒れているハルジオン様を……」


一通り話を聞き終えたネメシアは、ステラを伴いハルジオン邸のなかへ踏み込んだ。メイドの案内で、二階のテラスへと通してもらう。


テラスには、仰向けに倒れたままの亡骸があり、そのすぐそばで執事がうなだれていた。ネメシアとステラがそばへ行き、しゃがみこんで遺体を確認する。


「ハルジオン司令官……!」


「ハルジオン様……」


守り切れなかったことを悔やみ、ネメシアとステラが奥歯を強く噛みしめる。


「腹と眉間に一発ずつ……致命傷となったのは眉間の矢ですね」


「そう、ですな。しかし、いったいどこから……」


呟くネメシアの横で、スッと立ちあがったステラが周りを見渡す。そして、ハッとした表情を浮かべた。


「おそらく……あそこでしょう」


ステラが指さしたのは、半壊したバジリスタ中央博物館。


「今、中央博物館は修復のため、建物の周りに足場が組まれています。テロリストは、その足場から矢を放ったのでしょう」


「そ、そんな……! あそこからハルジオン司令官を狙い、仕留めたというのですか!?」


愕然としたネメシアだが、ハッとあることを思いだした。学生時代、アシュリーが「弓だけは得意」と口にしていたことだ。


「長官。あなたの旧友であり、『緋色の旅団』団長であるアシュリー・クライスは、ハルジオン様を心の底から憎んでいたはず。そのような相手に対し、自ら手を下さないとは考えられません。つまり、これはアシュリー・クライスによる犯行です」


「……! そう、でしょうな。アシュリーは、魔法こそほとんど使えないが、弓の腕にだけは自信があると言っていましたから……」


唇を噛んで顔を伏せるネメシア。その視界に、折れた矢が映りこんだ。おそらく、ハルジオンの腹を貫いた矢だ。ハルジオンが後方へ倒れたときに折れたのだろう。


「む……これは……!」


「どうしました、長官?」


「これを、見てください」


折れた矢の残骸を拾ったネメシアは、それをステラに見せた。


「こ、これは……! まさか、魔鉱石……?」


「ええ。矢じりに魔鉱石を使用しています。魔鉱石に風系魔法の効果を付与することで、飛距離を大幅に伸ばしたのかもしれません」


「たしかに、それならあそこからハルジオン様を射抜けたことも理解できます」


黒々とした矢じりを見つめたまま、ステラが静かに頷く。テロリストが魔鉱石を保有しているなどあり得ないと思っていたステラだが、考えを改めざるを得なくなり、思わず天を仰いだ。



――見事にハルジオンを射殺したアシュリーは、ダリアを伴い首都の路地裏を足早に歩いていた。


「うまくいったね、アシュリー」


「ええ。村を襲撃した張本人は消した。あとは……天帝サイネリアただ一人よ」


博物館から首都の地下拠点までは徒歩十分程度だが、二人は人目を避けるため敢えて遠回りをしていた。ジメジメとした細い路地裏を、二人で縫うように歩いていく。


「禁軍のトップを暗殺されて、天帝は怒り狂うかな?」


「さあ、どうでしょうね。あの女にとって、あらゆることはどうでもいいことのような気がするわ」


そう、あの女は国民からちやほやされながら、毎日ぜいを尽くした生活を送ることにしか興味がない。ただ一つ、あの女が気にするとすれば、自分の秘密に関することだろう。


何せ、を知られたら、間違いなくバジリスタ国民からの支持は失われ、玉座から引きずりおろされる可能性もあるのだ。それは、あの女にとって一番避けたい未来のはず。


「ネメシアたちはどう出るかな?」


「ハルジオンを射殺したのが私だと、ステラは気づいていると思う。でも、首都への出入口には私たちの似顔絵つきの手配書が出まわっていて、以前より格段に出入りは厳しくなってる。それなのに、なぜ私が首都に入れたのか、とステラは考えるでしょうね」


「ふむふむ」


「だから、私たちがどうやって首都に入りこんだのかを調べ始めるんじゃないかな」


「なるほどー。ステラは気づくかな?」


「気づくとしたらネメシアでしょうね。ほら、。ネメシアもそばにいたでしょう?」


「あ、たしかに」


ふむふむ、と頷くダリアと並んで歩くアシュリーが、にんまりと唇をしならせる。そうこうしているうちに、新たな地下拠点の近くまで戻ってきた。二人はあたりを警戒しつつ建物のなかへ入ると、地下へ続く階段を静かに降りていった。


「……ん? ねぇ、アシュリー。何か騒がしくない?」


「ほんとだ……何かあったのかな?」


互いに顔を見あわせてから、アシュリーは扉を開きなかへ入った。


「ただいま。何かあった?」


「あ、団長! それが……!」


真っ青な顔をしたザクロが俯いて唇を噛む。ガーベラやジュリアも、同じく顔を青くして困惑の表情を浮かべている。何やら、とてつもなくイヤな予感がして、アシュリーは心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。


「何があったの……!?」


「デ、デージーが……いなくなりました……!」


絞りだすようなザクロの言葉を聞き、アシュリーの頭は真っ白になった。

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