第23話 共闘
ゴブリンみたい──
膝を突き合わせている交渉相手の顔を見て、アシュリーは率直にそう思った。低い身長に禿げあがった大きな頭。じっとりと舐めるようなイヤらしい目つき。
昔、故郷の森で遭遇したゴブリンに似ている。女と見るやすぐに股間を膨らませる不快な種族。
「あ、あの……何かお気に触りましたか……?」
アシュリーの眉間に深いシワが刻まれたのを見て、向かいに座る男が恐る恐る口を開いた。男の背後には、護衛らしい屈強な男が二人立っている。
「……いえ、ごめんなさい。で、何だったっけ?」
「共闘の話です。我々の組織、『彼方からの牙』と『緋色の旅団』が手を組めば、天帝を引きずりおろしこの国を手中に収めるのも不可能ではない」
目の前にいるのは、新興テロ組織『彼方からの牙』を率いるリーダーで、名はカタバミというらしい。顔つきや雰囲気がゴブリンに似ているが、これでも人間である。
「悪いんだけど……私たちはどこの組織とも共闘はしないことにしているの」
「何故ですか? あなた方も天帝を倒すことを目的としているはず。それなら、同じ目的をもつ組織同士、手を組んだほうが成就は早い」
思いきりため息をつきたくなったアシュリーは、バレないようにこっそりと長く息を吐いた。目の前の人間は、共闘による良い面しか見えていないようだ。はっきり言って頭が悪い。
共闘となれば双方の連携は不可欠だ。そのためには密な連絡が必要だが、過度な接触は
しかも、連携が失敗に終わったときは、高い確率でミスのなすりつけあいになる。その結果、内部での争いが増え共闘どころではなくなるだろう。
こんなこと、少し頭を回せば誰でもわかることだ。理想に燃えるのはいいが、そればかり先走りすぎて現実を見ようとしない相手と手など結べない。
「説明すると長くなるわ。とにかく――」
アシュリーの言葉を遮るように、部屋の扉をコンコンとノックする音が室内に響く。
「アシュリー様。紅茶のおかわりを持ってきましたなのです」
ティーポットを片手に部屋へ入ってきたのは、燃えるような赤い髪が印象的なオーガの美少女、デージー。
「あら、ありがと。いただくわ」
「はいなのです!」
にっこりと笑みを浮かべたデージーが、カタバミとアシュリーそれぞれのカップに紅茶を注ぐ。デージーの息を呑むような美しさに、カタバミと護衛の男たち全員が鼻の下を伸ばしていた。
「それでは、失礼しますなのです!」
元気にぺこりと頭を下げたデージーが部屋を出てゆく。名残惜しそうにデージーを見送る男たち。
「……ちょっと。あの子に色目を使ったら、冗談抜きで殺すわよ?」
「は! す、すみません!」
アシュリーに鋭い視線を向けられ、たちまち萎縮するカタバミたち一行。結局、共闘の話はまとまることなく、三十分もしないうちにカタバミたちは席を立つことに。
口惜しそうな表情を浮かべたまま、きょろきょろと周りを確認しつつ拠点をあとにする一行。
その様子を、少し離れた建物の陰から一人の男がじっと見つめていたことなど気づくはずもなかった。
「よかったんですか?」
「ん? 何が?」
カタバミたちが帰ったあと、ストックから質問されたアシュリーは、何のことかわからず首を傾げた。
「共闘の件ですよ。『彼方からの牙』は、最近かなり勢いがある組織です。共闘はうちにとっても利点があったんじゃないかなって」
「そうね、たしかに共闘には利点も多い。でも、同じくらいリスクもあるわ」
「へえ……まあ、団長がそう言うならそうなんでしょうね」
「それに、うちも完全に一枚岩とは言えないわ。不安要素は排除したけど、なかには私を恨んでいる者がいるかもしれない。そんな状態で共闘はちょっとね」
「はあ……何言ってるんですか。あの団長から解放されて、みんな喜んでいますよ。恨むなんてとんでもない話です」
「そう……なのかしら?」
「ええ。前団長は構成員を引っ張る力も決断力もなく、しかも頭が悪かった。口を開けば朝令暮改、私たちは散々振り回されていたんです。団長が彼を殺さなくても、いつか誰かがやっていましたよ、きっと」
「なるほど……ね」
ストックの言葉を聞き、苦笑いを浮かべるアシュリー。
「まあ、いずれにしても共闘することはなかったと思うわ」
「その心は?」
「デージーをエロい目で見るような奴らと手を組むなんてまっぴらごめんよ」
「それはたしかにムカつきます。うわ、今からあいつら追いかけてぶっ殺したくなってきた」
アシュリーの口から吐かれた嫌悪感まみれの言葉を聞き、ストックの眉間に大きなシワがいくつも刻まれる。
「でしょ。実際に行動へ移す者が出てくるだろうから、この話は内緒ね」
デージーは『緋色の旅団』における絶対的アイドルである。美少女でかわいらしく、しかも料理まで美味しい彼女のことを、構成員の誰もが大切に考えているのだ。
共闘を申し出てきた組織のトップが、大切なアイドルにイヤらしい目を向けたと知ったら、何名の構成員が刺客に走るのか想像もつかない。
「それがいいですね。あ、団長。今日はこのあと首都へ出かけるんでしたっけ?」
「ええ。ダリアを連れていくつもり」
「首都へは何をしに?」
「ふふ。旧友に会いに……ね」
わずかに口角をあげたアシュリーを見て、ストックが首を捻る。
「あ、そうだ。ストック、ちょっといいかしら?」
「どうしました?」
「うん、あのね……」
耳元に顔を近づけ、そっと何かを耳打ちしたアシュリー。それを聞いたストックの目が一瞬見開かれ、次の瞬間ぎらりと光を帯びた。
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