第22話 悪夢
久しぶりすぎる家族との再会に、とにかく胸が躍った。バジリスタ学園の卒業式を終えた翌日、私とデージーはリエッティ村へと足を向けた。
三年間の学園生活。父や母、弟、村のみんなへの土産話はこれでもかというほどある。私は、頭のなかでどれから話してあげようかなと考えながら、生まれ故郷への帰路を急いだ。が。
その光景を初めて目にしたとき、私は夢のなかにいるのではないかと思った。間違いなくそこに存在していたはずの生まれ故郷が、影も形もなくなっていたのだから当然である。
意味がわからなかった。どれくらい呆然と佇んでいただろうか。突然、話し声らしきものが風に乗って耳の奥へ届いた。私はデージーの手を引き、急いでそこへ向かった。
村のはずれ、山の麓には数名のエルフやドワーフ、人間がいた。全員が何やら作業着のようなものを着用している。どうやら、山で何かの作業をしていたらしい。
「あ、あの。こ、ここに村はありませんでしたか? リエッティ村というのですが……」
私は震える声で何とか言葉を紡いだ。怖い。私の恐怖が伝わったのか、デージーが力強く手を握り返してくれた。
「村? いや、俺たちが作業のためにここへ送られてきたときから、ここはこんな感じだったが……」
こんな感じ? リエッティ村が、こんな更地だったと言うの? 頭が混乱してどうにかなりそうだった。父や母、弟はいったいどこ? 村のみんなはどこに行ったの?
その日は湖のほとりで、デージーとくっつくようにして眠った。目を覚ましたら、見慣れたあの村が目の前に広がっているんじゃないか。そうだ、きっとそうに決まっている。
そんなささやかな希望は無惨に打ち砕かれたが、私はここで重要な情報を得た。その情報をもたらしてくれたのは、湖に古くから棲まうアプカルルだった。
アプカルルが言うには、何年か前に村の方角から激しい戦闘の様子が窺えたとのこと。そして、その日以来村人を誰一人として目にすることはなくなったのだとか。
また、村がこのようになる少し前、ハイエルフの旅人が村へ訪れていたことも知った。
もし、アプカルルが言ったことが本当なら、村は何者かに襲撃されたのかもしれない。まさかとは思うが、ハイエルフが? いや、ハイエルフがエルフの村など襲っても何のメリットもない。
私はその日から、長い時間を情報収集に費やした。定期的に村の上空を行き来している
判明したのは、何とも恐ろしく無慈悲な現実だった。鳥人族の一人は、上空を飛行中に村が襲撃されている様子を目にしたとのこと。
エルフたちも抵抗したようだが、所詮は多勢に無勢。またたく間にエルフたちは蹂躙され、村は焼き尽くされ、更地へと変えられた。そして、私を何より驚かせたのは、そのような無慈悲かつ残酷なことをしでかした者の正体だ。
「ウ、ウソよ……そんなこと、あるはずが……」
おそらく、私はこのようなことを口にした気がする。正直なところ、あまりよく覚えていないのだ。それほど強烈な衝撃を受けた。
鳥人族が見た襲撃者の正体は、天帝の禁軍だった。天帝を護衛するだけでなく、どんな無茶な命令でも顔色ひとつ変えずに遂行する軍隊。
鳥人族は、炎に呑み込まれる村のなかで、自己主張激しく
そして、天帝がそのような非道に手を染めた理由もわかった。山のふもとで見かけた男たちにしつこく食い下がったところ、山から魔鉱石の鉱脈が見つかったと聞かされた。
おそらくだが、魔鉱石の鉱脈が見つかったことで村は沸き立ったであろう。希少な魔鉱石が採掘できるとなれば、村は大きく発展する。
が、それを天帝が許さなかった、といったところだろうか。いや、天帝陛下ともあろう御方が、それくらいのことでこのような非道に手を染めるだろうか。
私はさらに情報収集を続け、リエッティ村が襲撃される前にたまたま来訪したというハイエルフにも会いに行った。ハイエルフの里は恐ろしく堅牢な結界で守られていたが、私がリエッティ村の名を出すと里のなかへ入れてもらえた。
実は、結界の外にいる私を見つけ、里へ入れてくれた者こそ、リエッティ村へ漂着したハイエルフだった。どうやら、彼を村へと誘ったのは私の弟らしい。ハイエルフは、あとからリエッティ村に起きたことも知ったようだ。
リエッティ村の悲劇には、自分にも少なからず責任があると感じていたのか、彼は弟たちへ伝えたことを私にも話してくれた。それは、驚くべき内容だった。もし、その事実がバジリスタに広がれば、天帝の権威は間違いなく地に墜ちる。それほど衝撃的な内容だったのである。
そして、私はリエッティ村が滅ぼされた理由を理解した。おそらく、弟や村の指導者たちは、天帝から魔鉱石を献上するように命令されたものの、それを断ったのだ。しかも、天帝に諦めさせるため、ハイエルフから教えてもらったとんでもない『秘密』を盾に。
だから、村ごと消された。わざわざ禁軍まで駆りだして、徹底的に村を蹂躙しつくした。そして、私の父や母、弟たちは虫けらのように殺されたというわけだ。
きっと怖かっただろう。悔しかっただろう。苦しかっただろう。いったい、どんな思いを抱いたまま逝ってしまったのか。最後にどのような景色を見たのだろうか。
突然、暗闇のなかに父や母、弟が現れた。でも、なぜかこっちを向いてくれない。
おーい! 父さん、母さん! クローバー! 私だよ! ねえったら! どうしてこっちを向いてくれないの?
ねえ、どこへ行くの!? 待って……待ってよ……! イヤ……イヤだよ……離れていかないで! 待って……!
「……待ってよ!!」
目尻から頬を熱い雫が伝う。視界に飛び込んできたのは、白い天井と心配そうなデージーの顔。
「アシュリー様!! 大丈夫なのですか!?」
ベッドの上で両膝をついたデージーは、泣きそうな表情を浮かべたままアシュリーの顔を覗き込んでいた。
「あ……夢……?」
「アシュリー様、かなりうなされていたのです……また、あの夢を見ていたようなのです……」
ああ。いったい何度めだろう。ここ数年同じ夢ばかり。アシュリーはベッドの上で半身を起こすと、乱暴に頭をかきむしった。
「ごめんね、デージー。起こしちゃったよね」
「……私のことなどどうでもいいのです~……それよりアシュリー様が心配なのです~……」
シクシクと泣きながらアシュリーに抱きつくデージー。天帝への復讐を果たすと心に決めたあの日から、デージーはずっとアシュリーのそばにつき従っていた。
彼女を危険に晒したくなかったアシュリーは、何度もデージーを安全な場所に預けたかったのだが、当の本人がそれを頑なに拒否した。
『緋色の旅団』の前団長を殺害し、組織を丸ごと手に入れたとき、アシュリーは今度こそデージーと離れる覚悟をしたのだが、案の定それも拒否された。
今では、すっかり組織の食事係である。もちろん、戦闘やテロ行為などへはいっさい関わらせていない。そこだけは譲れないのだ。彼女の純真無垢できれいな手だけは絶対に汚させない。
アシュリーは、隣でシクシクと泣き続けるデージーの頭をそっと抱き寄せた。今まで、いったい何度この子に救われてきただろうか。やわらかな髪をそっと撫でて、額に軽く口づけをする。
「泣かないで、デージー。私はもう大丈夫よ。さあ、もう一度寝ましょ」
「はい……なのです……」
一緒に毛布のなかへ潜り込み、再び目を閉じるアシュリー。先ほどまで夢に見ていた、父や母、弟の幻影が再度蘇ってきそうだった。
ごめんね、みんな。まだそっちには行けないわ。なぜなら、私にはやるべきことがあるから。
天帝、サイネリア・ルル・バジリスタを必ずこの手で誅殺する。
そのためには、私の命だって惜しくはない。待っていろ、天帝。家族と同胞の憎き仇。たとえ四肢をもがれようと、その首を必ず噛みちぎってやる。
胸のなかで呪詛のように繰り返しながら、アシュリーは再び眠りについた。
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