第21話 魔道具

バジリスタの首都、アストランティアから約十キロほど離れた場所に位置する規模の小さな町の跡。『緋色の旅団』の拠点はそこにあった。ここにはもともと人間たちが暮らしていたものの、幾度も水害に悩まされ、やがて誰も住まなくなったのだとか。


かろうじて石造りの建物として体裁を保っている民家の前に立ったアシュリーは、そっと周りへ視線を巡らせると素早く扉を開けてなかへ入った。鼻腔の奥を刺激するカビ臭さにはもうすっかり慣れた。もともとリビングであったと思わしき部屋へ入り、ボロボロの絨毯をめくる。


絨毯の下から現れたのは、地下への入り口。床板へ埋め込まれた取っ手を掴んで入り口を開け、地下へと続く薄暗い階段室を降りてゆく。


「あ、団長。おかえりなさい」


階段を降りた先でアシュリーを出迎えたのは、ドワーフの青年。名はストック。


「ただいま。何か変わったことは?」


「いえ、特にありません。あ、ダリアとジュリアがまだ戻っていません。団長と一緒だったのでは?」


「ええ。でも、ちょっと一人で帰りたい気分だったから途中で別れたわ」


「マジですか……団長の護衛なのに、まったくあの二人ときたら……」


はぁ、と大きくため息を吐いた青年ドワーフの様子に、アシュリーも苦笑いを浮かべる。


「そう言えば、例のものはどんな感じ? できそう?」


「あ! そうでした。おそらくアレで大丈夫だと思うんですが、ちょっと確認してもらえますか?」


バタバタと慌ただしくその場から離れたストックは、部屋の奥にある机の上から黒く小さな箱のようなものをもって再びアシュリーの前に立った。


「どうぞ、団長」


「ありがとう。ふーん……なかなかそそる出来栄えね……」


幅二十センチ、高さ十センチ、奥行き十センチほどの黒い長方形の箱。これは、アシュリーが製作を依頼していた魔道具だ。ストックから受け取った黒い箱を、まじまじといろいろな角度から見やる。正面には丸い水晶のようなものが埋め込まれており、上部には突起がついている。


「動作確認は?」


「一応しています。とりあえずは問題ないかと」


「この小窓を覗きながら、上部の突起を押しこめばいいのね?」


「はい」


彼女が手にしている魔道具は、魔鉱石から製作したものだ。魔鉱石は含有する魔力をエネルギー源として使えるだけでなく、あらゆる効果を付与できる。だからこそ希少で貴重な存在なのだ。


「この、下部にある細い溝のようなところに紙をセットするの?」


「そうです」


「自分で考案しておきながら、にわかには信じられないわね……」


何を今さら、と呆れたような表情を浮かべたストックを無視し、アシュリーは四角い魔道具に設けられた小窓を覗き込む。と、そこへ――


「アシュリーさまあああああああ! おかえりなさいなのです!!」


奥の扉が開き、エプロン姿の少女が全力で駆けてきたかと思うと、勢いよくアシュリーへと飛びついた。


「わわっ。ちょっと、危ないよデージー」


「あ、ごめんなさいなのです」


「ん-ん、いいのよ。ただいま、デージー」


少しだけしょんぼりしたデージーの頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。


「そうだ。ねぇ、ストック。ちょっとコレ、私たちで試してくれない?」


「ああ、いいですよ」


アシュリーは魔道具をストックへと手渡した。


「ええと……あそこの壁がいいかな。デージー、ちょっとおいで」


「? どうしたのです?」


「いいからいいから」


地下室の壁はお世辞にもキレイとは言えなかったものの、アシュリーは唯一マシなところを見つけ、その前にデージーと横並びに立った。なお、魔導照明ライトのおかげで夜なのに部屋のなかは明るい。


「じゃあ、いきますよー」


ストックが黒い箱のような物体に設けられた小窓からこちらを覗き込む。デージーは何が何やらわからず、おろおろしている。


「ほら、デージー。あの黒い箱の真ん中を見てね。で、ニコって」


「ニコ? 笑うのですか?」


「そそ。デージーは笑ったほうがかわいいからね」


「わかりましたなのです!」


返事するや否や、にっこりと破壊力抜群の笑顔を向けるデージー。あまりにも眩しく魅力的な笑顔に、ストックもアシュリーもノックアウトされる寸前だった。何せ、ここ三年でデージーの美少女っぷりはさらに磨きがかかっているのだ。


「……!? え!? 箱から何か出てきたのです!」


ストックが箱の上部に備わった小さな突起を指で押しこむと、本体下部の溝から紙のようなものが排出された。それをストックが手にとり、わずかに頬をほころばせたあとアシュリーへと手渡す。


「……うん。いいね」


紙に目をやり満足げな表情を浮かべたアシュリーは、ストックから受け取った紙をデージーへと渡した。恐る恐る紙を手に取ったデージーだが、それを目にした瞬間、驚愕に目を見開いた。


「え、えええええ!? な、何なのですか、これは!? 紙のなかに、アシュリー様とデージーが入っちゃってるのです!!」


「ふふふ。ストックが手にしているのは、風景を紙に写しとる魔道具よ」


「そ、そんなことができるのですか!?」


「うん。まあ、こういうのあれば便利だなって思って、ストックに作ってもらったの。魔鉱石なら大抵のことはできちゃうしね。その紙は……真実を写したものってことで、写真とでも名づけようかしら」


アシュリーが満足げに笑みを浮かべる。


「ほええ~……すごいのです」


ぽかーんと口を開けて呆けるデージーを見て、アシュリーがくすりと笑みをこぼす。


「いや、でもこんな突拍子もない仕組みの魔道具を作ってくれなんていうの、団長くらいですよ。目の前にあるものを紙へ正確に写しとる魔道具なんて。ドワーフの自分だって、そんなもの想像もしたことない」


「あの抽象的な説明だけで、これほどのものを作ってしまうあなたのほうがよっぽど凄いわよ」


「はは……ありがとうございます。それにしても団長。こんなもの、いったい何に使うんですか?」


ストックが箱状の魔道具を再びアシュリーへと渡す。


「とりあえずは……邪魔者の排除かな」


わずかに口角を吊り上げたアシュリーの様子に、デージーとストックが顔を見合わせて首を傾げる。


ちなみに、先ほど撮影した写真をアシュリーからプレゼントされたデージーは、クルクルとその場で回転しながら全身で喜びを表現していた。

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