第24話 罠

『緋色の旅団』による国立博物館爆破事件が起きたあと、治安維持機関サイサリスは首都のパトロールを強化した。


首都と地方都市とをつなぐ街道に設置された関所はもちろん、首都アストランティアへの出入り口でもチェックが厳しくなっている。


それほど、『緋色の旅団』が起こした事件はインパクトが大きかったのだ。


「お前ら、油断するなよ。どこにテロリストどもが潜んでいるかわからんからな。怪しい奴は片っ端から捕まえても構わん」


街の見回りをしている五人組。その先頭を歩くずんぐりむっくりとしたドワーフが、高圧的に言葉を吐く。治安維持機関の副長官であり、アシュリーのクラスメイトでもあったサフィニアである。


肩で風を切りながら歩くサフィニアに向けられる蔑みの目。道ゆくエルフたちだけでなく、部下からも侮蔑の目を向けられているが、本人はどこ吹く風である。


「……ん?」


通りの向かいからエルフの少女が二名、歩いてくるのが目に入った。首都ではよく目にする、垢抜けたエルフだ。はっきり言って、サフィニアの嫌いなタイプである。


無視してすれ違おうとした矢先、クスクスと少女たちの笑い声が耳に届いた。一瞬だが、蔑むような視線を向けられたことにもサフィニアは気づいていた。


「……おい。何か言いたいことでもあるのか?」


相手が子どもであるにもかかわらず、高圧的な態度で接するサフィニア。部下たちは呆れ顔だ。


「はぁ〜? 別に何もないんですけどぉ〜?」


「いきなりなにー? マジうざー」


不快極まりないとでも言わんばかりの態度でやり返す少女たち。サフィニアのこめかみに蜘蛛の巣のような血管が浮かびあがる。


「……育ちが悪いようだな。そもそも、誰に向かって口をきいているのかわかっているのか? 俺は治安維持機関の──」


「はあー? 知らんしー」


「つーか、ドワーフが何あたしらにタメ口きいてんのー?」


言葉を遮られたうえに侮辱され、サフィニアの顔が憤怒の色に染まった。


「……ふ、ふふ。少し説教が必要だな」


サフィニアが少女たちの手を掴もうとするが、するりとその手をかいくぐり元きた道を駆け出した。


「待て! このガキども! あ、お前らはパトロールを続けていろ!」


振り返って部下に命令すると、サフィニアは逃げた少女たちを確保すべく猛烈な勢いで走り始めた。


数十メートルほど先を右折し、細い路地へと入っていくのを確認したサフィニアは、これ以上離されないようずんぐりむっくりの体へ激しく鞭を入れる。


少女たちが入り込んだ薄暗く細い路地へと突入し、全力で疾走していたそのとき――


「うおおおおっ!?」


突然、足に何かが引っかかり、サフィニアは盛大に地面を転がった。


「い、痛たたた……いったい、何だってんだ……」


ぶつくさ言いながら立ちあがろうとしたが、不意に地面へ影がさしたのに気づく。ハッとして見上げた先にあったのは、かつてのクラスメイト、アシュリーの顔だった。


「て、てめぇ! アシュリー!!」


「久しぶりね、サフィニア」


激高するサフィニアと対照的に、アシュリーは余裕しゃくしゃくな表情を浮かべている。


「な、何故てめぇがここにいやがる! いや……まさか、さっきのガキどもは……」


「ふふ。相変わらず、すぐ感情的になって行動する癖は治っていないようね」


「う、うるせぇ! テロリストなんぞに堕ちたバカ女が、偉そうな口を叩くな!」


急ぎ立ちあがったサフィニアが、唾を飛ばしそうな勢いで責め立てる。一瞬、瞳に冷たい色を宿したアシュリーだったが、すぐ口もとに笑みを携えた。


「落ち着きなさいよ。せっかくあんたにいい話をもってきてあげたのに」


「はあ? いい話だと?」


「ええ。単刀直入に言うわ。サフィニア、私と取り引きするつもりはない?」


まったく想像もしていなかった提案に、思わず口を開いて呆けてしまうサフィニア。


「てめぇ、自分が何を言っているのかわかっているのか? 俺はこれでも治安維持機関の副長官だぞ? てめぇらみたいな犯罪者と取り引きなんぞ――」


「あんた、学生時代の賭けを忘れたわけ? 私の言うことを何でも一つ聞くって言ったわよね?」


「あ、あんなのは学生時代のことだろうが……!」


「へえ~。学生のころの話だから約束を破るわけね。ドワーフには誇りがまったくないのかしら」


「ぐ、ぐぐ……!」


悔しそうに両拳を強く握りしめるサフィニアの顔を、高いところから見下ろすアシュリー。二人は同じ地面に立っているが、アシュリーのほうが高身長なので自然と見下ろす形になってしまう。


「ま、賭け云々は別にどうでもいいわ。でも、取り引きをしたいのは本当よ。それに、これはあなたにとっても決して悪い話ではない」


「……」


「私の要求は一つだけ。治安維持機関が『緋色の旅団』に関する情報をどれくらいもっているのかを知りたい」


「……見返りは?」


「新興テロ組織として巷を騒がせている『彼方からの牙』。その拠点と首領に関する情報を教えるわ」


「ほ、本当か!?」


「ええ」


猜疑に満ちた瞳でアシュリーを見ていたサフィニアだったが、途端に態度を軟化させた。『彼方からの牙』も、治安維持機関が血眼になって追っているテロ組織なのだ。


本当に拠点と首領に関する情報を得られるのなら、これほど魅力的な話はない。


「……お前からの要求は、本当にそれだけなんだろうな?」


「ええ、誓ってもいいわ」


どうやら、まだふんぎりがつかないらしい。犯罪者と取り引きするのに抵抗があるのだろう。だが、もう一息だ。あとほんの少し背中を押してやるだけでいい。アシュリーが静かに口を開いた。


「……あなた、いずれは治安維持機関の長官になりたいって考えているんじゃないの?」


「……!」


「なら、少しでも手柄は多いほうがいいんじゃなくて? 新興テロリストの拠点を見つけ、自分たちだけで壊滅できたら大手柄間違いなしよ。きっと高く評価されるでしょうね~」


少しのあいだ考え込む様子を見せたサフィニアが、おもむろに顔をあげる。その顔には、うっすらと笑みすら浮かんでいた。


「……その情報は、間違いないんだろうな?」


「もちろん」


「わかった、取り引きに応じようじゃねぇか」


ニヤリとしたサフィニアに、アシュリーも口角をあげて手を差し出す。わずかな時間握手をかわした二人は、すぐに情報の交換を始めた。


「『緋色の旅団』についてだが、うちが掴んでいる情報はほとんどない。兄貴から、お前が『緋色の旅団』の団長であることは共有されたが、ほかにめぼしい情報は集まっていないな。うちにある情報の多くは、アシュリーが乗っ取る以前の古い組織のものだ」


「なるほど……それだけわかれば十分よ。じゃあ、これ約束の情報ね」


アシュリーは、腰のポーチから数枚の書類を取りだしサフィニアへ差し出した。受け取った書類に顔を近づけ、じっくりと視線を這わせる。


「よし……これさえあれば……!」


「満足いただけたようね。それじゃ、私はそろそろ行くわ」


「ああ。おっと、アシュリー。言っておくが、俺はテロリストと慣れあうつもりはねぇ。一応、取り引きは今回限りだからな。覚えとけ」


ふん、と鼻を鳴らしたサフィニアに、やや呆れた表情を見せるアシュリー。「一応」と含みをもたせるあたりがサフィニアのいやらしいところだ。


「ええ、わかっているわ」


もう一度、ふんと鼻を鳴らしたサフィニアは、大事そうに書類を抱えると素早く踵を返しその場から立ち去った。静寂を取り戻した路地で静かに佇んでいたアシュリーは、少し離れたところにある大きな産業用ゴミ箱に目を向ける。そして――


「もう大丈夫よ」


アシュリーが声をかけると、産業用ゴミ箱の背後から、何者かがのそりと出てきた。ブロンドの髪に青い瞳。アシュリーの親友であり、今は『緋色の旅団』の幹部、ダリアである。


「いやー、久々にサフィニア見たけど、相変わらずムカつく顔してたわ~」


とてもダリアらしい反応だと、苦笑いを浮かべながら彼女のもとへ歩みを寄せる。


「で、どんな感じ?」


アシュリーは、ダリアが手にしている黒い箱のようなものに目を向けた。以前、拠点でストックから見せてもらった魔道具である。


「ばっちりだよ。ほら」


ダリアが差し出した一枚の紙。そこには、アシュリーとサフィニアが笑顔で握手をしている様子がしっかりと収められていた。魔道具で撮影した写真に視線を落としたアシュリーの顔に、凄みのある笑みが浮かんだ。

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