第17話 犯行予告

「ほ、本当ですか!?」


静謐な空間に野太い声が響きわたる。机に手をついて身を乗り出しているのは、治安維持機関サイサリスの長官であるネメシア。


「うむ。ワシの記憶が正しければ、じゃがのぅ」


ネメシアの向かいに座る小柄な老エルフは、顎髭を撫でながら目を細めた。彼の名はカラ。長きにわたり治安維持機関で職務を担ってきた職員の一人である。


ここは治安維持機関の拠点内にある巨大な資料室。ネメシアは、激務に追われながらも連日資料室へ入り浸り、リエッティ村について調査を進めていた。たまたま資料室で調べものをしていたカラから話しかけられ、藁にもすがる思いで相談したところ、物凄く貴重な情報を入手できた。


「ではやはり、ここにあったのは……」


ネメシアが机の上に広げた一冊の本に目を落とす。広げられたページに記載されているのはバジリスタの地図。視線の先には、もともと書かれていた村名を削りとったような痕跡。


「リエッティ村……じゃの」


ネメシアの推測通り、地図から消されたと思わしき村の名前はリエッティ村のようだ。学友であるアシュリー・クライスの生まれ故郷。


だが、これでなおさら謎が深まった。なぜ、リエッティ村の名前が地図から消されたのか。調べた限り、資料室にある地理関連の書籍すべてにおいて同様の痕跡が見られる。相当、大掛かりな作業だ。


「……カラ殿。これがいったいどういうことなのか、貴殿に分かりますか?」


「む……」


顎髭を撫でながら、ネメシアからスッと視線を外すカラ。その表情は、口を開くべきかどうか迷っているように感じた。


「カラ殿。もし何かご存じであれば教えていただきたい」


ネメシアにじっと見つめられたカラは、諦めたように小さく息を吐いた。


「……長官。正直なところ、ワシにはどうしてリエッティ村が地図から消されたのかは分からぬよ。ただ……」


「ただ?」


「この国で長く生きてきたワシに言わせると、このようなことはそれほど珍しいことではないのだよ」


思わず耳を疑うネメシア。あらゆる地図から一つの村が消されてることが、それほど珍しいことではない? いったいどういうことなのか。


「長官、バジリスタは良くも悪くも天帝陛下の意思がすべてにおいて優先される。それはお分かりかな?」


「ええ……天帝陛下は至高の種族、ハイエルフにしてバジリスタを立ち上げた建国王でもあらせられる。その意思が何より優先されるのは当然かと」


「うむ。過去には、天帝陛下の言葉一つで新たな村や町が誕生したり、経済の仕組みが変わったり、突然新たな価値観が生まれたりもした」


カラは一度口を閉じると、再びネメシアから視線を外し、開かれた地図に目を向けた。


「……そして、逆も然りじゃ」


カラの言いたいことが何となく理解でき、ネメシアの心臓の鼓動が速くなる。あり得ない。そのようなこと、絶対に。あってはならないし、あの慈悲深い天帝陛下が、そのようなことをするはずが……。


と、カラが地図の一箇所をスッと指差した。


「……長官。この地域を知っておるか?」


「いえ……ただの平原なのでは?」


「そうじゃの。じゃが、百年ほど昔は違った。そこには人間たちが暮らす小さな町があった」


「……え?」


「じゃが、ある日突然、その町は地図から消された。それだけではない。役人に聞いてもそのような町は知らぬと言う。そう、最初からそのような町はなかったことにされたのじゃ」


ネメシアの頬を冷たい汗が流れ落ちる。先ほどから、決して聞いてはいけないことを聞いているような気がしていた。


「……それらがすべて、天帝陛下によるものだと?」


「そうは言わぬよ。じゃが、先ほど言ったようにこの国ではすべてにおいて天帝陛下の意思が優先される。それが答えじゃないかの」


「……その、村や町はどうなったのですか? まさか……」


「さあ。そこまでは分からぬよ。何らかの理由で地図から名前だけ消した、ということも考えられなくはない」


話がひと段落ついたところで、カラは「では職務に戻りますじゃ」と言い残し資料室をあとにした。残されたネメシアは、額に深いシワを刻んだまま険しい顔つきで思考を巡らせる。


いったいどういうことだ? 地図から消されたリエッティ村。カラが言うには、過去から似たようなことは幾度かあったという。それらは天帝陛下の意思である可能性が高く、地図から消された村や町がどうなったかは分からない。


ネメシアは、言いようのない不安と恐怖に駆られた。もしかして、リエッティ村はもう……。そして、アシュリーもすでにこの世にはいないのではないか。いや、まだそう決まったわけではない。


何とかしてリエッティ村へ行けないものだろうか。腕組みをしたまま、椅子の背もたれにもたれかかると、ギィィッと不穏な音が静かな室内に響いた。長期休暇さえとれたら……。そのようなことを考えていると──


「ネメシア長官!」


資料室の扉が乱暴に開かれ、ずんぐりむっくりのドワーフが室内へ飛び込んできた。治安維持機関サイサリスでネメシアの副官を務めるサフィニアだ。


「何だ? 騒々しいな。何か事件か?」


息を切らしたサフィニアに、ネメシアが訝しげな目を向ける。


「ええ、犯行予告が出されました」


「何!? どこからだ? 内容は!?」


「バジリスタ中央博物館を爆破すると。予告を出したのは『緋色の旅団』です!」

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