第18話 爆破

バジリスタ中央博物館――


天帝、サイネリア・ルル・バジリスタに関連する品々を常設展示してある、国内最大規模の博物館だ。日常的に国内外から大勢が足を運ぶ施設でもある。そのようなところで爆破など起こされたら、どれほど甚大な被害を被るか分かったものではない。


「サフィニア、緊急配備だ! 実働部隊を向かわせて警戒にあたれ! 避難誘導も忘れるな!」


「はい!」


「俺もすぐに向かう!」


すぐさま踵を返しバタバタと資料室を出ていくサフィニアを視界の端に捉えながら、ネメシアは読みかけだった本をパタンと閉じる。もとの本棚へ本を戻したネメシアは、後ろ髪を引かれる思いを何とか断ち切り、長官室へと駆けだした。



――ネメシアが現場へ駆けつけたとき、すでに博物館の周辺は厳戒態勢が敷かれていた。サフィニアの指示が的確だったのか、博物館への来観客と周りにいた人々の避難は完了しており、治安維持機関の実働部隊と街の衛兵が施設をぐるりと取り囲むように配備されていた。


「状況は?」


実働部隊の隊長にネメシアが声をかける。


「はっ! すでに建物内にいた者は全員外へ避難済みです!」


「よし。犯行声明には爆破時刻までは書かれていなかった。油断するな」


ネメシアが難しい顔をして博物館を見やる。いつもは大勢の来観客でにぎわう博物館だが、今は寂しくひっそりと建っているだけだ。


気になるのは爆破の規模。何せ、バジリスタ中央博物館は天帝陛下の武威と栄光を示す重要な施設だ。首都アストランティアにとっても重要な財源の一つでもある。


今後、運営できないほどのダメージを負ったとなると、アストランティアにとって大きな痛手なうえに、バジリスタに対するイメージも悪くなる。


と、ネメシアがそんなことを考えていた刹那――


耳をつん裂くような爆裂音があたり一帯に響きわたった。反射的に耳を塞ぎ体制を低くするネメシア。


「ぐ……!?」


どうやら、博物館に仕掛けられていた爆発物が爆発したようだ。博物館との距離はそれなりに保っていたにもかかわらず、とてつもない爆風に煽られた小さな破片がいくつも飛来した。


ネメシアは何とか薄目をあけて状況を確認しようとする。が、爆風で巻き上げられた砂煙のせいで状況が把握できない。やがて砂煙が落ち着き、やっと視界が開けてきたのだが──


「こ……これは……!?」


ネメシアたちの目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。天帝、サイネリアの権勢を示すかのように凛と建っていたバジリスタ中央博物館は、見るも無惨な姿になっていた。


見事な意匠を凝らした建物は爆破によって半壊し、見る影はない。おそらく展示品のほとんどは消失しているだろう。建物をもとの状態へ修復するにも相当な手間と時間がかかるはずだ。


「長官……これはマズいかもしれませんよ……」


そばに近寄ってきたサフィニアがネメシアへそっと耳打ちする。


「ん? マズいとは?」


「先ほど、爆破の音は一度しかしませんでした。つまり、爆発物は一つということになる」


ネメシアはハッとして、再度爆破され無惨な姿になった博物館へ目を向けた。そうだ、サフィニアの言う通り、爆破の音は一度しかしなかった。つまり、たった一つの爆発物がこれほどの惨事を引き起こしたことになる。


「まさか……魔鉱石が使われた?」


独り言のように呟いた言葉だが、サフィニアの耳には届いていたらしい。


「その可能性は高いでしょうね。ただの爆薬で作った爆発物にこれほどの威力は見込めない。俺たちドワーフでも作るのは難しいでしょう」


魔鉱石は希少で貴重な鉱石だ。小さなものでも膨大な魔力をエネルギーとして含有しており、魔道具の素材としても利用されている。知識のある者が魔鉱石に手を加えれば、高威力な爆発物も作れるはずだ。が──


正直、ネメシアは現実的ではないと思った。なぜなら、魔鉱石はとても貴重なものであり高価な鉱石だ。たしかに高威力な武器や兵器の素材として有効だが、あまりにもコスパが悪すぎる。テロ組織が爆発物の素材に魔鉱石を使うというのは想像しにくい。


だが、目の前の惨状を見るに、可能性がまったくないと断言できないのも事実だ。サフィニアが口にした通り、爆薬だけでこれほど高威力な爆発物を作るのは難しい。


見るも無惨な姿になった博物館へ、恐る恐る近寄ろうとする実働部隊と衛兵たち。再度爆発が起きないとも限らないため、魔力障壁を展開できるエルフが中心となり果敢に進んでゆく。


一度大きく深呼吸をしたあと、ネメシアは周辺に視線を巡らせた。あれほどの爆発だったにもかかわらず、直接的な被害を受けたのは博物館だけだ。また、幸いなことに怪我人や死人もいない。


もし、これもすべて計算通りだとすれば大したものだ。実際には偶然であるだろうが。そんなことを考えつつ、ネメシアは実働部隊の小隊長何名かを手招きする。


「周辺を警戒しろ。『緋色の旅団』の構成員が成果を確認している可能性がある。怪しい奴は決して見逃すな」


小隊長たちは「はっ!」と短く返事をすると、任務を遂行すべくネメシアから離れていった。治安維持機関と衛兵たちが集まり物々しい雰囲気に包まれていたため、博物館の周辺には人だかりができている。危険だから離れるように伝えたが、先ほどの爆発で大勢集まってしまった。


この中から怪しい奴を見つけろというのも無理な話か。集まった野次馬たちを一瞥したネメシアは、ちらと時計台へ目を向けた。時間を確認してから、再び野次馬へ視線を移動させようとしたそのとき──


野次馬たちの背後。やや離れた場所にある民家の屋根に、フードを被った怪しい者の存在を確認した。フードで顔は見えないが、体の向きから博物館の様子を窺っているのは明らかだ。


ネメシアは気づかれないよう、さりげなく民家との距離を詰める。幸い、治安維持機関の実働部隊に衛兵、さらに野次馬で現場はごった返しているため、ネメシア一人が不自然な行動をしても目立つことはない。


民家の屋根がよく見える場所まで移動したネメシアは、フードの輩をその場で観察した。野次馬たちのように近くへ来ず、やや離れた場所から博物館の様子を窺う姿はとても奇妙に思える。


尋問だけでもしてみるか。そう思ったネメシアだが、次の瞬間、全身金縛りにあったかのように身動き一つとれなくなった。


にわかに吹いた突風に煽られめくれるフード。その下から現れたのは、ネメシアがよく知っている顔だった。


「…………は?」


風になびく絹のように美しい白髪。透き通るような空色の瞳。そこにいたのは、紛れもなくネメシアがその消息を案じていた元クラスメイト、アシュリー・クライスであった。

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