第11話「狂戦士の憂い」

2025年 4月6日 夜交市やこうし犬立区いぬだちく某所


 犬立区はこの土地に根付いた多くの人たちの意向によって、山を始めとした古い自然環境が多く、時代を変遷しても都市開発や再開発の手が入っていない所が多い。

 無論、これは江取家による政治的根回しやその他諸々……表にはしづらい様々な手法で自身らの霊地でもある犬立区に余所者が入る隙を与えなかったということもある。それは江取家が子孫に継承させる一子相伝の魔術にも関係があり、それらを承認していることもあって、江取家による内政干渉も草薙機関は部分的に容認してきた。


 しかし時代の変遷はそんな江取家の排他的主義を崩していき、そして根っからの商人気質を持ち合わせていた当代の江取家当主によって、江取家の直接管理する霊地の中でも重要なもののみを除いて、都市開発が行われることになった。


「……なに? 郊外の霊脈の瘴気だまりが浄化された?」


 某所。犬立区のどこかにある地下室で携帯電話ガラケー越しに連絡を受ける男の姿があった。


 大柄の筋骨隆々な体格で身長も190cm以上……200cm近くある身長だ。金髪のウルフカットに短めの三つ編みが左肩に垂れているその男はどこか獰猛な獣を思わせる風貌をしている。

 その風貌や佇まい。そのあまりにも厳つい姿は一目で異国の人間であることがわかる。


雇い主クライアントの話だと、この犬立区の霊脈の9割は連中の管轄下だ。郊外の霊脈は少しボロがあるから、多少の瘴気だまりと化する分には問題ない。そこから周囲に伝播させる作戦ということで話がついたはずなんだが……。どういう風の吹き回しだ? 


 電話先にいるであろう男の名前を漏らし、大男は不満げに言った。


『うん。前々から観測していたポイントなんだけどね。江取家の連中との取引で霊脈に干渉しないことになっているんだけど。あっちが指定するポイントへの干渉だけは許すという感じ。その残りの1割……郊外のいくつか霊脈の基点は一応こちらが直接弄っても問題はない。今回はそのポイントが浄化されたって感じだね。これで江取家が嫌うということになる』

「ようはエサか。だがなんでそれを説明しなかった? アンタが言えば俺が直々に待ち伏せして連中を狩っても良かったんだが」

『それはちょっとばかり危険……。というより、君の実力を甘く見ているというわけじゃないけど、仮に待ち伏せして彼らと真正面から殺し合いになったらただじゃ済まない。そうなれば、君自身の奥の手を使わないといけないだろうけど、君の奥の手は周囲の環境にまで大きな影響が出る。計画に大きな変化をもたらすにはリスクが大きすぎるんだ、バーサーカー』

「チッ。アンタがそういうぐらいなら、それはそれで厄介だな。俺も俺自身が遅れを取るなんざねぇとは言い切れん。アンタの命令には従う。強者と戦うのは戦士の誉れだが、大いなる目的の前にいらぬ戦いはするなだ」


 ルーラーの言葉を聞き、ため息を漏らしながら渋々納得する大男、バーサーカー。


 彼自身も当然、異世界からの「帰還者」にして、「灰色の黎明会」の一人である。無論、バーサーカーはコードネームだ。


『理解してくれて嬉しいよ。ただ、霊脈の異常がこんな早い段階で浄化されたということは計画を少しばかり早める必要になる。時間をかけて仕込んだとはいえ、相手は相当の手練れだ。今後の事を考えると早く始末する必要がある。つまり、私が言いたいことはわかるね?』

「おう。本格的にエトリとアンタが警戒している男……、ユイト・カツラギとカンナ・ツルキが接触しない内に上手く処理しろということだろ? だが、ちょっと解せないことがある」

『? 何か不明な点があるのかい?』


 バーサーカーはそう言うと、懐に仕舞っていた写真を取り出した。


 その写真は環菜の顔が写った写真だった。しかもただの写真ではなく、「開祈かいき学園」の学生証に使われている顔写真と同じものだった。


「このカンナ・ツルキをなぜ警戒する必要がある? 確かにこの女はこの街の『防人センチネル』みてぇなもんだが、現在この女について判明している情報を見るにとても警戒する必要があるとはとても思えん。なんかあるのか?」


 彼は基本的に戦いとなればコードネームの通りの狂戦士として荒ぶるがままに、そして己のために戦う。


 だがそれはあくまで個人としての気分と願望のみ。


 今の彼は「灰色の黎明会」のメンバーとして、彼は常に己を律しているし、かつて自分がいた異世界の頃と比べると地球はあまりにも窮屈すぎるほどに律しないといけない。

 かつて「暴君」と謳われた彼を戒めるのが、ルーラーの謳う理想とその理想を叶えるためにある己の立場、そして日本問わず現代社会という名の目に視えぬ不可視の世界の在り方。


 退屈という言葉を最も嫌う彼にとって、今の立場や在り方に文句があるわけではないのだが、それはそれ。心の赴くままに強者と戦いたいという戦士としての欲望は当然あるし、それが魔術師だろうがなんだろうが関係ない。


 しかし、彼にとって葛城かつらぎ結人ゆいと多々見ただみ頼孝よりたかはわかりやすい強者であることは良いとして、弦木つるき環菜かんなが強者の一人なのかどうかわかりかねた。


 バーサーカーの疑問とは、現時点までに「灰色の黎明会」が集めた情報の中では弦木環菜に関する情報がやけに少ない気がしたこと。そして「帰還者」の2人を担当している割には実力不足ではないかということ。


『……君のごもっともな疑問はよくわかる。だがこっちも色々と調べたりしたんだけど、弦木環菜についての情報は共有した通りのものしかない。おかしな部分が色々あったんだけど、それ以上に確証が得られる部分が全くない。正直、私の情報網を駆使してもそれだけしか集まらなかったんだ』

「冗談だろ。『帰還者』2人の面倒をまとめて請け負える魔術師が弱いはずがねぇ。うちの情報網と情報源の連中が甘いとはとても思えんが……」

『ああ。だから君には彼女の方にも警戒はしていてほしい。引き続きこちらも調査を続けるけど、別件で遅くなる。同時に君に託した計画は早めないといけない』

「ああ、くそ。だが、今の所は計画が少し早くなっただけまだマシということか。OK、ルーラー。こっちは予定通り動く。アンタはこっちに入れないだろうし、キャスターの支援は期待できない。途中でスカウトのヤツの支援が来るかもしれないが、そっちはアイツの気分次第って所。最初に言っていた通りってことだろ?」


 バーサーカーは頭をかきながら言った。懐からお気に入りの電子タバコを取り出し、吸い始める。


『無論、それで構わない。スカウト彼女の方にはなるべく早く君の支援に行くように伝えておく。中国の一件が終わったらすぐに向こうから動ける予定だからね。それじゃ。定時連絡と連絡の際の場所は忘れずにね』

「言われるまでもねえよ。それじゃあな、ルーラー」


 そう言って、バーサーカーは携帯電話の電源を切る。そして自分の周囲に仕掛けていたルーン魔術による結界を切った。


「ふぅ……。さて、俺様を退屈させるんじゃねえぞ」


 バーサーカーはそう言いながら、地下から外に出る。


 そして、どこからともなく、犬か狼の遠吠えが響くのだった。

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