第12話「転移門」
2025年 4月6日
輪祢町の人目のつかない林道。そこから少し離れれば、自然が作り出した天然の結界ともいうべき洞穴があり、方角を変えればすぐに山が見える。
弦木家が管理する霊地であるこの場所。その洞穴の中に置かれている、小さな祠のようなものが淡く光り始める。
「ふぅ。上手くいきました!」
「マジかよ。本当にワープしやがった」
「こりゃあ、すげぇ。メチャクチャ便利じゃないか」
祠の目の前に出現した「転移門」から、環菜、結人、頼孝の3人が出現した。
「成功するかどうか不安だったけど、本当に成功して良かったー! 後で作った術式を
「ちょっと待て。成功するかどうか不安だった? それってこの転移の魔術は初めてってことなのか?」
環菜の言葉に結人は思わず目を見開いて言った。
「? そうですけど。元々複雑な術式でしたし、今回のように予めポイントを決めておかないと今回みたいに成功しないんですけど。まぁ、失敗したらとんでもないことになるというか」
「いや先に言えよ! 失敗したらどうなるとか事前説明もなしに俺たちは転移したのか?」
「まあ、まあ。流石に家で何回も何回も練習したヤツでしたし、今回はちゃんとできるって自信があったのですから! 転移そのものは本来かなりの高等な魔術ですし、こうやって成功したのも奇跡のようなものですから」
「そんなスポーツ感覚でやるような高等技術じゃないだろ!」
結人は自分が使う魔術などに関しても感覚でやるタイプなので具体的に理屈で説明したりするのは苦手ではあるが、自分で見聞きしたり調べたりしたことを自分の中で解釈し理解してまとめることには自信があるし、十分にその能力は持ち合わせている。
「あははは。まあ落ち着け、葛城。転移って失敗しても予想外の場所に飛んだりするか、どっかの異世界に行っているとか、そんなこともありえるとか、そういう話なのかもしれないぞー」
「いや、お前はフォローするならもっと自信を持って言え! 説得力が微塵もねえだろ!」
どこか死んだ魚のような目で言う頼孝に結人はツッコミを入れた。
転移の魔術は、ようはSFなどでよく見るワープのようなものだ。
しかしこの転移の魔術はどの魔術系統においても非常に難関な高等技術であり、「違う場所に転移する」という結果を出すための工程の複雑怪奇さ、車や航空機などといった移動手段の多様性が増えたことや、習得にかかるコストの面から修得しようとする魔術師は非常に少ない。
あったとしても複数人で術式を構築し、施設内の移動を始めとした閉所でしか利用されることが少ない。だがそれでもこの転移の魔術の術式を構築できる魔術師も少ないのが現状だ。
そんな、高難易度の魔術を弦木環菜は単独で成功せしめたのである。
“よくよく考えると、弦木のこの魔術師としての力量はおかしいな。あの霊脈を浄化する時だって結界を維持・稼働させたまま、浄化術式を一から構築して起動させていた。……俺たちに何か隠していることは間違いないだろうが、今はそれを探ってもしょうがないな”
結人は環菜のこれまでに行ってきた行為について疑問を抱く。
単独で複数の魔術を発動し、同時並行で術式を運営・構築を行い、その後に怪異の残党を特に疲れているわけでもなく、むしろそれでも余裕がある状態で戦闘までこなした。
自分だけではなく頼孝以上の魔力量とそれに伴う自己パフォーマンスの良さ。あまりにも突出しているとすら感じた。
「弦木、ここはどこなんだ? 突然、輪祢町に戻るって言っていたが……」
霊脈を浄化した後、一度古民家に戻ってそこで転移のための術式を構築させ、いわば簡易的な「転移門」を構築した。そのことについての説明を結人と頼孝はまだ聞いていない。
「ここは弦木家の敷地内にある裏山です。
「他の所とかじゃダメなのか?」
「私の場合はダメです。さっきも言いましたけど、転移は難易度が高く成功率が低い高等魔術ですので、その成功率を上げるためにそれぞれのポイントで私が直接、『転移門』の役目を持つ祠を目印として作らないといけなかったのです。今回の場合、私と縁が深いもの同士と座標を繋げることで何とか成功したのです」
「だから、あの古民家の結界強度を上げるとか言って弦木の小型魔導器がまわりにたくさんあったのか」
転移魔術は魔術系統によってその工程は様々だが、転移には2種類の方法が存在する。
1.現在地となる場所の座標、転移先となる場所の座標に“門”としての役目を持つ祭壇を目印として設置し、それぞれの座標に術者の“縁”が必ず存在すること
2.それぞれの座標を正確無比に捉えることが出来る“眼”かそれを観測するための高度な術式、そして自分と転移させる第三者を霊的に補足する観測力の高さ
言うまでもなく簡単なのは前者であり、後者に関してはもはや魔術師の中でも“異能”と称される腕前である。この領域に至った魔術師は現代において神域にあると言われており、天才の領分にある。
仮にこれをノーリスクで行うことが出来る者がいるとしたら、それはもはや神の御業、権能そのものと言っても過言ではないだろう。
「
「なるほどなー。……あれ、待てよ。明日と明後日は休みだよな? 別に今日用意しなくてもいいんじゃないのか? わざわざ今日欠席届を出したんだから、3日間あっちで調査するもんかと思っていたんだけどよ」
頼孝は“それだと今日学校休んだりした意味がないのでは?”というシンプルな疑問を環菜にぶつけた。
「イイ質問です、多々見君。……とは言っても、今は事態が事態です。こればかりは私の私情も含まれている所がありますし、ハッキリと言うしかないですね」
当の彼女はどこか罪悪感のあるような、不安げな表情を顔に映しながら言った。
「……っ」
まただ。
結人の胸の奥でなぜか疼く“なにか”。
言葉に出来ない、どう例えたらよいのかわからないような、そんな疼きが胸の奥でざわつく。
“……いや、これは。わからないが、なんでもないはず。なんでもないはず、なんだ”
答えの出ない自問自答を繰り返す気にはなれない。環菜の事情とやらを聞くべきだと、己の合理性をもって己の疑問を奥底へと切り捨てる。
「……非常に下世話な話です。本当なら、貴方たちをこの問題につき合わせたくないのですが」
「言いにくいのなら無理しなくていい。
「え」
結人の言葉に環菜は目を見開く。鳩が豆鉄砲を食ったようなとはこの事と言ったような、
「一応、聞いておきたいのですが……。どこまで?」
「ああ、そうだな。お前の家族関係と弦木家の――――――」
「――――――――――」
結人の口から出た、その先の言葉に環菜は先ほど以上に目を見開いてしまった。
嫌悪感のような、どこか苦痛のような。
心臓を握りつぶされたかのような、そんな胸の辛さ。
そして、結人のどこまでも熱を宿さない、ただ目の前の獲物だけを見据えるような、そんな重苦しくも、ただ純粋に自分だけを見ていることに、妙な安心感を覚えてしまっていた。
この感情が彼女の苦悩を晴らすというわけではない。弦木環菜という少女の人生の苦悩を晴らすほどのものなどではない。
だが、それでも。
「……わかりました」
観念したように、環菜は口を開く。
なぜ今回のような行動になったのか。そしてその原因たる、弦木家及び彼女自信の事情を。
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