第10話「霊脈浄化作戦開始」
6か月前、バイクによる交通事故による昏睡状態になった際に魂と精神が異世界「トヨノハラ」に跳躍し、そこで退魔の武士「ライコウ」として転生した。
やがてその生涯を終え、彼は確かに英雄として記録された。帰還した本人曰く「まるで丸ごと一つの人生を経験したようだった」とのこと。
「
目蓋を閉じ、左手を天に掲げ、詠唱を唱える。
「
その一言と共に、彼の左手に雷を伴って一本の太刀が出現した。
魔力で出来た雷をまとい、刀身を露わにしなくとも周囲に漏れる独特な魔力の気配。その
霊験あらたかな霊山で取れる上質の玉鋼で鍛えられ、霊山に宿る神の祝福を受けたその刀は、素質ある者に加護を与える。
その
人界を脅かす脅威たる
“……なるほど。この感じは「魔性殺し」という概念的な神秘のこもった武装ということか。恐らく百年単位の業物というべきもの。異世界で使っていた武器を
横目で「妖切荒綱」を見る結人は額に冷や汗をかきながら分析する。
魔術に関して十全な知識を持っているわけではないが、元々の理解力の高さとその感性から、頼孝の持つ刀が「魔の性質を持つ者を殺すことに特化したもの」だと分析し、彼の
「■■■……!」
結人たちの目の前にいるスーツ姿の鬼面を被ったような姿の「鬼」たちは、頼孝の持つ「妖切荒綱」を見てそれがどういうものなのかを理解したからなのか、僅かに慄いていた。
バットや包丁、金づちなどを握る手に力が入り、2人を殺そうと身構え始める。犬のような獣人の如き姿の「獣」たちも目の前の獲物を食い殺そうと牙を立て、聞く者に精神的な圧力をかける唸り声を発している。
「来い。その悉く、オレが斬り祓おうぞ」
「■■■■■―――――!!」
挑発するかのような頼孝の言葉に反応し、怪異たちは群れを成して襲い掛かってきた。
現代の人間の敵対者の姿たる「鬼」の姿をした怪異の持つ武器も一種の怪異だ。人間の無意識に存在する「日用品が他者を傷つける凶器に転ずる」という偏見と恐怖心を依代として、人型の怪異が持つ武器として成立する。
そのため、これらの武器は呪いや汚染された魔力の塊であり、それらに全く耐性のない一般人が攻撃を受けてしまうと、それに汚染された状態「霊障」に陥る。体内に入り込んだ霊障を取り除かなければ魂が汚染され、やがて精神や肉体にも影響を及ぼし衰弱死する。
「せいっ!」
「■■■―――!?」
それらの凶器と持ち主を頼孝の「妖切荒綱」による横一閃の一太刀により、体ごと切り捨てられる。
まるで物理法則とかそういうものを一切無視したかのような切れ味だった。
「オレの刀、魔の属性を持つ者ならいくらでも斬れるぞ。斬られたいヤツだけかかってきな」
そう言いながら、彼は近づいてくる怪異たちを次から次へと斬り捨てていく。
今この場所に発生している怪異たちは皆ランクが低く、結人たちのようにこの
「! 葛城!」
「わかっている」
頼孝は霊脈の基点の前で浄化術式を構築している途中の環菜に近づこうとする怪異に気づき、結人に声をかける。
「
右手を指鉄砲の形にして、人差し指と中指の指先を銃口とし、中指から圧縮された糸の弾丸が発射される。それで環菜に近づこうとした3体の怪異の頭部を正確に撃ち抜いた。
「■■!?」
頭部を撃ち抜かれた怪異たちはそのまま地面を転がり、霧のように消滅する。
「コイツら、ある程度知性があるな。意図的に弦木を狙っている」
「なんとかなるか、葛城? 言い忘れていたが、オレは魔術とかそういうのは割とからっきしだ。ゴリ押しで斬るとか、殲滅することぐらいしか出来ない!」
「……そんな気はしていたが、それは先に言ってくれないか」
戦いながらそんなことを言う彼に結人は少し呆れた。
「2人とも、もう少しだけ時間を稼いでください! ここの汚染が思った以上に根深いです!」
浄化術式を完成させ、それを基点に向けている環菜が言った。
「どれぐらいかかる?」
「5分ぐらい! それだけあれば、ここの霊脈の汚染を浄化することが出来ます!」
「マジか」
思った以上に時間がかかることに結人は表情をしかめるが、意識を切り替え、周辺の怪異たちに向き直る。
「まぁ、この調子なら5分ぐらいいくらでも守れる。
結人は両腕を糸でバンデージのように覆い、迫りくる怪異たちを相手に白兵戦を仕掛ける。
人型、獣人型の怪異たちは一方的すぎる頼孝に戦力を割きつつ、彼らの中では強くないであろう結人に少数でも持てる限りの凶暴性と暴力で襲い掛かる。
……しかし悲しきことかな。彼らの
「遅い、遅い。その程度の呪いで俺を殺せるとでも思っているのか?」
単純な火力とか、単純な個体ごとの強さとかそれ以前の問題。ここで出現した怪異が雑魚であったとしても、そのようなことは関係ない。
今の葛城結人にはストッパーがいない。
相手は人間に非ず。人間を生まれ持った欲望と悪意で襲い食らい、殺す怪異。そんな相手に対して制限を設ける意味がない。
あくまで結人は、人間はすぐに殺さないのであって、怪異を殺さない理由なんてない。それがどれだけヒトの形をしていようと、他人の空似のような存在が相手だったとしても彼は何の感慨も動揺も躊躇もなく殺せる。
それこそ、道端を這いまわる虫を殺すように。あるいは、樹に生る果実をもぎ取るように。
「ふん! はっ!」
「■■■!?」
群がって襲い掛かってくる怪異を一人ずつ、確実に急所へと拳による殴打や蹴りを入れ、距離が離れたら
人体で言う所の顎、脳天、鳩尾、鼻の下。体を動かすために必要な関節部。そして内臓器官のある場所。
仮にこれが本物の人間同士の殺し合いとなった場合、何かしらの防御手段がない時に一撃でも結人の本気の拳をまともに受けてしまえば、内臓破裂を始めとした致命傷をもらい受けることになるだろう。それは、環菜や頼孝を始めとした人物でも例外ではない。
「うわ……。オレが言うのもなんだが、こうやって改めて見るとメチャクチャえげつない戦い方をしていやがるなぁ。アレ、確実に殺しに行くための戦い方だ」
自分に多くやってくる怪異たちを倒しながら、頼孝は結人の戦い方を熟練しきった武士の目で見ていた。
頼孝の異世界で生きていた頃の記憶でも結人ほどの遊びも無駄の少ない戦い方は極めて珍しかった。
暗殺術を使う者は自分がいた
“出来れば、アイツと真っ向から殺し合うようなことは避けねばならぬな。仮にぶつかったとしても、間違いなく相打ち。良くても死なない程度にしかならないであろう。そもそも本気を出してすらいないだろうが……”
冷静に自分と結人の力量を分析し、仮に戦うことになった場合、どちらが危ういことになるかを考えたが、現状だと相打ちにしかならないだろうと頼孝は考えた。
同時に、こうも考えた。
“ったく、何とも難儀な男よ。アイツとは殺し合いになりたくないものだ”
ほんの少しの憐れみと保身を内心で呟いた。
「……よし、来た! 浄化術式、
――――――――――環菜が声を上げる。
汚染された霊脈を浄化するには優れた術者であっても、汚染の具合によっては時間を要する。5分という時間で処理することが出来たのは環菜が優れた術者であったからでもある。
凄まじい魔力の奔流と共に、汚染された
「■■■■■■――――――……!!」
同時に、この霊脈の基点を発生源としていた怪異たちも、その影響で次々と消滅していく。
そして、嵐が収まった時には、周囲には清浄な
「ふぅ……。2人とも、お疲れさま。ここの霊脈は無事になんとかなりました!」
成功したのか、環菜は清々しい笑顔でそう言うのだった。
「ああ。良かったな。……ん?」
その時、ちょっとした疑問が浮かび上がった。
それは、胸の内から浮かんだ、あまりにも小さな
“俺は……”
でもそれを表現するには少年の感情は遅れていて。
それを上手く表現するには、少年の
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