第9話「調査開始」

2025年 4月6日 夜交市やこうし輪祢町りんねちょう 犬立区いぬだちく



 古民家を仮拠点にして1日目の朝。朝食を始めとした食事に関しては当番制になった。1日目は環菜による結界を始めとした古民家の要塞化のために忙しいということで、今日の当番は結人がすることになった。


 ちなみにこの日は学校だったのだが、3人は家庭事情による休みということで届け出を出している。担任の土狩とがりは不満タラタラだったが、環菜の念入りの手回しによって納得せざるを得なくなった。ちなみに土狩自身は3人の事について微塵も心配していない。


「この辺の霊脈の掌握。それからの周辺の結界構築も完了できました。これで滅多なことがなければ敵にこっちの存在や位置を知られることはありません」


 朝食を食べ終えた彼らは既に古民家から外出していた。


 隠すことに特化した結界を構築するために環菜は公則きみのりの協力を得て、彼が管理している霊脈を貸してもらう形で結界を構築した。そこについては魔術師である公則の妻、冴子さえこの協力を得て隠形の術式を用いた結界を構築したのだという。

 隠すことに特化しているので、余計な術式運用による魔力の消費量も抑えることが出来る。また、環菜自身が結界術も得意分野であることも起因しているが、入念入りに準備してきた道具込みで行っているため、その完成度も高いのだ。


「流石、『防人』と言った所か。ああいった芸当はお手の物か。結界排除の対象外であの古民家が多少道沿いにあって見えるからとはいえ、敵になったら探す方に労力を費やすことになるな。下手するとこっちが食われるタイプと見たよ」


 環菜の話を聞いて結人は少しばかり彼女の技量に感嘆しながらも慄いていた。


 基本的に暗殺者で奇襲を得意とする結人にとって、古民家に作られた環菜の結界は相性が悪すぎる。


 隠蔽術式が込められているだけとはいえ、それはあくまで結界を構成する要素としての話であって、仮に敵対者として無断で立ち入ろうものなら、仕掛けられた防衛機構が働いて侵入者は八つ裂きにされるからだ。

 まさに飛んで火にいる夏の虫。仮に結人であっても相打ちを覚悟しなければならないだろう。


「そりゃあ実家にある蔵から少し道具を借りたりもしましたし、冴子さんの協力がありましたから。準備に手間は取りませんでした。あの方もどちらかというと結界術専門の魔術師でしたから本当に助かりました」


 どうやら公則の妻の冴子は結界術専門の魔術師らしい。


「それで、今日はどうする? 朝の話し合いだと霊脈の調査を先にするって話だったが」

「そう。魔術師の管理する霊地・霊脈管理の基本はまずは霊脈を端から端まで調べ尽くし、その特性、性質、流動性その他諸々を調べるのです。そこから霊脈の基点となる場所から霊脈に干渉して乱れを整えるというのが定石なんだけど、今回は色々と訳が違います」

「魔術師が管理する霊地とは即ち領地そのもの。それを余所者が介入するなんだから、これは戦争ってことだな。確かに公則氏の言う通り戦争だ。一筋縄じゃいかない」


 魔術師の管理する霊地をよその魔術師などが奪うということは、それだけで戦争になる案件である。

 つまり、現状それをしようとする侵略者側である結人たちが霊脈に干渉するなどをし始めれば、様子のおかしくなった江取家を相手に戦争することになる。


「侵略戦争はどこも悲惨だしなぁ。出来ればなるべく人間は殺したくないんだが、向こうからくる以上は致し方あるまい。……おっと、霊脈の調査をするんだろ? どっか、目星つけていたりする?」


 頼孝が言った。


「そこは問題なく。柚希ゆずきさんが草薙機関から取り寄せてくれた資料でおおよその位置は既に把握しています。ただ問題があるとすれば、その基点ポイントは怪異の発生源になってしまっていることぐらいですね」

「マジかよ! 確か、霊脈の基点から怪異が出始めたらヤバイんだったよな?」

「一度怪異の発生源となると、そこから更に淀み……穢れとなって霊脈を汚染し広がって、最悪街中にまで怪異が発生してしまいます。末期になったら怪異が都市部で百鬼夜行をする羽目になります」

「冗談じゃねえ。そんな地獄のようなことが起きてはならんだろう。俺の能力と怪異の相性はバッチリだし、さくっと済ませよう」


 頼孝は気合を入れていた。


 霊脈の乱れがやがて大きな淀み、穢れとなって霊脈を汚染し、怪異の発生源としてしまう。それを未然に防ぐのが魔術師たちの仕事であることは結人もよく知っている。


“昨日見た夢がコイツのものだとすると、怪異との戦いならある意味俺より専門家だろうしな。今回の仕事のキーマンになることは間違いないだろうし、お手並み拝見とさせてもらおうか”


 異世界「トヨノハラ」という異世界で妖怪退治をやり続けてきたであろう、彼の力ならきっと問題なくその力を発揮するだろう。


 あくまで結人自身は人間を専門とした暗殺者。結果的にある程度の怪異を問題なく殺すことが出来るのであって、怪異を殺すことに長けているわけじゃないと自己分析している。……それはそれで間違ってはいないし、間違ってもいるのだが。


「ここからちょっと離れた位置にその例の基点があります。そこが怪異の発生源になっているそうですので、なるべく周囲を抑えましょう」

「ちょっとってもう目と鼻の先じゃないか。これでよく襲撃されなかったもんだ」


環菜の言う「ちょっとの位置」にあるという基点は公則の自宅から200mの場所にあった。これではもはや近所というレベルだし今まで襲撃されなかったのが不思議だった。


そう考えながらその霊脈の基点に徒歩で歩いていく。


「ここがその基点よ。……どうやら、思っていた以上に深刻な事になっているみたいですが」


場所は少し開けた山道の広場。


無人であるはずの広場には、様々な姿の異形たちのたまり場と化していた。


「人間に仇なす存在」「恐ろしいもの」という共通認識から生まれた様々な姿の、物語などに登場するような伝承上の「鬼」。

それを依代によって生まれた、威圧感をまとった様々なスーツ姿の角を生やしたヒトガタがいる。顔は鬼の面被ったようで表情に動きがなく、手には包丁やバット、金槌などといった凶器を手に持っている。


そしてその傍らには動物霊の持つ怨念から形作られたボロボロの首輪や鎖を身につけた獣人のようなモノがいる。


そのような存在たちがまさに群れを成してそこにたむろしていた。


「こいつは中々にえげつないな。半分以上受肉しかけている。弦木、結界を張れるか?」

「言われずとも、既に張ってあります。2人は私がここの霊脈の基点を浄化するまで援護してください」


そう言うと、環菜は懐から護符のようなものを取り出し、それを結人と頼孝に渡す。


「何が起きるかわかりませんので、魔除けの護符を渡します。唐突な呪詛攻撃を防いでくれます」

「ああ。これは良いな。多々見、とりあえずこいつらを殲滅するぞ」

「OK! いっちょやりますか!」


環菜は浄化の準備を。結人と頼孝はそれぞれ戦闘態勢を取り、怪異たちの群れへと立ち向かっていく。


ーーーーーーその様子を見る、一匹の犬の視線に気づかないまま。

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