第8話「記録:トヨノハラ退魔伝説・上巻」

 ――――――――夢を見た。


 それは自分の記憶ではなく、名前も知らない、または近くにいて遠い誰かの夢だった。


 ガラスの欠片のようになった情報の断片を、糸と糸で繋ぎ合わせてカタチにしていき、視界を埋めていく。


 その断片から構成されて一冊の本のようになった、そんな誰かの夢を自分はまるで読書でもするかのように、本のページをめくる。


 タイトルは擦れて読めないが、ページをめくる度に本の中の記述が情報の波と共に押し寄せてくる。文字通り吸い込まれていくかのように、自分読む見る


 あらすじは、とあるどこにでもいるような少年。または、とある異界にてその魂を跳躍させ、転生せしめた英雄。


 その人生物語を当事者のように自分俯瞰ふかんするのだった。



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 報告:■■■による、■■■構成要因「多々見ただみ頼孝よりたか」への事象俯瞰観測を確認。


 質問:■■■による事象俯瞰観測による■■深度■■の危険の有無。


 報告:現時点ではなし。観測対象「多々見頼孝」の観測ランクD-との測定。この■■への影響は皆無。

 結論:■■■構成要因としての「多々見頼孝」の観測は引き続き続行。

コード・999発動。事象俯瞰観測発生により、■■■への監視・観測・記録を正式に開始。

以上。



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 少年は特にこれといった特別な家柄とか、そういうのではない、ごく普通の一般家庭に生まれた。強いて言うなら少年漫画の主人公にちょっとした子供じみた憧れから、小学生の頃に剣道部に入部していたことぐらいだった。


 剣道部での腕前はそれなりあって、全国大会に出場した経験もあって、その流れで合気道を習ったりもしていたりと武道を主に経験していた。


 しかしそんな武道に打ち込んでも中学校卒業を前にふと、自分の進路相談を親としたことがきっかけで自分の人生というものを真剣に思い悩むようにもなった。

 部活動に打ち込んだとはいえ、元々が漫画の主人公に憧れただけでそれで将来は剣道の選手になりたいという目的があったわけではない。だけど大きな目標があったわけでもない。


 それではダメだと、自分なりに考えながら剣道部の帰路についていた時、彼に大きな転機が訪れる。


『危ない!! 避けろぉ!!』


『――――――へっ?』


 突然の大人の大きな声に反応して変な声を漏らし、気が付くと目の前に猛スピードで走ってくるバイクとぶつかって、そのまま意識と視界が反転した。


“あ。これ死んだかも”


 あまりにも突然すぎたからか、痛みを感じる前に視界が途切れてしまったからか、自分でもどうかと思うほどにあっさりと悟った。


“……ないなぁ”


 たった14年という、短い人生の終わりが今時微塵も流行らない暴走族による爆走に巻き込まれての死なんて、ホントにないなぁと消えゆく自分の意識を感じながら、眠りについた。






 ◇◆◇





『――――――へっ?』


 目が覚めた時、彼はまたも変な声を出した。だが自分の口は非常に甲高く、そしてどこか記憶が朧気になっていた。


『お生まれになられました! お館様! 奥方様! 元気な男子おのこにございます!』

『おぉぉぉ……! 遂に生まれたか! どれ、顔を見せるがよい!』


 その次に入って来た情報は全く知らない誰かの声。日本語によく似ているが、微妙にニュアンスがおかしいような。


“なに? なに? 何がどうなっているんだ!?”


 体が思うように動かないし、声も上手く出せない。まるで喉がつっかえていて声が出ないかのようで、何も伝えられない。


『どれどれ……。おお、なんと愛らしい! 初めましてだな! 我が子よ!』


“はぁ!!?”


 軽々と、知らない和装の男に持ちあげられて心の底から動揺する。


 そして、一瞬で自分の状況を理解した。


 自分は異世界に転生してしまったのだと。






 自分が生まれた家はいわゆる武士の家だった。それも世に蔓延る魑魅魍魎ちみもうりょうから人々の住まう人界守護の任を請け負う、由緒正しき家に転生したらしい。


 そして自分に与えられた幼名が「吉祥丸きっしょうまる」という名前で、なんでも学問か知恵の神様?からとったありがたい由来の名前だった。


 前世……現代日本で暮らしていた頃はなんとなく古文とか得意だったこともあって、何とか古めかしい言葉を聞きとることが出来た。そのおかげで周囲には「神童」だとかなんとか言われたが。


 どうして異世界に転生したのか、そもそもなぜこうなったとか、知りたいと思うことや気になることがあまりにも多すぎてわけがわからなかったが、一つだけわかることがある。


“……意味がわからないのなら探せばいい。もしかしたら、自分がこうやって転生した理由とかわかるはずだ”


 元々考え事自体得意ではなかったことが幸いしてか、それとも考えなしだっただけなのかわからないが、「わからないことがあればすぐに行動に移す」という前世からの性分のおかげでパニックになることも、自分の転生理由について特に大きな苦悩をすることはなかった。


 だからまず目の前の問題……自分が生まれた家で、そして転生したこの世界で、自分に出来ることを精一杯やり遂げると心に決めたのだった。





 決心した日から始めた事はまず転生した異世界についてよく知ることだった。


 自分が転生した異世界は「トヨノハラ」という、全体的に平安時代とか大正時代とか、色んな要素が入り混じった日本のような異世界だった。


 だが「トヨノハラ」は「妖怪」と呼ばれる存在たちによって人々の生命が脅かされ、地域によっては完全に支配下に置かれている所もあった。


 自分の家の使命はそんな妖怪の支配下に置かれた地域を奪還し、人々の手に取り戻すこと。そして人々の生活を脅かす妖怪たちを殲滅し、世に安寧をもたらすこと。


 そんな家なので、必然的に強くなることが義務付けられた。それは特別に苦というわけではなかったが、振り返ればそれはとてつもなくしんどい日々だったと今も機能の事のように思い出すことが出来る。

 剣道の時と違って、常に命と隣り合わせのような状況を想定した実戦的な稽古で少しでも油断するようなことがあれば、本当にまた命を落としかねないような。そんな稽古だった。


 だが転生した時の身体は普通の人より強く、腕力とかその他諸々が優れていた。だが元々考え事が苦手でそういったものは前世と同様だったが、武力が物を言うような世界だったこともあって、そこまでは重要ではなかった。


 そして成長し元服した自分は名前を「ライコウ」と改め、それから妖怪討伐の任務を請け負うことになった。そこそこ良い家柄であったこともあって、初陣の時に家宝の退魔の刀を授けられ、戦場に赴くことになった。


 だけど、この時は何も気づかなかった。いや、そもそも何かがおかしかった。


 転生して、違う肉体をもって生まれ、環境も何もかも違うのに、自分に特別これといった変化は感じられなかった。


 ―――――――――それが、であることを知るのは、まだ先の話だった。





 ―――――栞が挟まれる。本が閉じられて本棚の中へ。

 引き戻される。観測読書の時間はここまで。

 書斎記憶の扉を開けて、現実へとお帰り夢から覚める

 ―――――今宵はここまで。






 ◇◆◇






「今のは……?」


 目が覚め布団の中から出てきた結人は、そんな声を漏らした。


 夢の中で、自分のものとは全く関係のない誰かの夢を見ていた気がした。

 どこか鮮明で、まるで他人の人生を一冊の本、もしくは映画を視るかのように俯瞰して見ていて、理解のしがたいものであった。


「……」


 もしやと思い、自分の隣でまだ寝ている頼孝を見る。


 犬立区いぬたちくで起きている事件の協力者である江取えとり公則きみのりが自宅を拠点として提供してくれたほか、衣食住まで提供してもらった。


 だが住まいに関しては別宅……もとい公則が万が一の時に備えて用意していた古民家を使用してもらうことになった。そこは環菜かんなの提案であり、弦木家の使用する魔術と江取家の相性の悪さもあって、その影響を受けにくい古民家を借りることになった。かつての持ち主は病気で亡くなってしまい、家族もいなかったためそのまま公則が預かっていたらしい。


 そこを環菜が古民家を一時的な拠点として使用するために改造を施し、今となっては環菜のアレンジやらなにやら仕込まれた一種の不可視の要塞と化している。


 寝たのはその時の作業後。魔術込みの肉体労働をしていたこともあって、結人は疲れ切って寝てしまった。


“あれは……。コイツの夢……いや、異世界にいた頃の記憶か?”


 冷静に分析し、見た記憶を整理する。


 バイクとの交通事故で意識不明になった時、恐らく彼はその魂が異世界「トヨノハラ」とやらに飛んで、そこの現地人、退魔の武士「ライコウ」に転生した。


 そこでも様々な稽古と訓練を重ねて成人・元服してから、妖怪討伐の日々を送っていたということなのだろうと考えた。


「だが、夢にしては、妙に機械的な終わり方をしたような……。いや、考えてもしょうがないか」


 まるで本を手に取って読むような、そんな感じの夢の見方をした気がしたが、今それを考えてもしょうがないと考え、結人は布団から出るのだった。

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