第9話「鋼糸と黄金剣ー2」
クリュサ・オルゴンの総極「
かつて彼が異世界「イーディセア」に転生した際に得た殺した魔獣の性質・因子・情報を取り込んで力とする「
だが、この
そしてこの総極を使うということは本来人間であるクリュサ自身も魔獣の性質に近づくことを意味し、基礎的な身体能力の向上などといった恩恵を受けることを可能とする。彼が右腕を黄金の剣に変えるなどした自己改造を行うことが出来る能力はこれに由来しているのだ。
「■■■■■―――――!!」
異形の兵士たちは右腕の黄金の剣を振りかざし、結人へと襲い掛かる。
人型であるが、基本的には人工生物なせいかどこかぎこちない。だがその様子が不気味で人間や一部の動物であれば「ありえない生物が嫌な動き方をしている」と感じて恐怖感を覚えるだろう。
「シンプルにキモイよ、お前ら」
そのように吐き捨て、結人は手に持った詠唱込みで作った糸を束ねて作った「
元々が鋼並みの強度を持つ糸から作られたその鞭による攻撃は鋼鉄のワイヤーロープと同等であり、その一撃を食らった使い魔たちは骨と体を構成する黄金の外骨格が粉砕される音を立てながら地面に転がる。
その破壊力は地面を打つだけで抉り砕き、その破片すらもダメージとなるほどであり、一本で20kgを超えるそれらを軽々と振り回す結人の膂力も尋常ではない。
そんな結人を攻撃するのは使い魔だけではない。
「くそ、面倒くさいな」
界域内の地面から出現させた触手たちが結人を狙って串刺しにしようとしてくるため、その対処もしなければならない。そこに召喚される使い魔たちが攻撃を仕掛けて来るので、多勢に無勢の状態になる。
いくら鋼鉄に等しい強度の鞭を振るっているとはいえ、これでは埒が明かない。
「このまま我が兵団で押しつぶしてくれる!」
更に対処している所にクリュサによる攻撃がやってくる。
右腕の黄金剣が振るわれるが、それを直感と純粋な身体能力だけで避け続け、そこから更に周囲の使い魔や触手たちを薙ぎ払う。
「お前の
クリュサは結人の術を見破ったと言わんばかりに喋りながら、攻撃を仕掛ける。
魔術を使う者同士の戦闘において、相手の術を看破するというのは基本中の基本だ。己の手の内を明かすことは自らの敗北・死にも繋がることが多いため、周囲に秘匿することが多く、自ら明かすことは基本的にない。そもそもメリットがないからだ。
そのため魔術戦で相手の術を看破するということは、魔術戦の駆け引きにおいて重要な要素であり定石なのである。
「我の体は黄金で覆われているゆえ、貴様の貧弱な糸では貫くことも出来ん。その鞭もこの体には通じやしない!」
そう叫び、結人の空いた腹に黄金剣を突き出す。
界域を展開した術者のクリュサだけではなく、使い魔や触手への対応で手いっぱいになっていた結人は防御が疎かになっており、この時点で既に防御する術はなかった。仮に防御に入ろうとしても間に合わない。
“これで終いだ!”
クリュサは己の勝利を確信する。
「―――――なに!?」
だが―――――黄金剣が結人を貫くことなく、金属板にぶつかるような甲高い音を立てて止まり、クリュサは驚愕する。
「そりゃあ、殺し合いにもなるだろう時に対策の一つや二つはして然るべきだろ?」
黄金剣が突き立てられた学ランの下には、腹巻のように何重にも糸が巻かれていた。それが防具の代わりとなって黄金剣による刺突を防いでいたのだ。
「
防御手段としての魔力障壁をまだ会得していない結人にとって、「糸束鉄甲」は数少ない自前の防御手段なのである。
「ふんっ!」
「ぐぅ!? だが、これしきでは我は倒れん!」
前蹴りでクリュサを蹴り飛ばしたが、彼は少し怯むだけですぐに触手や使い魔たちを操って攻撃が行われる。それを結人は「白剛鞭」を振るい、地面などを砕き薙ぎ払うを繰り返す。
“なるほど。ここは元よりコイツの
考察をしつつ、触手と使い魔をけしかけては攻撃をしてくるというクリュサの攻撃の仕方を観察・分析し、用意していた打開策を実行に移す。
今までそれをしなかったのは、いつかその時が来るだろうと考えていたからであり、迎撃のみを繰り返し致命傷を与えるようなことをしなかったのは、あくまで彼を生け捕りにするという環菜からのオーダーに応えるため。
「うっ……!?」
心臓が弾けるような感覚と共にクリュサは左手で胸を抑えて、地面に膝をついてしまう。
それと同時に周囲に出現していた触手と使い魔が目に見えるほどに減り始め、同時に周囲に展開されているクリュサの「界域」にノイズのようなものが走り出して空間が揺れ、地震が起きたかのように地面が揺れる。
「そりゃそうだろ。大量に魔力消費する大技を繰り出しておきながら、目の前の獲物を狩れないまま展開し続けていたら膨大な魔力消費の反動が来るに決まっているじゃないか。コスト管理が下手くそだな」
「ぐぁぁぁ!?」
結人はそう言うと、手に持っていた「白剛鞭」を振るい、動きの鈍った触手と殴り飛ばし、彼の目の前に「白剛鞭」を投げつける。
「
「うっ!?」
「白剛鞭」に込められた「固定」の術式を解体する。クリュサの目の前に投げられた「白剛鞭」が、元の糸に戻り、生きているかのように彼を捕らえ、動けないようにする。
結人の出す糸はあくまで彼自身の肉体……タンパク質と血液と魔力を素材にして作られたものであり、それを構成する術式を遠隔で解くなど容易い。
「収束・圧縮・回転・編まれる
詠唱と共に合掌すると、魔力が湧き上がり、手のひらをゆらりと開く。
開かれた両手の間に、手のひらから出てきた糸が細かく収束・圧縮され、中で魔力と糸が激しく渦巻く球体を作り上げる。
“なんだ、あの糸で作られた球体は!? あれだけの大きさで内部に込められている魔力が尋常じゃない!”
糸を引き剥がそうとしているクリュサは結人の手のひらで作られている糸の玉を見て戦慄した。
テニスボールと同じかそれ以上の大きさのそれは、魔力が可視化されるほどの密度と質量が込められていることがわかり、その脅威性を認識させる。
“まずい! アレをまともに受けたら―――――!”
「あの糸の玉を受けたら死ぬ」という、明確な死のイメージが見え、クリュサは「界域」内の触手や使い魔を召喚する術式を停止させ、残りの魔力を自身の身体強化に回すことにし、糸による拘束からの脱出を試みる。
「
結人は眼前に圧縮した糸の玉を浮かべーーーーーー
「
力強く両手を突き出し、その糸の玉打ち飛ばす―――――!
「!! クソ!!」
瞬間、クリュサは糸の拘束を逃れるが回避が間に合わないと判断し、右腕の黄金剣を前に突き出して、防御魔術である魔力障壁を眼前に展開する。
だが、その判断さえも誤りとなった。
「え―――――?」
その誤りを、一瞬彼は受け止められなかった。
なぜなら、結人の放った「渦巻斬・飛燕の段」が魔力障壁をいとも簡単に砕き、右腕を肩口から、黄金剣ごと抉り飛ばし、その余波によって地肌を覆っていた黄金の鎧諸共砕いたのだから。
「あああッ―――――。あぁっ、がぁぁぁぁぁ!!」
肩口まで抉り飛ばされ、右半身を一部ズタズタにされたクリュサの絶叫と共に、展開されていた「界域」はガラスが砕けたかのような音と眩しい光と共に崩れ、元の市民体育館の姿に戻るのだった。
おぞましい光景の界域が解除されたことにより、元の市民体育館コートの中央でクリュサが肩口から大量出血させながら絶叫し、のたうち回っていた。
「勝負あり、だな」
そう言いながら、結人はクリュサに近づく。
「ぐぅぅぅぅ……! うぉぉぉぉ!!」
だが、クリュサは最後の力を振り絞るように懐に忍ばせていた
「がっ……!」
だが、結人に銃を手で弾かれ、右ストレートを仮面越しに殴られ、市民体育館の床を転がる。
「く、クソが……!」
殴られた衝撃で、素顔が露わになった彼は怒りと苦痛に端正で整った顔を歪めていた。額には脂汗を浮かべ、荒い息を吐いている。
「往生際が悪いぞ。『界域』が解除され、そんなおもちゃに頼るようになったらもう魔力もないんだろ。これ以上の抵抗はもう無意味。降参した方がお前のためになると思うんだけど?」
結人はそう言いながら、クリュサが使おうとした
魔術の奥義である
それが意味するのは完全に詰み。
仮にクリュサに魔力がまだ残っていたとしても、息が上がっていない結人の相手をするのは実質不可能だと言っても過言ではない。
「葛城! 大丈夫ですか?」
後ろから環菜たちが戻って来た。
「こっちは終わった。そっちは?」
「おうよ。あいつらもきちんと倒しておいたぜ。バッチリ拘束済みだ」
上機嫌な頼孝が言った。手には日本刀を持っており、刀身にはゆらりと魔力が宿っている。
“……あの刀を見ると妙な寒気がするのは気のせいか? いや、今はいいか”
頼孝の持つ刀を見ると妙な寒気を感じたのだが、今はそれを気にしている場合じゃないとクリュサに向き直る。
「ここまでです。貴方たちを草薙機関の名の下に拘束させてもらいます」
環菜がそう言うと、封印術が刻まれた護符を取り出した。
「―――――それ以上の狼藉はやめてもらいましょうか」
「!?」
「! 多々見!!」
「おうさ!」
見知らぬ声と近づく殺意に感づいた
環菜の死角になっている方角から飛んできた彼女を狙う飛来物を、結人は束ねた糸で打ち砕き、頼孝は手に持っている刀で叩き落した。
「何者だ! 姿を隠したまま攻撃をするとは卑怯ぞ! 姿を見せよ!」
古風な口調に切り替わった頼孝が隠れて攻撃してきた何者かに対し叫んだ。
「弦木、ケガは?」
「は、はい、ありがとうございます」
“私の探知の結界に引っかからなかった? 葛城君がヤツを倒した後に展開したものとはいえ、簡単に素通りできるものじゃないのですが……”
環菜は結人に礼を言いつつ、意識を切り替えてなぜ自分の結界を素通りしたのかを考察しながら迎撃体制を取る。
「考え事をしている暇はないぞ。よくわからんヤツらが出てきた」
「……!」
結人の声に環菜は顔を上げる。
「流石は我々と同じ『帰還者』……。見事な反射神経と言うべきですね」
市民体育館の中に響く柔らかな青年の声と共に、それは市民体育館の出入り口から姿を現すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます