第8話「鋼糸と黄金剣ー1」

「行くぞ!!」


黄金の右腕から直接生えている剣を携え、クリュサ・オルゴンは全身に身体強化の魔術を使い、一気に距離を詰めようとしてくる。


“まずはコイツの防御力と能力を探るか”


それに相対するは葛城かつらぎ結人ゆいと


異世界での経験から得たことは“相手を知ること”。それを即座に実践するために両腕から両手の魔力回路に通した魔力を指先に集中させ、術式を起動させる。


鋼糸こうし呪法じゅほう細解さいかい!」


試しとして右手の指の5本から糸を出して薙ぎ払うように糸による斬撃を放つ。


「ふんっ!」


クリュサは目の前から飛んでくる糸の斬撃を黄金に覆われた右腕で受けて弾いた。


“―――――固い! 最低でも、俺の糸よりは固いか、あの腕と剣は!”


名前の通り鋼に近い強度を持つ自分の糸より、クリュサの右腕の黄金剣の強度の方が上であるという紛れもない事実を受け止め、結人はアプローチを切り替える。


「おおっ!!」


眼前に迫りくるクリュサは右腕の黄金剣を結人に突き付ける。それを上体を逸らして紙一重で避け、蹴りを入れて更に後ろに下がる。


糸束しそく鉄甲てっこう


バック転を三度繰り返し、両手から糸を出して自分の両手両腕にバンデージのように分厚く巻き付け、両腕を交差して防御態勢を取る。


「その程度で我が黄金剣を防げるものか!」


クリュサは再び距離を詰め、結人の両腕ごと両断せんと右腕の黄金剣を振り下ろす。


「なに!?」


だが、黄金剣は結人の両腕を斬り落とせなかった。両腕に巻き付けた糸の手甲が防ぎきり、僅かに血を馴染ませる程度で留まったのだ。


「捉えた!」


結人は黄金剣を弾き、右手の手のひらに糸を集中させる。

5本の指先から収束させるように内側で複雑に絡み合い高速で回転する糸の玉を掌底の要領でクリュサの胴体に叩き込む。


刻輪掌こくりんしょう!!」

「ぐぅぅぅ!?」


胴体に打ち込まれたクリュサはその衝撃に吹き飛ばされ、地面を何度も転がった。


“あの男の糸……! 最初に弾いた時は問題なかったが、まさかまとめて一気にぶつけるなんて芸当が出来るとは。それにこの攻撃はあくまで牽制けんせい。ダメージは大したことはないが、あれ以上の密度と衝撃があったら確実にダメージが通っていた”


クリュサの腹は表面が僅かに削れた程度であったが、衝撃だけは確かに伝わっていた。無傷ではあるがダメージ自体は少し通っている状態だった。

自分の異廻術イデアの都合上、あくまでクリュサは右腕の「黄金剣」の性質と特性に縛られる。だが逆に言えば、その性質を自分に付与することで防御力を上げることが出来るし、結人の「細解さいかい」程度なら防ぐことは容易いだろう。


「―――――纏え」


左手の親指を自分の胸元に突き立て、金属プレートアーマーの下の地肌を黄金で覆った。それにより、露出していた左手の指も黄金に覆われる。


“術で自分の地肌を覆うことで万が一鎧が砕けてもその下を貫けないようにしているのか。見た所、頭部も覆われている可能性が高い上にあの黄金自体が高密度の魔力の塊っていったところ。面倒だな”


結人は冷静に分析をしながら、呼吸を整えて魔力を回す。


仮に今のクリュサに「細解さいかい」を始めとした糸による斬撃をお見舞いしても大したダメージは入らないかもしれない。


「なら、戦法を変えるしかないな。―――――術式ライン解体チェンジ縫合チェンジ接続セット


脳内で浮かべるは糸で出来た線を切り、新たに縫い合わせるイメージ。

短い詠唱を繰り返し、指先の術式刻印に通していた魔力回路の接続を一部切り替え、手のひらに刻まれたまた別の術式刻印に接続する。


詠唱とは、自己暗示の一種であり魔術師の基本にして基礎的な作業工程。そして複雑な魔術工程を省略するための技術でもある。

意味のある言葉で自分のイメージを明確にし、体内に取り込んだ魔素エーテル魔力マナに変換し循環させるパイプラインである架空の神経魔力回路と自らに定義した「術式刻印」をつなぎ合わせることで、初めて神秘は具現化される。


「“収束・結束・無尽の縄・砕くは鋼の城”」


“詠唱! 何をするつもりだ!?”


更なる詠唱。クリュサが詠唱を止めようと眼前にまで距離を詰め、妨害を画策する。


その判断は間違ってはいない。だが、同時に間違いでもある。


拡式かくしき白剛鞭はくごうべん


左手の手のひらから抜き出した白く太い鞭が出現し、それが結人の右手に握られ、フルスイングでクリュサの左側面に叩きつけられたからだ。


「ぐぉぉぉ!?」


まるでトラックの衝撃か、もしくは一つの大きな鉄塊を叩き込まれたかのような凄まじい衝撃をその身に受け、クリュサは結界の端の壁まで吹き飛ばされた。


「ギリギリ間に合ったな」


結人は右手に糸の塊で出来た白く太い鞭を握りなおし、一安心して言った。

詠唱込みでの戦法と術式の切り替えは結人にとっても賭けではあった。詠唱が間に合わなかった場合、自身の糸より硬い黄金剣が自分を両断するであろうことはわかっていたからだ。


結人の使用する鋼糸呪法には2種類存在する。

一つは複数人の戦闘を想定し、魔力消費・出力を抑えつつ手数で攻めることを想定し、両手の指先から糸を出す「縮式しゅくしき」。

もう一つは防御力の高い相手を想定して、より多くの糸を出し、硬度・密度を高めるために手のひらから糸を出す「拡式かくしき」。


状況に応じて使い分けて使いこなし、そしてその局面を見逃さず、最低限のリスクで行う。


それが葛城結人の戦い方。より効率よく、合理的に。より正確に、確実に敵を殺すために5年の年月を経て確立させた彼の戦闘スタイルである。


“あくまで俺の目的はアイツを無力化すること。そのせいで些かやりにくいが、そこはオーダー通りにやらないとな”


問題があるとすれば、今回の戦闘は殺すのが目的ではなく、無力化からの生け捕りが目的であること。


結人の戦い方は基本的にはだ。異世界にいた時は破壊工作を始めとした任務が多かったこともあって、生け捕りにするような場面に遭遇していなかったこともあり、慣れていないのである。


「!?」


クリュサを追い詰めようと動いた時、何かが自分に襲い掛かってくるのを感じ、そこから飛んで避ける。


視界の外から襲い掛かってきたのは、先端が剣のようになった触手だった。それも地面から生えているようで、よく見ればその触手には人骨や黄金のようなものが入り混じった異形のものであり、内因結界の中を歩いている時に見たものと似たものだった。


「これで終わったと思うな。ここが我が総極そうごくにて構築した界域かいいき。即ち我が胎の中。このまま貫かれて死ぬがよい」


クリュサは未だに明確なダメージを負っているようには見えず、足取りや歩き方も安定している。


「手数を増やして攻撃するってことか。こんな悪趣味極まりないものがお前の心象なのかと思うと吐き気を催すな。綺麗事を語っておきながらその心の内はこんなものだと言うのなら、本当にロクでもないんだな。お前」


吐き気を催すと言いながらシンプルに不愉快なだけである結人は挑発気味に言った。


「なんとでも言うがいい。我が力はあの御方の掲げる理想を成就させるためのもの。そのためであれば、例え蔑まれようとも構わん。我らを否定するこの世界を変えるために!」


そう語ったクリュサは左手を地面に付くと、そこから魔力を通し始めた。


「これぞ我が世界! かつて魔を食らいて力と成し、たどり着いた研鑽の果て! 汝を贄とし、主の築く新世界への礎と成さん!!」


地面が揺れる。どこからかうめき声のようなものが聞こえる。

やがて地面から生えていたいくつものの異形の触手が寄り集まり、液状になった。それらが粘土のように固まりながらヒト型に形を変えていき、徐々にその姿を明確にする。


「集いて来たれ、我が胎より生まれし兵団! 万魔胎界パンデモニウム黄金神殿ゲリュオーン!!」


クリュサは己の切り札……を行使し、異世界より引き継ぎし神秘を具現化する。


「これは……!」


結人は目の前、いや周囲に現れたそれに驚く。


その姿は、黄金の鎧を肉体の一部のように身を包んだフルフェイスの兜をかぶったヒトの戦士の首のほかに2つの蛇の首が背中から生えていて、下半身も黄金の鱗に覆われた蛇体になっていた。右腕にはクリュサと同じ黄金剣となっており、よく見るといくつもの赤い眼玉がコブのようにまとわりついていた。

そんな怪物が、周囲の地面から数体出現し、結人を取り囲み始める。それだけではなく、他の触手たちが結人という獲物を狙うように蠢いている。


“この結界そのものが決戦術式……。と呼ばれる奥義のようなものか。この内因結界によって作られた領域、いや界域かいいきが、ヤツの奥の手。いよいよヤツは追い詰められていると考えた方がいいかもな”


明らかに危機的状況であるにも関わらず、結人は冷静さを保ちながら、周囲の現況を分析していた。


「こうなったら、いよいよ俺も勢いをつけないとな」


結人の表情が険しくなり、自身に敵意を向ける異形の戦士と触手、そしてクリュサを前にして身構えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る