第6話「異界化した市民体育館」
「なんじゃこりゃ」
結界の中に入った結人たちが目にしたのは、結界内部に広がる異様な空間だった。
外から見ればそこそこ大きな市民体育館が広がっているはずなのに、今結人たちが目の当たりにしている光景はあまりにも異常だった。
空は汚れたキャンパスをぶちまけたかのような、土色の空模様が広がっていて、市民体育館の外装は変わっていないのに、出入口は現代建築のものではない生物……猛獣の口のような形をした入り口になっていた。
「周辺に人除けの結界を張って、市民体育館内部に違うタイプの結界を張っているのかもしれません。恐らく、あちらも一定以上の魔力を持たない人間を弾くように設定されているでしょう。ここまでの規模は初めてみるけど……」
環菜は冷静に焦ることなく、結界内部の状況を冷静に分析する。
「つまり、あの内部に敵が潜んでいる可能性があるというワケか。……っと、噂をすればだな」
市民体育館の入り口から、明らかにガラの悪そうな不良連中6名がずらずらと出てきた。
だがその佇まいと雰囲気は、そこらへんの不良と呼ぶには怪しいと思えるほどに統率がされていた。手に持っているのはバットやバールのような、一般的な凶器とかではなく、日本刀や長剣などといった間違いなく「本物の武器」を手に携えていた。
「おい、あいつらの持っている武器ってガチの武器じゃねえか!」
頼孝がその不良たちの様子を見て言った。
「あれ本物の真剣だな。模造刀とかそういう生半可なものじゃない。ちょうどいい」
結人は目の前に迫ってくる不良たちを前に自ら歩みを進める。
「いけるのですか?」
「問題ない。いい準備運動になる」
環菜の心配をよそに結人は不良たちの前に立ちはだかる。
「おい、お前ら誰だ! こっから先は立ち入り禁止だぞ!」
不良の内一人が右手に日本刀をちらつかせて言った。よく見ると刀身にはぼんやりと霞のような、魔力がこもっている。
一目見れば明らかに常人に対して使用するような代物ではない。日本刀だけではなく、他の不良たちが持っている武器にも魔力が込められており、使うとすれば魔術師や怪異を相手にする時ぐらいでしかない。
「お前ら、聞いておきたいことがあるんだけど。ここら辺でおかしな儀式をやったり商店街で人殺した連中で間違いはないか?」
「ちょっ!? どういう聞き方!?」
そんな結人の聞き方に頼孝は思わずツッコミを入れる。
「……おい、こいつら。草薙機関の連中じゃねえのか?」
「ああ。リーダーの指示だと『草薙機関の連中は見つけたら始末しろ』と言っていたな」
「おい! こいつらぶっ殺せ! 絶対に生かして帰すなよ!」
すると、不良集団は武器を構え始めた。先ほどまでとは違い、明確な殺意と敵意を結人たちに向けている。
「どうやらクロだったみたいだな。こいつら、俺たちを殺す気満々だぞ」
眼前の不良集団たちの殺意や敵意を向けられても結人は眉一つ動かさないまま立っている。
「葛城! オレも―――――」
「待って」
頼孝が前に出ようとした瞬間、環菜が制止する。
「弦木! なんで止める!?」
「彼の要望もあるし、ここはお手並み拝見させてもらいましょう。あの程度の連中に彼が負けるとはとても思えませんが、それでも現在の実力を把握しておくべきでしょう」
「……わかった」
環菜の言葉を聞き、頼孝は後ろに引き下がる。
実力の一端は結人が屋上に来た時にそれは把握している。だが、それだけでは全く足りない。
一触即発状態だったとはいえ、結人から向けられる殺気はとてつもないもので弓矢を引き絞る腕が震えたが、それでも明確に“戦う姿”そのものは見ていない。だから結人自身の現時点での強さがどれほどのものなのかを環菜は計りきれていない。
故に自らの目で見て把握をするべきだと、環菜は考えた。
「改めて言いますけど、殺してはダメですからね」
「わかっている。それぐらい、造作もない」
念押しするように環菜は結人に条件をつける。
殺さずに目の前の敵を倒す。
“面倒くさい注文をつけてくれるな……”
異世界にいた頃は「敵」とわかったモノは殺す。より効率よく、より効果的な手法でどのようにして殺せるかをほとんど休まずに続けてきた日々を昨日の事のように思い出しながら、結人は魔力を全身に巡らせる。
「やっちまえ!!」
不良集団の1人が声を上げると、一斉に襲い掛かる。
「ド素人丸出し。技量もへったくれもないな」
結人はそう言うと、勢いよく踏み込み、不良集団の真ん中にいた男1人の懐に飛び込み低姿勢の状態で体当たりをした。
「うわぁぁぁ!?」
その素早さとトラックに轢かれたかのような衝撃に不良の男1人はぶっ飛ばされた。
「は、早――――、ガッ!?」
「遅ぇ」
目に留まらぬ早さで懐に来た上に仲間1人がぶっ飛ばされたことに焦った不良集団の1人が右フックを側頭部に叩き込まれ、一瞬で意識を刈り取られる。
「このクソ野郎が! 死ねぇ!!」
仲間2人が一気にやられた事に怒りを露わにした不良1人が右手を突き出し、手のひらに魔力を集中させる。
「外付けの術式刻印を使った魔術か。だが判断が遅い」
「がぁぁぁぁ!?」
だが結人は突き出された右手の人差し指と中指と薬指を振り向きざまに左手で逆向きにへし折り、鳩尾に蹴りを一撃叩き込む。
「なんだ、コイツ!」
「怯むな! 取り囲んで一気に術を撃ち込め!」
ほぼ一瞬で3人を戦闘不能にさせられたことに
「まぁ、そう来るよな」
結人は笑みを浮かべると、両手を広げ、両手に集中させた魔力を指先から解放し、何かを発射する。
「
その呪文と共に両手の10本の指先から飛び出したそれは、“糸”だった。
彼の指先から出た糸は魔力を充填していた3人の持つ刀や長剣の刀身に絡みつく。
「『
引き絞るように開いた両手を握りこむと、刀や長剣はいとも簡単に切り刻まれたかのようにバラバラにされ、刀身に込められていた魔力は霧散し無力化された。
鋼糸呪法。それは結人が異世界で開花させた術の一つであり、魔力と自身のタンパク質と鉄分で構成される糸で指先などから出すことが出来る能力であり、鋼糸呪法は文字通り呪術に分類される。
魔術と呪術の違いは“何を神秘の具現に使うか”で決まり、魔術は魔力を魔力回路に通し、術式刻印を起動させて術を発動するなどして神秘を具現化させるものであるが、呪術の場合は異なる。
それとは、呪術は魔力だけではなく自分自身の肉体を素材に使うことである。
鋼糸呪法の場合、結人の魔力回路にタンパク質と血液に含まれる鉄分を素材として流し込み、魔力に合成して、一つの糸として放出する。一つの術として成立させるために三種の違うものを一つにして形にするという複雑な術はある程度詠唱を必要とするが、とある事情から結人はこの問題を解決出来ている。
そうして放たれる糸の硬度は文字通り鋼の如し。
「は?」
一瞬にして自分たちの刀や剣の刀身が切り刻まれ、何が起きたのかわからないといったように呆気に取られる。
「ボサっとするな。ノロマが」
そんな男たちに結人は攻勢を仕掛ける。
近くにいた長剣を持っていた男には脳天に拳を打ち込んで昏倒させ、1人には喉に貫手を突き刺して呼吸困難に陥らせ、最後の1人は顎に一撃打ち込んで気絶させた。
一瞬にして6名は戦闘不能になり、地面に転がる屍のようになった。
「ま、ざっとこんなもんか」
結人はまるでゴミ掃除をしたかのような気軽さで言った。彼に倒された男たちは皆白目を向いていて、一部はうめき声を上げながらも気絶していた。
「アイツ、普通に強いじゃん」
頼孝は目の前で起きた戦闘に驚きながら言った。
「流石ですね。これぐらいの敵が倒せるぐらいでなければ困りますが」
同様に結人の戦闘を見ていた環菜は言った。
「このぐらい全然問題ない。それに、こいつらは恐らく外付けの魔術式を使っているだけの半端な魔術師だな」
先ほどの戦闘での状況などから、結人はここで倒した不良たちの様子を見て言った。
「それらも含めて中にいる連中も捕まえないといけないですね。行きましょう。ここからは私と頼孝も戦闘に参加させてもらいます」
「うっし! オレの実力、見せてやるからな」
「俺の足を引っ張るなよ。行くぞ」
3人はそのような会話をしながら、異界化している市民体育館の内部へと突入していくのだった。
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