第4話「情報と噂」

「それで? コイツからの情報ってなんなんだよ」


 結人はベンチの上で足を組んで座り込みながら、あからさまに不機嫌という顔と態度で言った。


 その一言は抜き身の刃を思わせる鋭さと冷たさが込められていて、環菜が言っていた協力者である、結人の叔父の葛城かつらぎ解斗かいとに対する最低限の礼儀も何も感じない。


「なぁ、弦木つるき。悪いが先に帰っていいか? 居心地悪いんだよ。伝えようとしていた情報忘れちまいそうだ」


 解斗は露骨に嫌そうな顔をしながら言った。


「何言っているのですか。少しでも情報提供し合うことでこちらの活動を認めてくれるって話でしたよね?」

「それはそれとしてだ! コイツがいるって知っていたら俺が担当やらなくてよかったんだよ。ただでさえ別の案件で忙しいって言うのに、これ以上面倒事は抱え込みたくなんかねえんだよ」

「それは貴方の事情じゃないですか! こっちの活動を認めてもらうために私は実家とか色々な所を通して機関の方にも掛け合ったりしたのですよ? 今更お断りするとか冗談じゃありません!」


 環菜は解斗の身勝手な言葉に反論した。


 彼女は輪祢町りんねちょうに根差した魔術師の家系であるが、個人的な事情から個人としての力はそこまで強いわけではない。そのため草薙機関へのパイプも細く、独自に行動をするにしても機関の許可と調整がなければ出来ない。


 一般社会に魔術師の存在は公にされておらず、神秘に携わる者として一般社会の裏側で暗躍し、密かに治安維持を務める「防人さきもり」としての役目を持っていながらもそれは例外ではない。無闇な魔術や神秘の行使は多くの人々を「常人には理解できない恐怖」に駆り立ててしまい、混乱を招く。


 故に日本の魔術世界を取り仕切る「草薙機関」は切り離せない関係であると同時に環菜が魔術師として活動することが出来る。そうでなければ表の法では裁けないし、裏の法……。それこそ常人には思いつかないような罰則が待ち受けているのだ。


「嫌なものは嫌なんだよ! あのな、お前だって厄介事は嫌だろ? コイツみたいな疫病神と組んだ所で絶対にロクなことにはならねえぞ。とにかく俺は降りる! ただでさえコイツのせいで面倒なことばっかりにしかなっていねえんだ」


 そう吐き捨て、解斗はきびすを返して公園から去っていこうとした。


「あーあ。そういうことを言っちゃっていいんだー?」


 その姿を見た解斗に対して、結人はそんなことを口にした。


「はぁ? お前、なに言っていやがるんだ」

「まぁ、帰るなら帰っていいよ。アンタからすれば俺は疫病神以外なにものでもないだろうしな。だが、弦木との約束は守ったらどうなんだ?」

「うるせえ。お前が関わっているなら関係ねえよ! 俺は金輪際お前に関わりたくねえんだ。厄病神が移る!」


 そう吐き捨て、解斗は駆け足気味に出ていこうとした。


「そう言えば5日前ぐらいにさ、奥さんとは無関係のはずの3人の女性と繁華街のホテルから出てきたり、警察の知り合いに口止めしたりしていた親戚を見たんだけど、誰なんだろうな? いやぁ、キッショいなぁ」

「!? お、お前……!! あっ……」


 結人の突拍子のない言葉に解斗は条件反射的に反応した。だが、その反応で結人の表情が変わった所を見て、自爆してしまったことを悟る。


「いやー。イイ年して、不相応な愛人を3人も抱え込んでいるとは恐れ入ったよ。ハーレムってヤツ? 確かその内1人は既婚者だったっけ? 普段は警察官を名乗っていながら、恥じ知らずの公務員がいたもんだ」

「……ッ!」


 そうつらつらと語る結人の言葉に解斗は冷や汗を浮かべながら体を震わせていた。完全に図星だった。


「……最低ですね」

「いやぁ、クズな大人ってやっぱどの世界にでもいるもんなんだなー」


 環菜は侮蔑を込めた目を向け、頼孝よりたかは呆れ果てた表情をしながら棒読みなコメントを出す。


「っとまぁ、そんな家庭持ちエージェントの不倫事情は置いといて。それで、どうする? 協力するかしないのかはそっちが決められるわけなんだが。帰った瞬間、人生の最終決戦がいつの日か決まってしまうわけなんだけど」


 結人は黒い笑顔を貼り付けながら言った。


 遠回しながら、ここで解斗が帰った瞬間、彼の数々の不貞行為が自分の家庭どころか相手の家にまで知られてしまうだろう。そうなれば解斗自身は家庭崩壊だけでは済まない。


「この、クソガキが……! 少しでも同情して手を差し伸べた俺がバカだったよ……!」


 ギリギリと鬼のような怒りに満ちた形相を浮かべながら結人を睨みつけて解斗は逆切れした。


「それは残念だったな。そもそも家庭持ちのクセに人妻に手を出したりするクズが悪い。どちらにせよ、アンタに選択肢はねえだろ?」


 心の無い罵倒を受けながらも、まるでそよ風を受けたかのように結人は表情を変えずに言った。


「クソが……!」


 舌打ちと共に悪態をつきながら、解斗は結人たちの前に戻った。






 ◇◆◇





 環菜が事前に公園に仕込んでいた結界でやり取りが外に漏れないようにし、そこでようやく本命の情報提供が行われることになった。


「……それで、機関の方でも調査を続けているが人手不足なこともあって十分な情報が入ってきていないってことなのですか?」


 環菜が解斗に言った。


「ああ。というのも、魔術関係の事件が例年と比べると増えてきているというのが実情なんだよ。この街だけじゃなく、関西や北陸の方でも起き始めているし、中には表に報道されかねない事が起き始めた。隠蔽ギリギリの事件もあった。機関に協力してもらっている『帰還者』がいなかったら本気でヤバかった」

「隠蔽ギリギリの事件……。確か、盛岡の都市部で起きたって言っていましたね。犯人は捕まったのですか?」

「いや、犯人は捕まっていない。現地で対応に当たったエージェントと『帰還者』曰く、姿を確認する前にものすごい手際の良さで姿を消したらしい。おかげで犯人の情報はゼロ。それはここで起きている事件も同じだ」


 解斗の言葉の通りだと、輪祢町で起きている事件は氷山の一角でしかなく、日本各地でも同様に魔術に関係する事件が起きているらしい。

 それも自分たちの姿を見られたりする前に即座に姿を消し、現地で対応していた魔術師たちの能力を上回る被害を出しかけたというのはただ事じゃない。


「だが、情報が全くないわけじゃない。ここ最近、輪祢町で集団になって集まっている半グレ連中がいる。その連中の中にこっちが把握していない魔術師たちが絡んでいると言われているんだ。確定情報ではないが、俺はそいつらが怪しいと見ている」

「半グレ集団か……。そういや、ネットとかで噂になっていたんだが、ここ最近羽振りがいいとかなんとか言っている連中がいたな」


 ネットでの噂とやらを口にする頼孝。羽振りがいいということは結構金遣いが荒く、そこそこ有名な連中なのかもしれない。


「多々見、そいつらのこと知っているのか?」

「いや、別にどういう奴らなのかまではわからない。オレも噂ぐらいしか聞いたことないんだが、そいつらは自警団を名乗っているらしい」

「! その話なら聞いたことがあります」


 頼孝の言葉に環菜が反応した。


「弦木もそいつらのことで何か知っているの?」

「はい。以前から、町に突然現れる怪異を見つけては倒して治安を守っている魔術師の集団がいるって聞いていたのです。私は別件があったから調査出来ていなかったから最低限のメンバーしかマーク出来ていなかったのです。だから、例の半グレ集団と結びつかなくて」

「あー。確かにそれなら話が繋がるな。だとすると、表向きは半グレ集団で実際には魔術師によって構成された自警団といった方が妥当って所か」


 解斗、環菜、頼孝の持つ情報がそれぞれ繋がって一つの仮説にたどり着いた。


 輪祢町で密かに活動している魔術師による自警団。それが表向きは半グレ集団として活動しているという。


「質問だが、いいか? その自警団連中が今最近起きている事件の犯人の可能性が高い根拠とかあるのか?」


 結人が挙手して質問した。


「情報をすり合わせて考えるとありますね。草薙機関はこの国の魔術師を取り仕切る組織なのはわかりますね? だから、この国で魔術師として活動するには機関に登録しておかないといけません。機関に登録していない魔術師は目をつけられるし、魔術師としての活動も認められない。活動したら必ず機関の方にも活動実態を報告したりしないといけない。好き勝手していいわけじゃないのです」

「つまり、その自警団を名乗る連中が野良の魔術師で違法活動をやっている可能性が高いというわけか。なるほど、合点がいく。やましいことがあるから機関に登録しないで潜伏して活動していると言われたら納得いくな」


 環菜の説明に結人は納得する。


 草薙機関に限らず、多くの魔術組織は活動する際にはその地域に根差した魔術組織に登録しておかなければならず、正式に許可を得ないといけない。特に日本は島国という特性上、明確な行動範囲があって、神秘に関する事柄には厳しい。


 そのこともあって、草薙機関は西洋の魔術世界において最も厳しいと言われている。排他的と言えば聞こえは悪いのかもしれないが、日本には独特の習慣と風習が残されていることもあり、そのような処置と戒律を守らなければならないのである。


 結人自身も深く草薙機関に関わっているわけではないが、自身が異世界から帰ってきて身の振り方を考える際に教わったことなので深く理解はしている。


「それなら話は簡単だな。その連中を捕まえて話を聞き、無実なら問題はないが、犯人なら殺してしまえばいいわけだな」

「殺すのは今のところなしです。今の段階だと会っていきなり殺したりするのは愚策。そいつ以外の組織がいるのかどうかも見つけ出さないといけないのですから」

「おいおい、そんな甘いこと考えているのか。こういう連中はしらみ潰しに殺しておいた方が余計な問題事を起こさずに済むだろ」

「……だとしても、ここは地球ですよ。異世界の話じゃありませんから」


 結人の言葉に表情を少し歪めながらも環菜は毅然とそう言った。


「はぁ……。そんな甘いこと言っていると、後で足元すくわれるぞ。まぁ俺も、お前らに手を貸すと言った身だ。お前の方針には一応従う。だが、最悪の場合はキチンと考えてくれよ?」

「わかっています。同意してくれるなら、私はそれでいいです」


 やれやれと言いながら、結人は同意した。


「なに、オレだって結構強いんだぞ。殺し合いにならなければそれでオールオーケーじゃんか。あっちの世界じゃ、英雄って言われていたオレなんだ。まぁ、流石にちょっと弱くなっちまったけど、問題はなし。やってやろうじゃんよ!」

「おいおい、いきなり肩組むな」


 頼孝が笑いながら肩を組むが、結人は微妙そうな表情をした。


「とりあえず俺が出せる情報はこれまでだ。なにかわかれば連絡してくれ」

「はい。ありがとうございます」


 解斗はそう言うと、公園から去っていった。


「というわけで、今回の目標は決まりましたね? 例の自警団を称する集団を探しだして、その正体を探る。私たち、特殊調査活動部の初めての活動です!」

「おう! これで事件の犯人を見つけて捕まえようぜ!」

「……そうだな」


 キリッとした顔でそう告げる環菜と気合に満ちる頼孝だったが、結人はあまり乗り気ではなさそうだった。

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