第2話「特殊調査活動部」

 屋上から出ていった結人ゆいとは、2人の生徒に誘われるままに校舎の3階の端っこにある空き教室に連れてこられる。


 鍵はどういうわけか開いたままになっていて、あっさりと開けられて中に案内される。


「ようこそ、オレたちの秘密基地へ! ほら、そこ座りな!」


 男子から空き教室内に置かれていた椅子を誘われ、そこに腰掛けた。彼と弦木と呼ばれた女子生徒も椅子に座る。


「あー。そろそろワケを説明してくれないか? 俺としては、いきなり破壊力のお高めな和弓を顔面に撃ち込まれかけているのだが」


 頭を弓矢で撃ち抜かれかけた結人からすれば、まずこの空き教室に連れてこられたことやなぜ殺されかけた理由も説明してほしいと言った。


 命を狙われる理由に心当たりがないわけではないが、本気で殺すつもりなら自分の抵抗の意思を問うたりするのはおかしいと思っていたし、何よりも中途半端な殺気を向けられてはこっちも対応に困るというもの。


「それについては謝罪します。ごめんなさい。……改めて自己紹介しますね。私は弦木つるき環菜かんな。1年A組在籍でここ『特殊調査活動部』の部長を務めている魔術師です」


 女子、弦木環菜はそう言って頭を下げ、簡潔に自己紹介した。


「オレは多々見ただみ頼孝よりたか! 同じく1年A組! お前さんと同じ異世界からの『帰還者』だ! よろしく!」


 次に男子、多々見頼孝が自己紹介した。学ランのブレザーの下に日本刀の意匠が入ったシャツを着ていて、体つきも非常にしっかりしているのが見えた。


 2人とも方向性は違えど体育会系の体つきをしていると結人は冷静に分析した。敵を知り、己を知ればという考え方であり異世界でも初対面の相手を最初は分析したりしていたことを思い出す。


「さっき撃ったのは、貴方を試すためでした。それと屋上に行く途中に仕掛けた結界の術者は私です。アレも貴方の素性……もとい貴方がなのかを試すために仕掛けたもの。乱暴なやり方だったのは、認めます」

「だったじゃなくて、ガチで乱暴極まりないからな? 俺じゃなかったら多分死んでいるぞ?」


 環菜は頭を深く下げて詫びる彼女にツッコミを入れる結人。


「……まぁいい。それで? さっき、勧誘がどうたらと言っていたが、そういうことは俺の事を知っているってことなのか? というか、なぜ俺のこと知っている?」


 結人は環菜たちに聞いた。


 今日初登校したばかりである結人は環菜や頼孝とは面識もないし聞いたこともなかった。だが、環菜と頼孝の方は先ほどの屋上でのやり取りから結人のことを知っているようだった。


 理由がなければ「勧誘」と称した出会いがしらに和弓一射なんて暴挙には出ないと思うとして探りを入れる。


「それについて、まずは私のことから説明しないといけません。まず、私は『防人さきもり』……この町を外敵などから守る魔術師です。聞いたことありませんか?」

「『防人』? それ福岡のアレじゃないのか?」

「間違ってはいないけど、そっちじゃないです。日本における魔術組織『草薙くさなぎ機関きかん』に所属し、その地域守護の任を請け負った魔術師。それをこの国では『防人』と呼んでいるのです』

「草薙機関……。チッ、あの連中か。じゃあアイツらから俺のことを聞いたってことなのか?」


 頭を抱えながら結人は忌々しげに言った。


 草薙機関とは、環菜の言う通り日本における魔術組織であり日本の魔術師を取りまとめる組織である。


 結人自身も異世界から帰還して色々あった際、草薙機関で一時世話になっていた時期があり、彼の身内も草薙機関に在籍していて、死亡扱いになっていた結人自身の戸籍を新たに準備するなど根回しなどをしてもらった経緯がある。

 だがそれとは別の要因で結人は嫌っていることもあり、良い印象を抱いていない。


「ええ。貴方のことは、よく調べさせてもらいました。貴方が、異世界からの『帰還者』であることも」

「……へぇ」

「そして……、単刀直入に言います。私たちに協力してほしいのです」

「そりゃあ、大きく出たな」


 環菜の口から出た言葉に結人は目を細める。


「ここ最近頻発している殺人事件や不可解な事件のことは知っていますか?」

「ああ。市民体育館の周辺であった原因不明の揺れとか、商店街の路地裏の殺人事件とかは聞いた。その前とかだと、人が急に燃えて死んだとかな」


 今朝学校に来る前にスマホなどで見聞きした事件の数々を思い出す。そのどれもが犯人不明であったり、原因不明だったりと不可解な事件ばかりで悪い意味で印象に残っていた。


「これらの事件は、貴方のように異世界からの『帰還者』たちによって引き起こされた事件なの。ここ数カ月にも表向きには出来ない事件も増えているし、例の2件の事件が表に出てきた時点でだいぶ危険な事態になっているわ」

「随分とハッキリと言い切れるんだな。確証はあるのか?」

「あるわ。貴方が知っているのかどうか知らないけど、魔術を使うと大なり小なり魔力の残滓が残る。異世界帰還者が使う魔術はその原理が特殊だから、その残滓には特徴が残りやすい。解析したら一発でわかるわ」

「ふーん。れっきとした証拠があって言っているわけ」


 魔術を使えばその痕跡が見えない魔力の残滓がその場に残るというのは、魔術師としての常識だ。隠密行動を取るならその痕跡も消さないといけないし、そういうことを異世界で専門的にやっていた結人にとっては基本中の基本だった。


「だが……。その『帰還者』の連中による犯罪が増えてきているのなら、草薙機関そっちで上手く対応すればいいだろう。人手不足なのか?」

「まぁ、身も蓋もない言い方をすればそうね。『帰還者』たちの数は基本的に少ないけど、その力は未知の部分が多い。異世界で手に入れた力は基本的に魔術や能力の原理がこの世界の魔術とは違うし、ムラはあるけど一個人でかなり強いから簡単じゃない。だから、貴方たちのように協力者を求めたりしているの」

「確かに、『帰還者』の連中を相手するのは厄介だろうしな。毒を以て毒を制すってヤツか」

「そういうこと」


 魔術を大きな枠組みで言えば、基本的にその世界の法則ルールに則って自身の体に術式として定義して行使することが基本だ。仕組みや原理が違うとはいえ、結人が飛ばされていた異世界オクネアの魔術師たちも異世界オクネア法則ルールに従って魔術を行使していた。


 結人自身、自分以外の異世界からの「帰還者」のことは知らないし基本的に興味がなく、草薙機関でも必要最低限のこと以外は聞かなかったり無視したり聞き流したりしていたので、詳しく聞いたのは今回が初めてである。


「そんな連中が町でのさばっているから協力してほしいってわけねぇ……。それで俺に何のメリットがある?」


「メリットって……。まさか報酬を要求しているのですか?」

「おかしな話じゃないだろ。アンタは俺に命をかけて鎮圧に協力しろって言っているんだぞ? なら対価をもらうのは当然だろうが」


 結人はじっと睨むように言った。異世界での経験からくるものであり、自分に実益の出ない話には基本的に乗らないからだ。


「いやぁ、オレたちはあくまでこの町を守る有志諸君的な感じで集まっているわけで、報酬を用意しているわけじゃないんだよな……。まぁ、一部の人はそう言うだろうなと思ってはいたけどよ」

「そんなもん知らん。対価のない労働は人類の敵だろ。ボランティアで命のやり取りとか、なにをしても割に合わん」

「だがよ。こうしている間にも、オレたちみたいに力のない人がいつの間にか殺されたりするんだぜ? オレは、それを見てみないフリなんかできねえ。オレの力がそんな理不尽に見舞われる人たちを助けられるのなら、助けないといけないだろ? オレもかつては、そうやって異世界で生きたんだ」

「……」


 頼孝の真剣な表情から出るその言葉に結人は眉間に皺を寄せる。


 彼の言葉に嘘偽りなんてないとわかるし、彼にもそういう信念があるのであろうことは認めている。


 だが、それを生理的に受け付けない。


 かつてそれを語った、昔の仲間はその志を掲げながらも無残にその生を終えた。

 対価を受け取らず、ただ自分の信念や情熱を薪にくべて燃やし尽くした。

 正しく生き、正しく戦い、正しく間違ったその仲間は、結人が知る限り無惨な形でその人生に幕を閉じた。


 だからこそ、結人は「無償の奉仕」というものを嫌悪しているし、聞きたくもないと思っている。


「……ったく、青臭い話だ。イヤなことを思い出させてくれるよ」


 けれどそれは懐かしくもあった。


 彼の全てを否定したわけじゃない。誰よりも無辜むこの人々のためにその人生を捧げた、かつての仲間の姿が、とても眩しかったからこそ、対価なき戦いを嫌悪した。


「わかった。お前たちに協力する。報酬云々とか、今はそういうのはなしだ」


 結人は頭をかきながら言った。


「いいのですか?」


 環菜は結人から返って来た言葉に反射的に声を上げた。


「ただし、そっちはそっちで俺を裏切るような真似をするなよ。その代わり、俺もアンタらを裏切ることはしない。どのみち、他の『帰還者』連中が暴れたりしたら俺の求める平和な日常が遠のきそうだからな」


 ぶっきらぼうながら、結人はそう言った。


 結局は自分の生活が第一とはいえ、彼らの行動を否定したいわけでもない。なら自分の周辺での迷惑行為を止めるぐらいの感覚で結人は承諾することにした。


「当たり前じゃん。仲間を裏切るなんざ、ナンセンスとかそれ以前の問題だし! んじゃ、これで入部決定だな! 弦木!」

「……ええ。これからよろしくお願いします、葛城君」


 結人の入部表明に環菜と頼孝は手を差し出す。


「……よろしく」


 それに対し、結人は手を差し出した。


 久しぶりに触れる地球での同級生の手は、とても温かく感じた。


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