第一章「仮初の縁」

第1話「5年ぶりの学校」

2025年 4月3日 私立開祈かいき学園がくえん


 私立開祈学園は全校生徒数約400人規模の特にこれといった特徴があるわけでもない、ごく普通の私立高校だ。


 入学式は結人ゆいとが来る前に既に終わっている。この時結人は「家庭内事情」という理由で出席していなかった。なので、同級生や先生たちと顔を合わせるのが今日からになる。


「……えっと、とりあえず書類の類の諸々はちゃんと手続き済ませたし、学生寮への荷物の搬入もちゃんと終わったのよね?」


 上級生たちが朝練をしている時間帯に登校してきた結人は自分の在籍するクラスの担任の女性、土狩とがり峰子みねこは仕事用の眼鏡をかけ、結人に渡された書類の数々に目を通しながら言った。


「指示通り、指定寮にはちゃんと荷物も入れたし校長への挨拶も済ませましたよ。どうでもいい長話を聞かされるこっちの身にもなってほしいですが」

「はぁ……。葛城かつらぎ君。気持ちはわかるけど、それ本人の前で言わないでね。あの人、厄介事は全部生徒会とか私たちにぶん回すんだから、余計な面倒事を抱え込みたくないのよ。ただでさえ君も札付きなわけだし、問題を起こされたら私が怒られるんだからね」


 土狩は頭を抱えなら言った。教師にあるまじき言動であるが、結人はそれをスルーする。問題事を基本的に起こさないことは当たり前のことだと理解しているからだ。


「そういうこと生徒の前で口にする時点で教師としてどうかと思いますけどね。面倒事を起こさないのは当たり前でしょう。それにアンタ含めて俺が校長とかに敬意を払う理由なんてないですからね。パワハラが嫌なら、四六時中ボイレコをずっと忍ばせておいたらどうです?」

「君ね……。ここ職員室なんだけど。そういうことを言うのは人がいない時にしてくれないかしら?」


 結人の皮肉に土狩は表情を険しくして言った。

 基本的に面倒事を避ける傾向のある土狩の性格からして、色々と訳アリの結人との相性は悪い。面倒事に絡まれることを拒む結人と土狩は通じ合う所があるが、そこは感性と相性の問題で相成れないのである。


「はいはい。先生の要望通り、模倣的な生徒として振舞うことにしますよ。俺としてはそもそも高校を卒業して卒業認定を受けることが目的なので」

「ホントに大人しくしてちょうだいね。……あぁ、もう。なんで私がこんな問題児を受け持たないといけないのよ……」


 結人はそう言いながら、一人不満を口にして頭を抱える土狩を置いて職員室を出て行った。


 老化に出ると窓から野球部やサッカー部、果ては陸上部が朝から一生懸命に練習をしているのが見える。それぞれ地区の大会が近いそうで、個人差はあれど練習に打ち込んでいる姿は眩しく見える。


 特にすることがないと思いつつ、学校の屋上で時間を潰そうと階段を上がる。HRホームルームまで時間がまだ先なせいか、生徒の数は少ない。勉学に励んでいる生徒は教室の中で教科書を開き、予習復習をしている。中には友人同士で談笑していたり暇つぶしに読書、携帯を弄ってネットサーフィンに講じている姿もあった。


「今時の高校生って、こんなものなのかね。……ん?」


 そう思いながら階段を上がっていると、ふと妙な気配を感じた。


 まるで見えない膜のようなものに触れたような。そんな感覚。服の下の産毛が総毛立ち、懐かしの危機感を抱かせる。


「これは……結界か? いや、それにしてはあまりにも弱い。基点がここにはない以上、校舎の外にあるな」


 階段の壁の方に目を向けると何もなかった所を考えると、結界の基点となる要石が外に設置されている可能性を考慮する。

 外敵を阻むという性質を持たせるなら結界を潜ろうとした者に対して暗示をかけて引き換えさせたりすることも出来るが、コレにはそれがない。だからといって侵入者を排除しようという性質を持っているわけでもない。


 つまりは一切の敵意がないということ。異世界ではその立場上から命を狙われることも多々あった結人からすれば不可解であった。


「念のために用心しておくか」


 敵意がないからといって身構えない理由がないわけじゃない。危機管理に関しては人一倍持っている自信のある結人はそのまま階段を昇っていき、屋上を目指す。


 今の所自分には特別何かをしたというわけでもなし。そう考えつつ、ゴールである屋上への出入り口に手をかけて開く。


「!」


 ―――――だが、出入り口を開いた彼に待っていたのは、眼前に飛び込んでくる一本の弓矢。


 それをスレスレで避け、屋上へと身を投げるように飛び出し、射手を見据える。


「女?」


 自分に矢を放った相手に目を向けると、そこには開祈学園指定のセーラー服に身を包み、亜麻色の髪をポニーテールにして結んだ女子生徒が和弓を構えてこちらを睨んでいた。身長は165cmぐらいあり、可憐な凛々しさを感じる少女で険しい表情をしている。


「両手を上げなさい」


 初対面の女子生徒はどこか殺気だった様相で和弓には既に弓矢が番えられている。やじりは完全に結人の方に向けられており、矢を持つ右手を少しでも離せば瞬時に放たれるであろうこともわかる。


「おいおい、ちょっと待てよ。俺、お前のこと知らないんだけど? あんな外敵除けにもならん結界を仕掛けておいて、どういうつもりなわけだ?」


 自身の“敵”と判断する前に結人は少女に言葉を投げかける。


「聞こえませんでした? 両手を上げなさいと私は言っているのです。抵抗する気がないのなら、すぐにでも両手を上げた方がいいですよ」

「いや意味がわからん。そもそもお前は誰だ? さっきの結界もお前が仕掛けたものか? なぜ俺を殺そうとしていやがる?」

「……」


 理由を探るために結人は言葉を問いかけるが、少女から返答はない。


“間違いなく俺を殺そうとして放ったクセにこの感じはなんだ? なんで、コイツから来る殺気はどこか中途半端なんだ?”


 殺気を向けられていることに間違いはないが、所々が中途半端のように感じ、結人は自分から動く気になれない。仮に明確な殺意を向けられているのなら、先に結人が動いて無力化に動いたのかもしれないが、反対に中途半端なせいでそんな気になれなかった。


「来ないのなら……、強引にでも聞かせてもらおうか?」


 だがこのままでは埒が明かないと結人は自分からアクションを起こそうと考え、体内の魔力回路に魔力を通し、魔力回路に刻んだ術式を起動させようとする。


 魔力回路とは大気中に存在する、星の生命力が漏れた架空物質「魔素エーテル」を取り込んで内側で魔力に変換し、生命力と共に体中に張り巡らせることで神秘を形とする能力「魔術」を行使するために必要なものだ。

 そしてその魔術行使の中でも必要な要素の一つが「術式」。いわばパソコンで言うプログラムのようなもので予め設定・構築した魔術を即時に行使することが出来るようにした仕組み。例えるなら術者のイメージをカタチにして具現化したものと言っても差し支えない。


 だがイメージを具現化するには規模が大きい効果を持つほど、それ相応に術者の才能が求められる。結人は異世界で培ったものとは言えど、魔術師としての才能は平凡より上ぐらいであるが、その使う術式の都合上、魔術師として大成することはない。


“だがギリギリまで動きを待つか。訳を聞かせてもらうまで、下手に刺激するわけにもいかない。なるべく問題事を起こさないことを条件として出されている以上、流血沙汰は避けたい”


 必要のない殺しは結人にとって避けたいこと。少女の動き次第と言いたい所ではあるが、あくまで無力化だけに留めたいと考え、術式に魔力を通す。


 そんな緊張感が朝の学校の屋上に蔓延し、一触即発の事態になっていた―――――。


「ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁぁ!!」


「!?」


 屋上に響き渡る知らない男の声に、結人は驚く。


 すると、屋上出入口から一人の男子生徒が飛び込んできて、弓を番えたままの少女の前に走っていった。


弦木つるき! 今ここで殺し合い紛いのことをしてどうするの! これじゃどっちかがケガするし、勧誘どころじゃないでしょうが! なに考えてんだよ!?」

「だから実力とか含めて試すって言ったじゃないですか。こっちの方が手っ取り早いですし」

「いいワケねえだろ! そもそもコイツ、今日初登校でガチの初対面なんだからな!? 初対面の相手に殺されかけて話し合いになるかっつーの!」


 なにやらどっか軽薄でお調子者な印象のある紫色のクセ毛の男子生徒が弓矢を番えたままの女子生徒に言っている。


「……なんなんだ、一体」


 そこで殺気が途絶えたことを感じ取った結人は呆れつつ、魔力を通すのをやめ、面倒くさそうに両手を上げて抵抗の意思がないことをとりあえず証明するのだった。

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