第10話 謎の儀式を《鳥男子》でやってみるとこうなる。

 すべての準備が整った。


 境内の地面に、大きな丸が描かれ、その中にも複雑な模様が描かれている。魔法陣かな。丸の外側には、五本の棒が地面に突き刺さっていて、先端に手鏡が取り付けられている。


 わたしとトキは、オオタカの指示で、大きな丸のさらに中央に描かれた小さな丸の中に立った。ふたり分の足がやっと置けるスペースで、身体同士が密着する。


 周りから鋭い視線を感じるのは、気のせいかな。


「儀式が可能な時間は、満月が南中になって三分間だけだ。三分以内にすべてを終わらせろ」


 端からオオタカが、腕組みをしながら話をする。

 わたしたちは社のちょうど真上に昇る満月を見つめた。

 カーくんがスマホを見ながら、カウントダウンを始める。


「南中まで、あと十秒。…………三、二、一、ゼロ!」


 南中になった瞬間、月の光が輝きを増したように見えた。


「光を集めろ」

「あいよ!」


 オオタカの指示で、前方に立つミサゴさんが水の入った金魚鉢を高く持ち上げる。太陽にかざした虫眼鏡のように、金魚鉢の水が月光を集め、地面を明るく照らす。


「光を反射させろ」

「うん!」


 カワセミくんが、手にした鏡を集めた光に当てて反射させる。反射した光は、魔法陣の周りに置かれた小さな鏡に当たり、再び反射してを繰り返す。五つの鏡から放たれる光は、わたしとトキを取り囲むように、星の形になった。


「オレはなにをすればいいんだ!?」


 わたしたちの後ろに立っているカーくんが訊いた。なぜか両手に松明たいまつを持って、頭にも火のついた棒がくくりつけられている。


「光を増幅させろ」

「……は?」

「踊れ」


 オオタカが侮蔑するように睨みながら、一言。

 一瞬の沈黙の後、カーくんが叫びながらその場で炎を揺らして飛び跳ねだした。


「てっめぇ! これでななが戻らなかったら、ぶっ飛ばすからなっ!」


 やけくそになりながら、ファイヤーダンスを披露する。


「オオタカ、俺たちはどうすればいい?」


 そばにいるトキが訊いた。

 カーくんのダンスから目をそらして、わたしもオオタカを見る。


「互いのひたいを合わせ、目を閉じろ。あとはなにも考えるな。雑念が入れば、儀式は失敗する」


 わたしとトキはうなずき、向かい合う。トキの身体は背が高いから、わたしは少し膝を折る。わたしの身体は背が低く、トキはかかとを上げて背伸びをする。バランスが崩れてしまいそうで、自然に相手の身体を支えにつかんだ。


 額を当て合い、目を閉じる。あとはなにも考えない……考えない……。


 触れた相手の額は、少し冷たくて気持ちいい。風の音やカーくんの叫びが小さくなって、聞こえるのは、わたしの吐息だろうか、トキの吐息だろうか。触れ合う身体から、温もりと鼓動が伝わってくる。


 心地よい感覚に包まれて、眠るように、意識が途切れ――。


「ん……」


 どちらともなく呟き、目を開ける。


 わたしは、あげていたかかとを降ろした。目の前には、淡い黄色の瞳を持つ、トキの顔。顔を下へ向けて自分の姿を確認すると、セーラー服を着ている。


「なな?」

「トキ?」


 トキの声が聞こえ、再び顔をあげる。互いの名前を呼び、互いの顔を確認する。

 間違いなく、相手はトキで、わたしはななだ。


「「戻ったーっ!」」


 思わずふたりで叫び、抱き合ってしまう。


「ちょっ、ちょっと待て!」


 って、わたしたちだけの世界に入って、周りにみんながいるのを忘れてしまった。

 カーくんが松明を捨てて、こちらへ駆け寄ってくる。トキの身体を押して、わたしたちを離す。


「って、こっちはななだったか? いや、こっちはトキ? 今、どうなってんだ?」


 カーくんはわたしとトキの肩をつかみつつ、あっちを見て、こっちを見て、首を傾げる。


「カーくん! 戻ったよ! わたしがななだよ!」

「マジか!? ほ、本当に、ななだよな……?」


 わたしの言葉に、一瞬顔を明るくしたけど、まだ怪しんでいるみたい。

 すると、トコトコと隣にカワセミくんがやってきた。わたしとトキを交互に見て、不意に森のほうへ指をさす。


「あっ、シマフクロウが鳴いてるよ」


 わたしはとっさに双眼鏡を取り出し、指をさされたほうへ駆け出した。


「あっ、あっちの水たまりにホトケドジョウがいたよ」


 わたしはシマフクロウを探すのに必死だけれども、背後ではトキが駆け出し、神社の脇にできた水たまりをのぞきこんでいるみたい。「どこだ、ドジョウ……。幻のホトケドジョウ……っ!」と興奮した声が聞こえる。


「も、戻ってる……。マジでななだぜーっ!」


 残念ながら、シマフクロウは見つからなかった。がっかりして振り返ると、カーくんが歓喜の声をあげてわたしに飛びついてくる。


「わっ、カーくんやめてよっ!?」


 抱き締められて、恥ずかしい。けど、声を震わせながら「マジで良かったぜー!」って叫んでくれて。カーくんには苦労を掛けちゃったから、まるで自分のことのように喜んでくれる姿に、こっちまで嬉しくなる。


「なな、戻ってよかったね。ボクも、うれしいよ」


 カワセミくんもいつの間にか、わたしの腰に抱きついていた。満面の笑みを見せる可愛い顔に、思わず頬が緩む。


「みんなのおかげだよ。ありがとう!」


 わたしはそう言って、カーくんとカワセミくんの頭を撫でてあげる。

 ふたりは頬を染めて、さらにわたしを強く抱き締めてきた。なかなか離れてくれない。そろそろ動きたいんだけれども……。


「一件落着したみたいやな」


 社の前では、ミサゴさんがこちらを見ながら安心したように微笑んでいた。その隣で、オオタカが腕を組んだまま興味なさげにそっぽを向く。

 隅の水たまりでは、トキがいまだにドジョウを探して、手を突っ込んでいる。そんな小さな水たまりに、ドジョウなんていないと思うんだけれども……。


 こうして、わたしとトキの入れ替わり大騒動は、幕を閉じたのだった。




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