第54話【ここからは後日談】

 ここからは後日談。

 目新しいことなど何もない。

 分かり切った話をするだけだ。


「ミーネ・カラミタが誰かに殺された訳だけど、一体誰が殺したのかな?」


「先に言っておきますけど、十中八九というだけで、ほぼ確定ですが、確定ではないのですよ」


「いつものことだし、分かってるよ」


「恐らくリューゲ・シュヴァルツさんが殺したのでしょうね」


「そうなるように仕組んだから?」


「まあ、そうですね」


 ストラーナは既にわかり切っていることを確認すると、それから、具体的にどのようなことをしたのか、ゼーレに訊ねる。


「大したことはしていませんよ」


 どの口が言っているんだ、と言いたかったが、言えば話が逸れてしまうと思い、黙って続きを待つ。


「人が人を殺すのは良くないことですが、あくまでもそれは、法律と、法律を遵守出来る体制があるからです。そして簡単に人を殺すと自分が損をするように出来ているからです。だから僕は、不必要に殺すことはしませんが、必要に殺すことはします」


 直接手を下す必要があるのならばそうする。その必要がないのであれば、間接的に始末する。


「人は人を簡単に殺さないと言いますが、そんなことないんですよ。僕がちょっと誘導しただけで、簡単に一線を越えるのですから」


「これに関しては、ゼーレくんが凄いだけだと思うけどね」


 常人ならば簡単に越えない一線を、簡単に越えさせる技術に長けていると言えばいいのか──リューゲの場合は、生来の素質があったから、ここまで上手くいったのかもしれないが。


「どんな動機を与えたの?」


「単純なものです。嫉妬という奴ですよ。ジェラシー。悋気りんき。彼がミウリアに好意を抱いていることを利用しました」


 彼がミウリアに、都合よく好意を抱いてくれたので、これは使えると思った。


 恋は盲目であると、己の前世の妹と、前世の実の両親が証明してくれている。


 数ある好意の中で、恋愛感情を抱いていると知ったときは、好機だと感じたのだ。


「ミウリアというキャラクターと、リューゲ・シュヴァルツというキャラクターが、相性が良かったんです」


 恋愛的な相性でも、人間的な相性でもなく、噛み合わないという意味で相性が良いと、彼は言っているのである。


 白々しい──その単語が、彼女の脳裏によぎった。


「彼の嫉妬心を増幅するように仕組み、それが憎しみになるように仕組み、その憎しみがミーネ・カラミタのせいだと思うように誘導し──なんて表現すると大袈裟ですが、まあそんな感じのことをしたのですよ」


 仕組んでも、誘導しても、あくまでもコントロールはしていない。支配下に置くとと、コントロールすることは別だ。


 ゼーレも、ここまで上手くいくとは思っていなかった。ここまで早く、殺してしまうとは思わなかった。


 もう少し時間が掛かるだろうと考えていた。


 こんな風に予測を外すことも、彼が万能ではないことの証左みたいなものだ。


 彼が万能でなくて良かったと同時に、彼がもしも万能な存在だったらどうなっていたのだろうか──と、ストラーナは考えてしまう。


「ニコライ・ドゥナエフさんがミウリアと接触したのも、彼とミウリアが知り合い程度の関係になったことも、何もかもを、ミーネ・カラミタのせいになるよう、頑張りました」


 そのために、リューゲだけでなく、ミウリア、ミーネの思考や行動を誘導した。その三人だけでなく、ユーベルやストラーナなどの思考や行動を誘導した。


「ここまで上手過ぎるほど事が運んだのは──ひとえに、ミウリアの過剰なまでに己をか弱く見せる演技のお陰でもある訳ですし、僕は彼女にお礼の言葉を述べた方が良いのかもしれないですね」


 冗談でも洒落でも皮肉でもなく、虚心でそのような言葉を並べ立てる。


 望外の結果に、言祝ことほぎたいのだろうか。


 お礼の言葉を述べたところで、ミウリアはそれを理解しないだろう。無意識に行っている過剰な演技を、自覚させるような言葉は一切受け付けない仕様になっているから。


 便利であると同時に難儀な仕様だ。


「ぶっちゃけてしまうと、僕の友人達や妹以外なら、リューゲ・シュヴァルツが誰を殺そうが構わないと思っていたのですが、丁度良い人が現れたので。あの人なら死んでも心とか痛みませんし、別にいっかと思って、巻き込むことにしたんですよ」


 誰が死んだところで心が傷まないだろう。

 人の生き死にで痛む心など、彼にはあってないようなものだ。


 妹であるウテナが死ねば、ショックは受けるだろうが、心が痛むほどではない。


 良い奴より、そうではない奴が死んだ方が、物語的な後味は良い──くらいのことは考えているかもしれない。


「丁度良いっていうのは、ムカつく奴だから、殺意を抱かれ易いだろうってこと?」


「それもあるんですけど……それだけじゃないです。他にも理由があります」


「どんな理由があるの?」


壱加いちか彩子あやこって人、いたじゃないですか? ミーネ・カラミタって人、あの人に中身が似ているでしょう? ウテナはアイツのこと嫌いだったし、嫌いなと似た奴が惨めに死んだら嬉しいかなぁって思ったんです」


 壱加彩子はバスの事故で運良く生き延び、半身不随になりながらもいつも通り変わらず今も生きている。ゼーレ達からすれば残念なことに。


 死んで生まれ変わったせいで、その事実を知ることが出来ない訳だが。


「前に、『アイツが惨めったらしく苦しむ姿を見れなくて残念だわ』って、言っていましたし」


 そのような理由で──被害者役に抜擢されたと知ったら、ミーネはどう思うのだろうか。


 きっと憤慨するだろう。

 或いは、理解出来ずに困惑するか。

 もしかすると、ゼーレに裏切られたと思うかもしれない。


 裏切るも何も、最初から彼女の味方でも何でもないのに──敵すらないというのに。


 究極、彼は誰でも良かった。

 誰が死んでも構わなかった。

 事故に遭ったようなものだ。


 口ではあれこれ言っているが、妹以外が死ぬのであれば、それで良かったのだ。強いて言うのであれば、アインツィヒと、ラインハイトには死んで欲しくないと思っていたかもしれない。


 妹にとって、何にも代え難い、特別過ぎる存在である二人には──死んで欲しくないと思っていた筈だ。


 だからあの二人は巻き込まれなかった。

 今回の件に、全くと言っていいほど、巻き込まれることはなかった。


「ミウリアにはユーベルがいるし、アインツィヒにはウテナがいるし、ユーベル、ファルシュ、ウテナ、ストラーナさんは自衛するだろうし、皆は大丈夫だろうとは思っていましたが──僕に関しては自衛していても、危なかったかもしれませんね」


「矛先が自分に向かう可能性が高かったからでしょ? ゼーレくんが直接干渉しないといけない場面もあった以上、避けられないリスクだよね」


 そのリスクを物ともせずに背負えるのが、ゼーレ・アップヘンゲンという男だ。


「今回も傷一つ負うことなく、こうして生き延びた訳ですが、本当に呆気ないですね」


 毎度毎度呆気ない。

 呆気なさ過ぎて、現実味がない。

 自分で起こしたことだと言うのに、本当にこんなことが現実で起きたのかと思ってしまう。


 こんな風に思ってしまったと口にすれば、全員から白々しいと言われてしまうのだろう。本人であるゼーレは、別に白々しいつもりなどないのだが、周囲はそう受け取らないようだ。


「波乱万丈な出来事があって欲しい訳じゃないので、別に構わないんですけどね。何もなくて、それでいいじゃないかと言われれば、そうです」


 口ではそのようなことを言っているが、内心ではどうなのだろう。


 内心では波乱万丈な出来事とやら、実は望んでいるのかもしれない。波乱万丈とはまではいかなくとも──ちょっとしたイレギュラーが発生することは、望んでいたのではないのだろうか。


 予想通り、計画通り、物事が進むよりは、面白いことになるのではないかと──淡い期待していた可能性はある。


 彼も人間なのだから、こんなんでも。


 ぬえ的な彼の胸中など、誰も推し量ることは出来ないだろうが、それでも唯一判ることがある。


 妹に何もなくて良かった──と、これだけは確実に、思っていると断定することが出来る。


 妹──彼にとって、唯一、特別とまではいかないが、決して特別でないということはない存在。


 他のものより優先順位が高い。


 大事にしていると表現出来るほど、大事にしているとは言い難いが、彼なりに丁重に扱っているらしく、妹に対してはある程度配慮をしている。


 生まれ変わっても、ウテナにとって、ゼーレが兄であることに変わりないように、ゼーレにとって、生まれ変わっても、ウテナが妹であることは変わりないのだろう。


「リューゲ・シュヴァルツは、これからどうなるのかしら?」


 もしも、このまま彼が野放し状態になるのであれば、それ相応の対処しなければならない。ミウリアのことを殺しかねないからだ。ミーネのことを焚殺ふんさつしたみたいに、彼女のことを焚殺しかねない。それは困る。


(焚殺はしなくても、デリットみたいに誘拐した上に、監禁する──くらいのことは、するかもしれない)


 もしそうなら、アバトワール病院送りにしなければならないだろう。ダスト・ザ・ダスト。余分な部分は捨てるが、綺麗に解体バラした後、血液と臓器など、売れるモノは売り飛ばさなければ。


「すぐに自白すると思いますよ」


「どうしてそう思うの?」


「証拠があるかどうかは分かりません。なので、逮捕状が出るのかは分かりません。聴取はされると思います。何度も事情を聞かれれば、自白すると思いますよ。ボロが出て。これに関しては、結構な説得力を持って、そうだと言えます」


「理由を聞かせて貰おうじゃないか」


「僕の異能力です」


 ゼーレの異能力、語彙減少シュプラーヘ

 相手の語彙を減少させる異能力で、どのくらい減少するのかは分からない。語彙が少ない人ほど割合が低い傾向にあり、語彙が多い人ほど減少割合が高い傾向がある。


「嘘を吐くには、語彙が必要でしょう? 僕の異能力のせいで語彙が少なくなっている状態で、尚且つ平常心ではないと来れば──長くは誤魔化せないでしょうね」


「地味に凶悪な異能力だよね、それ」


 ウテナ曰く、ファルシュの異能力の次くらいに凶悪な異能力。ファルシュからすれば、一番自分に使われたくない異能力。


 詐欺師からすれば、語彙が半分くらい失うかもしれないのは、それだけで致命的だろう。


 ミウリア以外の人の話を聞かない男であるユーベルからすれば、使われたところで痛くも痒くもないため、一長一短ある。


「いや、ストラーナさんの異能力も大概だと思いますよ……」


 ストラーナの異能力、他者視界クリフォキタグマ

 人の視界を覗ける異能力。

 目を閉じるなどをすれば、一応対処することが出来るが、そうするとこちらの視界が奪われている状態になってしまうため、持っているだけで牽制することが出来る異能力だ。


「個人的には使い勝手の悪い異能力だと思っていますが、人に嘘を吐かせ難くすることには特化していますので、夏炉冬扇かろとうせんというほど使い道がない訳ではないんですよね……。あったら便利だなぁ程度の、大したことない異能ですよ」


 その異能力を有効活用用している人間の台詞である。ウテナがこの場にいれば、白々しいと口にしていただろう。ついでに「私の異能力の方がよっぽど夏炉冬扇だよ」とか、言うかもしれない。


「リューゲ・シュヴァルツは、今はまだ貴族ですから、逮捕はされないかもしれませんね。メーティス学園から去ることになるでしょうから、クオーレ・パルラーレみたいに、命を失わずに済むでしょう」


 ──彼が貴族でなければ、彼が死ぬように仕向けていた。


 ──彼が、どこかの誰かに殺されるように、仕向けていた。


「運が良いですね、アインツィヒみたいだ」


「まあ、生きてるし、本人は怪我してないしね」


 人を殺すように仕向けられることは──本人はあくまでも自発的に殺意を抱き、殺すことにしたと思っているだろうが──運が悪い部類に入るのではないだろうか。


「ミーネ・カラミタを焼き殺そうとしたときに、事故って彼自身も火傷を負ったりすれば良かったのですが……」


「加害者被害者諸共死んでくれるに越したことはないよねぇ」


 その方が事後処理が楽だ。


「ミウリアには、ファルシュとユーベル、それにエンゲルが付いているだろうから、大丈夫だと思いますが、彼が消えるまでは気を付けて貰わないと……まあ、ミウリア本人に悪意や敵意が向かないようにしたので、大丈夫だと思いますが」


「そうかなぁ」


 心配だ。


「何より、ストラーナさんがいますので」


「へぇ。信頼されてるじゃん」


「だってストラーナさん、庇護対象にはとことん優しいじゃないですか」


 らしくもない親切を働いてしまうくらいには。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る