第53話【話した内容、話し方などが問題なのだ】

 ストラーナが、ストラーナ・ペリコローソになる前、果々かがゆうとして生きていた頃、特筆するべきところのない人生を送っていたと彼女は感じているが、彼女の前世の妹からすれば違うらしい。


 自分は特殊な人間らしいという自覚はあるが、人生は特殊ではないと思っていると、妹的にはそんな訳ないだろうと言いたくなるそうだ。


「お姉ちゃんみたいな蛮カラ怪物が、人間と同じ人生を歩んでいるんだから、その時点で特異なのよ。ちゃんとそこも自覚してよ、お願いだから」


 とまで言われたので、まあ自分は人生も特殊なのだろうと、憂はぼんやり意識することにしている。


 実の妹から面と向かって、このようなことを言われても、「へぇそうなんだ」としか思えないが、何度も言うのだから、そうなのだろうと思ったからだ。


 妹の憂夏ゆうかのことは、反応を返してくれる玩具として気に入っていたが、一個人として気に入っていた訳ではないため、彼女に対しては遠慮会釈配慮なしに接していた。


 果々夫婦、つまり、憂の両親に当たる男女のことは、そこまで気に入っていない。


 彼女に怯えるあまり、彼女の一挙一動に神経を尖らせ、彼女の機嫌を損ねぬように振る舞い、彼女が問題行動を起こさぬように出来るだけ努力する姿は、滑稽で退屈なときに持って遊ぶには丁度良かった。


 けれど、それくらいしか使い道がなかった。


 生活費や教育費などは、親戚が工面してくれているため、生まれた当初を除けば、果々夫妻は憂に対して金を掛けていない。


 彼女にお金を掛けるも恐ろしいが、掛けないのも恐ろしい、どうにかしてくれと、自分達の親に泣き付き、親が親戚にこのことを伝え、何とかお金を工面して貰っているそうだ。


 そんなことをするくらいなら、施設にも送れば良いのにと此の話を聞いた憂は思ったが、どうやら『長女のことが怖いから、施設送りにするということは出来ない』らしい。


 馬鹿馬鹿しいと思った。

 親戚の方もよく金を出すなと同時に思った。


 いい年齢の大人が、親に泣き付く姿があまりにも哀れだったから、なのかもしれない。


 ついつい情けを出して、金まで出してやりたくなるぐらい哀れな姿であったというのならば、是非見てみたかった。


 見れなかったことが残念だったので、担任が通勤で使っている自転車に細工を施した。


 徐々に徐々にブレーキが効かなくなるように細工し、本人すら忘れ掛けていた頃、担任は事故を起こした。


 学校の近くで事故が起きたので、偶然現場に居合わせた。


 ブレーキが壊れて、赤信号で停止していた車に突っ込んだらしく、そのせいで両足があり得ない方向にねじ曲がっていた。


 いい歳した大人が泣いて縋る光景を面白かったが、思っていたのと違ったので、苦労してブレーキに細工を施したことを後悔。


 時間と労力が無駄になってしまった。


 学校で飼っている兎を食べることで憂さ晴らししようかと企んだが、「食用じゃない奴を食べると、病気になるかもしれないですよ? 止めた方が良いです」と、しゅうに言われたので、食べるのを止めた。


 代わりに後輩の靴を中庭に捨てた。


 そのせいで憂の後輩に当たる生徒は、中庭に靴を取りに行く羽目になった。


「馬鹿なんですか?!」


 とか、愁に言われたが、ボールを投げるより靴を投げる方が楽しいことに気付けたので、決して無駄ではないと返しておいた気がする。


 その日、下校しているとき、最寄りの公園に寄り、彼と共にどこまで靴を飛ばせるのかという、小学生がやるような遊びをした。


 公園には、彼女と彼以外、誰もいなかった。


 靴を半分くらい脱ぎ、思い切り足を振り、どこまで靴を飛ばせるのかという、単純な遊びだが、意外と楽しかった。


 当時、憂は一四歳だったのだが、一四年の人生で、こんな風に遊んでくれるような友人が、彼以外にいなかったからかもしれない。


 彼の方も、それなりに楽しんだらしい。


 当時中学二年生の男女が、二人で靴を飛ばし合う光景は、通行人には奇異に映っただろうが、当事者は楽しんだ。


 憂ほど倫理観がない訳ではなく、彼女ほど狂っている訳でもない──だけど、彼女と負けず劣らずの奇人変人である彼には、親しい相手はいても、友人は憂しかいなかった。


 あくまでも当時は、だが。


 何故なのだろうかと、朦朧と考えている内に、中学三年生になり、漠然とだが、その理由の一片になるものをつらまえた。


 妹だ。

 彼の妹、井伊いい切葉きりは


 普通の人達が集う世界に見を投じることなく、奇人変人である己を貫き通すのは、妹が理由の一片として存在しているらしい。


 兄妹で名字が違うこと、その理由が親の離婚ではなく、自分が伯父の養子になったからという事情があるせいか、滅多に妹のことを話題に出さなかった彼だが、妹に対しては他の者よりも情を持ち合わせていた。


 決して特別ではないが、最も特別に近く、特別ではないということない存在。


 そこを突っ込んで訊くほど野暮ではないため、朧気に察するに留めたが、もしも口に出していたら、「まあ、あんなんでも一応は妹だし……」という返答が返って来たに違いない。


 彼の妹である切葉も、普通に生きようと思えば生きられたのだろうが、それなりに将来幸せになるものの、今のように必要以上に我慢をしない人生を送れないから、一つのミスで命を落としかねない生き方を続けることを選んだのだろう。


「妹と仲良くしていいねえ。私、妹に好かれていないから、ちょっとだけ羨ましいよ。憂夏と仲良くしたい訳じゃないけど」


「あれだけ嫌われることをしておいて、よくもまあそんなことが言えますね。憂夏と仲良くしたい訳じゃないとはいえ」


「だって、反応が面白いんだもん」


 果々姉妹と違い、愁と切葉兄妹は、そこそこ上手くやっているようだ。


 直接顔を合わせる機会は多くないが、電話とメールなどで頻繁とまではいかないが、それなりの頻度で連絡を取り合っているらしい。


 憂と愁が同じ大学に進学したとき、妹のことを紹介された。


 美人だけど、性格が悪そうだなと感じた。

 実際性格が悪かった。

 性格というのは、本当に顔に出るらしい。


 性格の良いお嬢さんよりは、付き合い易くて助かるが。


 一年後。

 兄が通っている大学に進学した切葉は、どういう訳なのか、幼馴染のヒモになっていた。


 何故なのかと思い、訊ねてみたところ、親が学費と生活費を出してくれないから、という事情らしい。


  最初は就職しようと思っていたらしいが、そのことを幼馴染に打ち明けた結果、「金なら支払ってやるから、一緒に大学行こうよぉ……」と、縋り付かれたらしく、家事をやる代わりに金関係の面倒を見て貰うということで、最終的には話が纏まっったそうだ。


 元々自分のことは自分でやっていたらしく、家事はそこそこ出来た。


 切葉の手料理を食べさせて貰ったことがあるのだが、かなり美味しい。


 材料費+手間賃+αを出したいと思えるくらいには上手い。


 すばるが金欠になったとき、高確率で切葉に食事を恵んで貰おうとするのは、多分彼女の料理が上手いからだろう。


 あれこれ言いながらも、三回に一回くらいはきちんと料理を作ってあげる辺り、身内には甘いらしい。


 びた一文恵んでやらなければ、賞味期限ギリギリの食品ぐらいしかあげない愁と違う。


 消費期限が切れた食品をポンッと渡す頼《たよりと比較すれば、それでもかなり優しいが。


 大学時代は、本当に楽しかった。

 誰かの自宅に泊まり、徹夜してゲームした日には、一限の授業に遅れそうになり、「これ必修だからやべぇぞ」とか焦ったりしたものだ。


 壱加いちか彩子あやこがサークルに入ってくるまでは、本当に人生最高潮という言葉が似合うくらい楽しかったのだ。


 彼女とは、サークルや講義以外では会わないようにし、徹底して避けていたのだが(本当はサークルを辞めてほしかったのだが、彼女達が通っていた大学のサークルは、会長がメンバーをえり好みする権限はない)、講義の方はともかく、サークルの集まりなどには呼ばない訳にはいかない。


 本当は呼びたくない。

 だが、呼ばないと面倒。

 なので、渋々呼ぶ。


 渋々呼ぶときは、彼女が参加し難いであろう日に設定して、参加するかどうか確認するということで、何とか関わりを薄くする努力を重ねていたのだが、それでも完全に避けることは難しい。


 サークルの打ち上げに珍しく彼女も参加したあるとき、会計に関することで揉めることになってしまった。


 会計のとき、時間を掛けたり、余計なトラブルを招いたりしないため、打ち上げの幹事を務める人間が、事前にメンバーから金を集め、幹事がそれで支払いをするという決まりがあった。


 足りないと面倒なので、念のため、多めに金を集めている。


 それ自体は事前に伝えられ、皆の同意を得ていることであるため、何も問題なかったのだが、そのときは何故か端数を彩子が出した。


 そのときの幹事を努めた美羽みはねが支払うために、レジに残り、トイレを理由に彩子は店内に残り、それ以外の面子は店の外に出ていたのだが、どういう訳なのか、用を済ませた彼女は、数千円の金額の内の数十円を出したのだ。「お釣り細かくなるから、出してあげるよ」と言って。


 他にも会計のために並んでいる客がおり、会計のときに揉めたくなかったので、美羽はその場では大人しく支払って貰うを選んだそうだ。


 どうせ拒否しても、無理矢理押し付けて来るであろうことは予想が付いたから、渋々一度数十円を支払って貰い、店の外に出たら、払って貰った分を渡そうと思っていた。


 会計が終わり、強引に支払ってくれた数十円を返そうしたとき、「美羽ちゃんに端数盗られちゃったぁ」と、冗談めかした口調で言い出し、彼女は思わずギョッとしたような表情を浮かべる。


 その表情のまま、彼女が強引に余分に支払った分のお金を渡そうとしたのだが、「出すって言ったんだから、別に返さなくていいよ」と、宣うのであった。しかも、のほほんと。


 何となく事情を察した他の面子は、ドン引きした、彩子に。


「盗られたと言ったかと思えば、返す必要がないとか言い出して、お前何がしてぇんだよ」


 ドン引きしたきずなの様子に全く気付いていないらしく、きょとんとした顔で彩子は続ける。


「えぇ。だって、別に返して欲しい訳じゃないしさ。私が出したことで、少しだけ美羽ちゃんは得した訳でしょ? 盗ってはいるじゃん」


「その理屈にも色々言いてぇが、一度置いておくけどよ。返す必要がねぇなら、盗ったとか、人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ」


 絆の言葉を無視して、「あ、支払ったお金は皆が出したんだから、私以外の皆が得してるのか。あ、そっか。得出来て良かったねぇ皆」とか、言い始めたので、ただでさえうんざりしていた周囲は、もっとうんざりしてしまう。


 勝手に強引に金を出したのに、皆得したとか、得出来て良かったねとか、言い放つその神経が理解出来ない。


 喧嘩吹っ掛けているのかと、露骨に眉根を寄せる切葉と昴。美羽は過剰にか弱く見せる演技をする余裕を失い、口元を引き攣らせていた。「うわぁ……」と、何とも言えない声を漏らす。


 怒った頼が、五〇〇円玉を一枚取り出すと、それを彼女の顔面に投げ付け、「お釣りはいらん。帰れ。の毒婦」と言い放った。何か文句の言葉を言おうとした彼女だったが、今度は一〇〇円玉を顔面に投げ付けられ、鼻を抑えながら、帰っていった。


 それからだ、彼女が大人しくなったのは。


 いきなり大人しくなったのではなく、緩やかに大人しくなり、前みたいに鬱陶しい絡み方をしなくなっていったのだ。


「どうやってアレを大人しくさせたの?」


「大したことは何もしていませんよ。純粋に祈っただけに過ぎません。強いて言えば、彼女と会話したくらいでしょか?」


 話しただけというのは嘘ではない。

 虚心きょしん虚舟きょしゅう。本当にそう思っている。

 話した内容、話し方などが問題なのだ。


 きっといつも通り、思考誘導したのだろう。

 自分からそう思って行動していると、錯覚させたのだろう。


 途中で気付かないのかと思われるだろうが、彼は虚心きょしん坦懐たんかいでそのようなことをするため、相手に意図を気取らけることは滅多にないそうだ。


 日常的にこのような行為をする人間は、きっと彼以外存在しない。こういうことをする人間がいたとしても、日常的には行わないだろう。


 仮にそのような人間が存在したとしても、意味もなく行ったりすることはない筈だ。


 その上、どっちでも良いと考えている人間と来れば──七実ななみ愁しか当て嵌らない。


 彼のような人間が、彼以外に存在しているのだとしたら、一度で良いから会ってみたい。


 切葉と会わせて、彼女がどのような反応をするのか、是非確かめてみたい。


 その反応を見た愁が、どのような反応をするのか、是非見てみたい。


 どうなるのかは分からない。

 絶対に、確実に、言えることは、面白いことになるだろうから。


「魔王みたいな思考しているな」


 彼女の考えていることを察した切葉に、面と向かって感想を述べられる。


「小学生のとき魔王って仇名付けられたことがあるんだよねぇ」


「兄さんから聞いた」


「魔王って、ちょっと大袈裟だと思わない」


「お前の場合は思わない」


 魔王という言葉に相応しいことを何度かしているからだ。庇護対象である美羽のお陰で、大学生になってからはほんの僅かにだが落ち着いて来ているらしい、愁曰く。


「ねえねえ、切葉はさ、壱加の件、どう思う?」


「愁兄さんがまた何かしたんだなぁとしか思わない。煩い奴が静かになって良かったとかか?」


「ふぅん」


 この「ふぅん」には、「切葉は、兄が自分のことを慮る気持ちが僅かながら含まれている事実に気付かないのかな。気付いていて考えないのかな」という意味が含まれたものだった。


 壱加彩子が静かになってから、死ぬまでの約一ヶ月の間はとても楽しかった。


 死んだことを後悔しないくらい、憂にとっては楽しいものだった。


 バスが事故に遭ったとき、即死出来なかったことは、若干嫌な思い出として残っているが、それを帳消しに出来るぐらい楽しい思い出に満ちていたと断言出来る。


 彼女が見える範囲には誰もいなかった。


 彼女が見えない範囲から、声が聞こえたので、即死しなかった人達は数人程度はいたのだろう。


 下半身が殆ど潰れていたので、彼女が意識を保っていられた時間はそれほど長くない。


 即死は免れたが、無駄に苦しい思いをするだけだった。


 生まれ変わりというものを経験し、こうしてストラーナとして生きている今となっては、それすらも懐かしい記憶だ。


 ミーネ・カラミタが何者かに殺されたという話が、今朝舞い込んで来て、暫くの間はこの話題で持ち切りになるのだろうと思いながら、ゼーレの企みが成功したことを理解する。


「学園側は対応に追われるんだろうなぁ」


 一応、ニュースにはなっていない。


 学園側の関係者に、メディアを抑え込めるお偉いさんが沢山いるお陰だ。


 これ自体は別に驚かない。

 身近な例だと、今のウテナは、そういうことにを出来る立場にいるから。


(問題はこれ以上死人が出た場合よね。三人くらいまではどうにかなるんでしょうけど)


 もしかしたら一〇死人が出ようとメディアを抑え込めるのかもしれないが、そうではない可能性もある。


 騒ぐ周囲を眺めるのは楽しいが、長く続くと飽きてしまう。


 今後ゼーレがどう動くのか把握しようと思い、彼がいるであろう場所に、足を動かした。

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