第50話【ヤバい奴とは思わないが、危険人物だと思う】

 兄から見た妹はどのようなものなのかは分からないが、妹から見た兄がどのようなものなのかは分かる。


 兄、ゼーレは、最も警戒するべき人物、だ。


 ゼーレのことをそこまでヤバい奴だと思っていないが(何せ彼女の中の仲間内のヤバい奴ランキング『ストラーナ>ユーベル>ファルシュ>自分>ミウリア≒ゼーレ>アインツィヒ』なのだから)、警戒するべき人物だと思っている。


 警戒するべき人物──他人事なら笑えるが、自分のことになったら笑えない、そんな人物だ。


 ストラーナ・ペリコローソ、ファルシュ・べトゥリューガー、この二人と敵対するより、彼と敵対する方が恐ろしい。


 最も敵対関係になりたくない存在だ。


 彼と対峙するくらいなら、飢えたライオンと対峙した方がマシ──と、妹であるウテナは思う。


 彼と敵対した場合、彼と直接的に対峙することは、十中八九ないだろう。そういうことをしない人物なのだ、ゼーレ・アップヘンゲンは。


 ヤバい奴とは思わないが、危険人物だと思う。


(前世は、私同様に、あの両親から生まれたのだから──まともな訳がない)


 中学生の頃から、前世のストラーナと友人付き合いしている時点で、まともではないと分かるだろうが、話は通じるし、一応普段は咎める側なので、苦労人と勘違いされる。


 彼が苦労していること自体は否定しないが、苦労人ではないだろう、あれは。


 自分がまともではないと理解しているという一点において、ウテナが知る奇人変人の中では、ストラーナはかなりマシな部類に入る人物だ。彼女は決してマシな人物はないが、まともではないと自覚しているという点は評価出来るだろう。


 といっても、人から色々言われて──果々かがゆうだった時代、つまり前世の話になるが、高校生になって、「私って、一般的とは程遠いのかもしれない」と、漸く自覚したらしいが。


 先天的奇人な姉に振り回されることに辟易した妹(前世)が、「お姉ちゃんは普通じゃないの」「お姉ちゃんはまともじゃないの」「お姉ちゃんは狂人なの」と、懇々と言っている本人が気が狂うほど言い続けたことで、漸く自覚したそうだ。


 無自覚でいるよりは良いだろう。


 その憂の妹と違い、ゼーレ──愁の妹である彼女は、無理矢理自覚させようとは思わない。理由は面倒臭いからだ。そこまでするぐらいなら、自覚させなくても良い。自分のためならまだしも、兄のためにそこまでする義理はない。ラインハイト、もしくは、アインツィヒのためならば、一考するが。


 ストラーナは言わずもがなだが、ファルシュもかなりの危険人物だが、彼の場合はいくつか条件が付与する必要があるため、ゼーレほどの危険度はない。


 ゼーレほどの危険度はないが、どちらの方が実害が大きいかで言えば、ファルシュの方が大きいだろう。少なくとも日常生活においては。


「そろそろ死人が出るかもなぁ」


 ふと、思ったことを口にすると、正面に座っていたユーベルが眉を顰める。


如何どうしたのだ。何かの啓示でも受けたのか?」


「お前もそういう冗談言うんだな。それとも皮肉か?」


「僕とて冗談くらいう」


 当然の如く皮肉も籠もっているが。


「お前の冗談と嘘は分かり難いんだよ」


「知らぬ。分からない方が悪い」


「それミウリアに言えるのかよ」


の人は例外だ」


 偏私が過ぎるにも程がある。今に始まった話ではないが。下手に誤魔化さない方ところは好感が持てるが、堂々とし過ぎるの問題だ。


れで、先程っていた件について、如何どういう事なのか、きちんと説明しろ」


「大した理由はないよ。ただ単に、予感っていうか、そんな感じのもので、確証みたいなものがある訳じゃないからさ」


の様ない方をしておいて、今更はぐらかす気か、貴様」


「話半分で聞いてくれって意味だよ」


「分かり難い。うならうと直球で伝えろ。話半分で聞くから、教えろ」


「単純に、ゼーレ兄さんのせいで、死人が出るだろうなと思っただけなんだよ」


「ゼーレが? 何故だ? の男が誰かを殺すのか?」


「ゼーレ兄さんは何もしないよ。何かをさせられることはあっても、何かをすることはない」


「は?」


「人に対して嘘を吐かなくても、人を誑かすことは可能って話」


「ファルシュのことか?」


「アイツは人を騙すことはするけど、人を誑かすことはしない──ミウリアのことは誑かしているだろうけど、あれは意図したものじゃないしね」


たしかに──しかし、ゼーレが誰かを誑かすというのは、得心がいかない部分がる」


 推している相手にこのようなことを言いたくないが、誑かすという言葉は──仲間内だと、ミウリアが一番似合う気がする。


「あぁ、そうかも。誑かすというより、弄ぶって言った方が正しいかな?」


「弄ぶのはストラーナの方が似合うのでは?」


「アイツの場合は戯れるだろ」


 その戯れが、常軌を逸しているだけで──犬とじゃれているぐらいの感覚なのだろう。


 人を騙すファルシュ。

 人を誑かすミウリア。

 人を翻弄するゼーレ。

 人と戯れるストラーナ。

 碌な奴がいない。


 なら、アインツィヒ、ウテナ、ユーベルはどうなのだろうか。


 アインツィヒは人に与える。

 ウテナは人を壊す。

 ユーベルは人を殺す。


 ──とか、だろうか?


「そんな話はさておき──ゼーレ兄さんには、自分というものはあるけど、信念とか決意とか、そんなものはない」


 ミウリアのように演技はしていないが──ガッツリ計算はしている。


 その結果、翻弄している。

 騙しているだろうし、誑かしてもいるだろう。


「無駄を無駄と思わずに実行出来るよ」


 普通の人間ではないが、それに蓋をして、普段は普通の人間の振りをしているのだから、性質が悪い。


「話の主役にならないんだよ、ゼーレ兄さんは」


「永遠の準登場人物サブラキャラクター?」


「そういう立ち位置にいようとする人なんだよ、あの人は」


 そうなるように動いても、その中心にいることはない。混乱の渦が発生するように場を引っ掻き回し、そして傍観者として静観する。渦から離れた位置にいるから、基本的に巻き込まれない場所にいるが、自分の知らないところで物事が動くのは許容出来ない弱点があり、巻き込まれる可能性が僅かに存在しているが、そこを必要経費として許容出来るのが彼女の兄だ。


 だからこそ、彼が個人に、直接誰かと対立することはない。


 傍観者。

 最高に良い言葉だ。

 彼にとっては、この上なく都合の良い言葉だ。


 この世には、、何をするのか分からないから恐れるべき存在と、何をするのか分かるから恐れるべき存在と、何でも出来て何をするのか分からない存在がいるが──ある意味ではという言葉を頭に付ける必要があるとはいえ、ゼーレはこの三つ全てに当て嵌まる。


れが如何どうして、人が死ぬという大それた話になるのだ?」


 お前、人の生き死にが大それたものだって認識はあったんだな──と、ウテナは密かに場違いな感想を抱く。


「ゼーレ兄さんは、殺意の芽が開花するように仕組んでいるんだよ。特定の誰かの殺意の芽を開花させようって訳じゃないけど、ある一定の範囲にいる人間の殺意の芽を開花させようとみみっちい努力をしているのさ」


 兄(前世)に対して毒舌な妹(前世)だった。


「ゼーレ兄さん的には、失敗しようが成功しようが、どちらでも良いんだろうね。成功したらいいなぁ程度なんだろうなぁ」


 成功したらいいなぁ程度で、殺意の芽を開花されられては堪ったものではないだろう──他者からすれば。


る気有るのか? れ」


「どっちでもいいんだよ──本当にる気があるかどうかすらも。ここまでまどろっこしい、種明かししない限り露見しない計略を無駄と思わずにやるなんて、そういう精神してなきゃ出来っこないってことなのかもね」


彼奴あやつは──」


 そのような、心持ちで──


「未必の故意とすら形容出来ぬ行為に身を投じているという事か?」


「そうだね」


 今世ではそうではないが、人を人と思って踏み付けにする碌でなしである妹を持っているのだから──妹と兄がイコールの存在ではないとはいえ──そんな妹の兄である彼も、当然警戒するべきだろう。


 前世では、『あんな妹を持つ兄』として警戒されることは、実のところ、殆どなかった。


 名字も違い、顔も似ていないため、殆どの人間からは、言われるまで、兄妹と気付かれることはなかったからだ。


 一発で見抜いたのは、ストラーナだ。

 会った瞬間、妹だと看破した。


壱加いちか彩子あやこって奴、サークルにいたじゃん」


「ゲームサークルにいたな、の様な奴」


 窓から外に落とそうとしたこともあるのに、今の今まで彼女の存在を忘れていたらしい。


「あの鬱陶しい奴、サークル入って暫くしたら、そこそこ大人しくなったじゃん」


「あぁ。ういえばうだったな」


「アレ、ゼーレ兄さんの仕業だよ」


 それを聞いたユーベルは黙った。

 嘘ではないと、わかったからだ。

 彼は人を嘘がわかる──だからこそ、嘘ではないと嫌でも理解してしまう。


 鬱陶しいことに変わりなかったが、前世、死ぬ一ヶ月前ぐらいから、彩子は大人しくなった。


 他の者に対しては違うが、ゲームサークルのメンバーに対してはウザ絡みと呼ばれる行為はしなくなっていた。


 突然の変化に驚愕したことを思い出しながら、あれが彼の仕業なら途轍もないことだと思い、一体どうやったのかと思考を巡らせてみたが、何も思い付かなかったので、「一体、奴は、どの様な事をしたとうのだ」と、素直に思ったことを口にする。


「さぁ?」


「さぁって……」


「本当によく分からないんだよ。そうした方が都合が良いからそうしたって感じ」


 そうした方が丸く収まるからという理由で、いじめられっ子といじめっ子を恋人になるように仕組み、実際二人は付き合った──ということを、平気な顔で行う。


の女を大人しくさせるとは……とんでもない男だな、彼奴は」


 壱加彩子は、自分のことを最期まで可哀想な被害者だと思い込んでいたし、ゼーレですら、一年未満の時間では、その思い込みはどうにか出来なかったが、その思い込みは変わらない状態であっても、大人しくさせることは出来たのだから、確かにとんでもない。


 とんでもないことであると同時に、大抵のことは平均以上の成果を出せるゼーレだが、決して万能ではないということの証左でもある。


 大人しくさせることは出来ても、一年未満という時間では、思い込みを変えることは出来なかったのだから。


 人の嘘を見抜くことが出来るユーベルであっても、本人が事実だと思い込んでいれば、、事実は小説より奇なりという言葉もあるくらいなので、明らかに嘘と分かる出来事も本当と信じてしまいかねず、真の意味で確実に嘘を嘘と見抜ける訳ではないのと同じ様に。


 だが、一年を超える時間を与えられたら、どうなっていたのか分からないが。


「何で、こんな話をしたのかと言うと、一応ミウリアのことを気にしていて欲しいって話がしたいからなんだよ」


「何故、ミウリアさんの名前が出て来るのだ」


「誤解されないように言っておくけど、ゼーレ兄さんはミウリアのことを危険に晒そうとは思っていないよ。利用はしているけど」


「利用している件については色々訊きたいこともるし、文句の科白せりふを並べ立てたいが、一時間程時間を無駄にしかねないので、取り敢えずの件については置いておこう。置いておいてやろう」


「色々言いたいことはあるけれど、こっちも置いておいてやろう」


 どちらも上から目線だった。

 物理的には、ユーベルの方が視線が高いが。


「端的に言えば、これから殺人を起こそうとする奴は──ゼーレ兄さんがそうなるように仕向ける相手は、ミウリアと関係している奴。だからうっかりミウリアが巻き込まれないように、ユーベルが守ってあげて。そんだけ」


「そんだけ済ませるな莫迦ばか女」


「馬鹿なのはどっちかって言うと、ゼーレ兄さんの方だと思うけどねぇ」


 ゼーレ兄さんの場合、馬鹿というより、愚かと評するべきではないか──と、また兄に対して辛辣なことを言う。


 今世では妹がいるため、実の妹にこのようなことを言われたら立ち直れないかもしれないなどと、周囲から「絶対そんなことねぇだろ」と言われかねないことを思う。


 実際その通り。

 彼はそこまで妹に対して思い入れがない。


 嫌いではない。

 好きではある。

 だが、友人達──ましてや、ミウリアを越えるほどではないというだけで。


 何故兄には辛辣なのだと思ったが、兄だからこそ、辛辣な物言いになるのかもしれないと思い直す。


「私達七人の中じゃ、ゼーレ兄さんは穏健派ではあるけれど、穏健だからといって、危険じゃないとは限らないってことかなぁ」


 不意に、独り言といった調子で、そのようなことを口にする。


「穏健であることと、危険ではないことは──決して等しいイコールでは無いからな」


「危うきこと虎の尾を踏むが如し──一般人的には野放しにしちゃいけない存在だ。だけど、あんなんでも兄だしね、それなりに好意は持っているから、一生野放しにされていて欲しいかな、個人的には。ミウリアのことを利用していることを思えば、ユーベルはそう思わないのかもしれないけど」


「僕は別に、其処そこまでは思っていない。の人を利用している事に関しては思うところるが、しかの人はれを問題にしないだろうし、れでも友人として前世から付き合っていたんだ、の程度なら許容範囲内だ」


 それは、このようなウテナのフォローがあるからこそ、出来る発言だが。


「良い妹を持ったな、彼奴あやつも」


「そうだろ? もっと褒め称えてくれても良いんだぞ?」


「先程の僕の称賛を返せ」


「返せとか言うぐらいなら称賛しなければいいのに。そんなこと言いたくないから、私は滅多に人を褒めないんだぞ」


れに関しては反省すべきではないのか?」


「ラインハイトに言われたなら考えても良い──或いは、アインツィヒに言われたなら、考えても良い」


 アインツィヒ・レヴォルテ──

 ラインハイト・レッヒェルン──

 彼女にとって、ポジティブな意味で特別なのは、この二人なのだけだろう。


 ネガティブな意味で特別なのは──前世の両親なのだろう。


「反省するべきところなんてないよ。頻繁に人を褒めても碌なことにならないじゃない。好きな相手ならまだしも、ね」


「まあ、の意見は分からなくもない」


 ユーベルも、ミウリアから言われた言葉なら一考するが、ウテナの言葉なら一考しないということを、幾度となく繰り返した。


 その点に関して、彼が彼女を責めることは出来ない。


 責める権利も義理もないし、責める気もない。


「ミウリアさんの件は請け負う。喜んで、自主的に、彼の人に累が及ばない様に、全力を尽くす」


 なので、それ以上そのことに言及せず、本題に戻す。


「ああ、頼むよ」


 ウテナはそう言って、この話を終わらせた。

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