第49話【儚そうな美人って感じの人だなぁ】

 ミウリアに頼まれ、ウテナはある場所に着いて来た──メーティス学園に少々離れた場所にある喫茶店だ。彼女が座っている席の近くの席で待機して欲しいらしい。


 何故だろうかと思ったが、そのときは時間がなかったため、とりあえず了承の言葉を口にし、結局理由を聞けず、喫茶店に座っていたら、ファルシュがやって来た。


 ファルシュも同じように頼まれていたらしい。


「何か訊いてる?」


「いや、全然。人を待ってる的なことは訊いてるけど、詳しいことは知らね」


「ほぉん」


 ウテナは注文したケーキ(ガトーショコラ、レアチーズケーキ、ベイクドチーズケーキ、ショートケーキ)とミルクティーを口にし、ファルシュはクリームソーダを口にしていると──ミウリアが座っている席に、誰が近付き、彼女の正面に座った。位置関係の問題で、相手の男は二人に背を向ける形になった。


 月白色の髪をした男は、「遅くなっちゃってごめんね」と、謝意を全く感じない声を発する。


 ウテナは一瞬、男のことをラーシャだと勘違いし掛けたが、体格が違うし、声も違うため、すぐに別人だと気付く。


 彼が店員に珈琲を注文した後、ミウリアは口を開く。


「いえ……ええっと、その……それで、あの、どうして私のことを、ジーッと見ていたのか……教えてくれるんですよね? あのそれで、その……どうして、何ですか?」


 彼女のその声を聞き、馬鹿ではないウテナとファルシュは、ある程度事情を察した。


「ええっと……わざわざここに呼び出したということは……ああ、えっと、その……そうですね、はい、ええっと……やっぱり、教室とか、そういうところでは、言い難いってことですか?学園から遠い場所を選んだのも……知っている人には、聞かれたくないからとか、そういう……」


 気軽に言えない理由──ミウリアは、どのような理由なのか、想像することは出来なかったが、とんでもない理由であることに違いないと考えていた。ファルシュは一〇、ウテナは五つほど、パッと頭に浮かんだ。


 自分をか弱く見せることに特化しているため、彼女は掘り下げて考えることに向いていない。


「何か誤解しているみたいだけど、キミが想像しているような理由はないよ──別に、誰かに聞かれても全然困らない」


 ウテナとファルシュから表情が見えないため、声を聞く限りでは、冗談を言っていると取れることもあり、彼の言葉が嘘かそうでないか、二人が判断することは出来なかった。


「え、じゃあ、何で、その……ここを指定したのですか? 誰かに聞かれても、困らないというのであれば……学園の近く、とか、で、良かったのではないでしょうか?」


 何故なのだろうか。


「個人的に訊ねたいことがあったからね」


「訪ねたいこと、ですか……」


 一体何を訊ねたいのだろうか。


 このタイミングで、珈琲が届く。


 漠然とした不安が態度に出ていたのか、「そんな風にオドオドしないでよ。別に取って食べる訳じゃないんだから……。別に嫌なこと訊くとかでもないから……」と言った。


「まず先に、どうして不躾にジロジロミウちゃんのことを見ていた件について述べさせて貰おう。実のところ、半分くらいじゃ無意識だった。意識して見ていたときもあったけど、ミウちゃんから言われて気付いたところもあったよ」


「…………半分も」


 多少無意識は含まれているであろうことは予測していたが、殆どは意識をして行っていると思っていたため、驚いてしまい、ポカーンと、あんぐり口を開けそうになる。


「何というか、昔世話になった人に、ミウちゃんが似ているから……似ていると言っても、顔が似ているとか、そういうのじゃなくて、雰囲気とかが似ているんだけど、本当に似ているから、ついつい見てしまったんだよね。体格とかも全然違うのに、あの人かと勘違いしてしまいそうなほど、ソックリだったんだよ……雰囲気が」


 雰囲気がソックリと言われてもいまいちピンと来ず、ミウリアは曖昧な反応しか返せない。困っていると理解出来たのか、「そんなことを言われても困るよねぇ」と、少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。


 遅れたことを謝ったときと違い、こちらにはしっかり謝意が含まれているように感じた。


「偶に雰囲気というか、オーラがそっくりな人っているよね……」


「お前とゼーレとか、そっくりな雰囲気纏うときあるもんな。同一人物かって思うほど」


「兄さんと私って似ているのかな?」


「似てる似てる」


「嬉しいけど、何か複雑」


 ウテナとファルシュは小声で言い合う。


 兄としていると言われるのは嬉しい反面、嬉しくない気持ちもある辺り、兄妹関係は以外と普通だ。ブラコンシスコンといった印象はない。前世の環境がアレだっただけに、割りとその辺りドライなのかもしれない。


 ウテナがブラコンになって、ゼーレがシスコンになったら──考えるだけでも恐ろしい。


(アイツらがブラコン・オア・シスコンにならなくて、本当に良かった……)


 冗談抜きで世界は救われた。

 頼むから、ずっとそのままでいて欲しい。


「あの人は、キミほど整った容姿をしていないからね。別に不美人って訳じゃなかったけど……一般的に見れば、平均的な顔より整った顔をしているけど……ミウちゃんレベルで可愛い容姿はしていなかったよ」


「へ、へぇ……」


 そんなことを言われても、それぐらいしか返せない。後半は独り言っぽく聞こえたので、ミウリアに聞かせようと思って言った訳ではないのかもしれない。


「その人と……えぇっと……」


「そういえばまだ名乗っていなかったね。僕はニコライ。ニコライ・ドゥナエフ。変な呼び方でなければ、好きなように呼んでくれて構わないよ」


「あ、はい、えっと……じゃあ、その、えっと、ドゥナエフさん……ドゥナエフさんと、その、私に雰囲気がそっくりな方は……どういった、ご関係だったのですか? 雰囲気が、似ているだけの私を、その、ついつい、視線で追ってしまうくらいには、親しかったみたいですが……」


 親しくなかったとしても、それほど印象に残っている相手ではあるのだろう。つい視線で追わずにいられないほど、彼にとって重要な人物。


「親しかった──どうなんだろうね。嫌われてはいなかっただろうけど。勿論僕は好いていたよ。だけど、あの人が僕をどう思っていたのかは分からないな。既に故人だから、確かめることも出来ないし。親戚とかではないよ。ご近所の歳上のお姉さん。生きていたら今年三七歳のお姉さん」


 ミウリアの二〇上で、ニコライの二一上。


「変な人ではあったけど、良い人だったよ」


 ジッと、ミウリアを見詰めながら、彼は言う。その視線に、どこか違和感を覚えた。しかし、その違和感の正体は分からない。そこを追求するタイプでもないため、彼女はそのまま話を続けた。


「そうなのですね……」


「顔はそこまで似ていないと言ったけど、全く似ていないというほどでもないんだよね。部分的に似ていると言えばいいのかな?」


 違和感を追求する気はなかったが──次の台詞で、その違和感の正体が判明した。


「髪と瞳の色は同じだったよ──白緑の髪に、深碧の瞳をした、美しい女性だった」


 髪と瞳。

 彼が視線を向けている場所。

 彼曰く、美しい女性と同じ部分。


「今の今まで碌に言葉を交わさなかった、殆ど知らない相手に訊くことではないと重々承知なんだけど──」


 懐から一枚の写真を取り出す。


 白緑の髪をした、深碧の瞳をした、多少窶れているものの、美しいと評しても遜色ない女性が映っている。


 どこかの花畑で撮ったものらしい。


「──ミウちゃん、この人のこと、知らない?」


「いえ……」


 全く見覚えがない女性だったので、首を横に振り、否定した。


「そっかぁ、そうだよねぇ」


 残念そうな素振りを見せつつも、ああやっぱりと言いたげな雰囲気を纏っており、「訊きたいことっていうのはこれだけだよ」と言い、今まで手を付けていなかった珈琲を飲む。


 それに釣られてという訳ではないが、彼女も紅茶を啜る。


「あの人、親戚がいるみたいだけど──付き合いという付き合いがなくなっていたみたいだから、だから墓にも、僕くらいしか来なくてね、何か知っていることがあったら訊ければ良いなぁと思ったんだけど。ごめんね。こんなところまで呼び出しちゃって。お代は僕が払うよ。僕の都合でわざわざ遠いところに呼び出した訳だし」


「えっ……いや、その……流石に、そこまでは、申し訳ないです……」


「いいよいいよ。大した額じゃないし」


 財布から取り出した札を机に置く。

 五〇〇〇モネあった。


 ミウリアとニコライが注文した分を合計したとしても、二五〇〇程度。いくら何でも五〇〇〇モネは多過ぎる。


「あの、こんなに、いらないです……」


「迷惑料込みだと思っておいてよ。今丁度これしかなかったからってのもあるけどさ、それ全部使っちゃってもいいし、お釣り貰うの申し訳ないって思ったら、後で返しに来てよ」


 そんじゃねぇ──と、言って、ひらひら手を振りながら、ニコライは去って行った。


 殆ど初対面の相手に対して距離が近く、かなり馴れ馴れしい態度だったが、不思議と嫌な感じはしなかった。ミーネにグイグイ来られるときに生じる不快感と嫌悪感みたいなものはない。不思議な人だと思いながら、残りの紅茶を飲み干す。


 一旦会計を済ませると、彼が置きっ放しにしていた写真を持って、彼女はウテナとファルシュがいる席に移動する。


 会話を聞いているだけでは分からなかった部分を二人に説明すると、写真を見たファルシュが、「全体的に見ると全然似てないけど、部分的に見れば、そこそこ似ている部分もあるな」と、正直な感想を述べた。


 輪郭、鼻筋などは、まあまあ似ている──そして、ニコライの言う通り、髪と瞳の色は同じだ。


「儚そうな美人って感じの人だなぁ。目の下に隈があるから、余計に、そう感じるのかもしれないけど」


 翳りのある雰囲気は、黙っているときのミウリアと似ている──と、ウテナは感じた。


 あくまでも写真越しの印象であり、実際に会って話してみたら、一八〇度違う印象を抱く可能性もあるだろうが──ついついミウリアを視線で追ってしまうニコライの心情が、ほんの僅かに、だが、理解出来てしまった。


「似てないと思うのですが……」


「そういうのって、案外自分じゃよく分からないもんだからなぁ。俺的には似てるところもあると思うけど」


「うぅん……そうなの、でしょうか?」


「私には、顔立ちの方は分からないけど、雰囲気は似てるなぁって思うよ」


「へぇ」


 と、呟き、もう一度、写真に視線を向けた。


 ミウリアは似ていると感じることはなかった。

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