第48話【結論から述べてしまうと、キミの不遇は約六割程度はキミに原因がある】
「結論から述べてしまうと、キミの不遇は約六割程度はキミに原因がある」
いつだったか、今世での話ではなく、前世での話になるが、カウンセラーだったか、精神科医の先生だったかに、そのようなことを言われたことがある。
その先生の名前を、美羽は未だに覚えている。
「本来子供相手にこのようなことは言っちゃあいけないんだけどねぇ、大人相手であっても言ってはいけないことなやんだけど──それでも、このままだと確実に碌なことにならへんやろうから、言ってしまうよ」
先生が何故かエセ関西弁で話をした。幼子を和ませようと思ったのか、元々そういう喋り方をするのか、とにかく、終始子供でもエセだと
「キミは整った上に、年齢の割には幼い顔立ちをしている。幼い子供が泣いていると可哀想と人は感じるし、可愛い女の子がなけば可哀想だと感じる。そうすることで自然と周囲を味方に付けようとする。安易に泣くと涙が安くなっちまうから、軽々と涙を流さない。上手いやり口やなぁ。これ自体は一つの処世術だから、褒められたことやない、だけど、責められることやない」
このときのミウリアは──
「美羽ちゃん、キミは肉食獣の餌食になる、弱い少数派だ」
「しょーすーは」
「肉食獣の餌食にならない強い少数派やなくて、肉食獣の餌食になる弱い少数派」
「よくわからないけど、わたしはよわいの?」
「弱い。そして違うんだ。弱いことよりも、違うことが問題なんやが、この場合、人と違うことと弱いことが噛み合ってしまっていることが大問題な訳やなぁ」
「よわくて、ちがう……」
「自分より圧倒的に弱い相手を蹂躙──蹂躙だと分からないか──そうだな、ボコボコにするというのは、想像以上に耐えられない行為だ。強い者いじめなんて言葉がないのに、弱い者いじめなんて言葉があるくらいには、弱い者をいじめる行為は悪いことという風潮が強い」
人助けなんて柄でもない相手に、助けられるとか、そういう経験を何度かしたことがあるんじゃないかな? ──先生はそんなことを言った。
「弱さとか強さとか、そういうのは相対的なもので、何かが変化すれば、引っ繰り返るものだけど──美羽ちゃんは例外なんやろなあ。いつ如何なるときも、環境が変われど、弱いままでいるんやろなぁ」
「とにかく、わたしは、よわいんだね」
「強さを一切排除しているからな、自分から」
よく分からず、「そうなんだ」と返した記憶がある。当時もそうだが、今振り返っても、彼が何を言っているのか分からなかった。意図、意味、そういったものが掴めなかった。
「人間というのは、強さと弱さを両立しているものなんやが、キミは偏ることを選んどる」
曲線的な慎重さを持ち続け、強さという概念が入り込む余地がない状態を作っている。弱さに特化した彼女は、演技もする、嘘も吐く、策謀も用いる、そして誤魔化すのだ、己を。
「そんな生き方をすれば、いずれ美羽ちゃんは破滅してしまうよ──親御は二度とキミを連れて来ないだろうから、言うべきことを言ってしまう。キミは歳の割には機警に飛んでいるけれど、愚かな大人はそうは思わないだろうけど──賢い大人からすれば、小策を弄しているだけに過ぎへん」
子供の少知であると言いたかったのだろう。小知は亡国の端という言葉もあるぐらいだ。このままでは
しかし、その意図は美羽には伝わらなかった。
「今は理解出来なくて良いで。キミが成長して、高校生くらいになったとき──この言葉を思い出して、その意味を理解してくれれば、それで良いんや」
当時の彼女にも伝わらなかったが、今の彼女にも伝わらなかった。
「破滅なんて抽象的な単語じゃ理解出来へんかもしれへんから、もっと直接的な表現を用いさせて貰うと──美羽ちゃんを利用する存在が現れる。良いように使おうとする奴が現れるんや」
「?」
「美羽ちゃん子供やから、今はそんなこと理解出来へんやろうが、そんな生き方を続けていたら、仲間からも利用される。真の意味での味方さえいなくなる可能性がある」
「だれもたすけてくれないってこと?」
「助けて貰えないだけならマシや。使い捨てられるかもしれへん──それ以上に酷い目に遭って、消費し尽くされるかもしれへん」
都合の良い存在として扱われるということを伝えていたのだが、残念ながらミウリアになってからも、その真意を理解することはなかった。
理解することを拒んでいた。
「人間っつーのは、強さと弱さをそれぞれ持ち合わせていて、生きていく内に弱さを隠す術を身に付けたり、弱さを取り繕う術を身に付けたりするもんだけど、弱さだけを持ち続けて、強さを排除して、弱さを全面的に前に押し出して、それを武器に戦っていたら──自分の弱さに押し潰されてしまうよ」
「ぺちゃんこ?」
「そ、ぺちゃんこになっちゃう」
「なんか、たいへんそうだね」
「キミの将来の話なんだけど……まあ、小学生ぐらいの子は、将来について考えたりせんよなぁ。視野が狭いっちゅーんは、ある意味では幸せなことなのかもしれへんなぁ」
視野が狭いことは幸せ。
この言葉は今なら理解出来る。
将来のことを考えなくて良いというのは、将来の不安に苛まれることがないということなのだから。
全く考えないのも問題ないが、殆ど考えずに済むのは──確かに一つの幸せだろう。
「人間は、自分や、自分が大事にしているモノでさえ、簡単に傷付けられる。可愛い我が子を虐待してしまう親御さんとか、大事な玩具を癇癪で壊してしまう幼子とか──色々やな」
弱いモノを──大事なモノを守りたい。
誰もが持っている感情だが、行き過ぎてしまうと、狂気を帯びてしまう。
「キミが弱さを武器にすることを選ぶ理由となっている存在を排除するのが、一番なんやろうが、原因を根本からぶった切るっつーんは簡単なことやないからな。逃げるってのが一番簡単なことなのかもしれへん」
ブラック企業の体質を変えるよりも、ブラック企業から離れる方が楽であるのと同じように、美羽がこうなってしまった原因である親を変えるよりも、親から離れる方がよっぽど現実的だ。
もしも彼女の親が、分り易く暴力を振るっていたり暴言を吐いたりしていたら、先生はそれ相応に対処しただろう。
児童相談所とか、警察とかに、通報していたかもしれない。
しかし、瑶台夫婦は世間体というものを大事にしており、分かり易い虐待がしていない。じわじわと染み込むような毒として存在し、我が子である彼女を蝕んでいる。
暴力も振るわないし、暴言も吐かないし、躾はするし、金は出すし、物も与える──だが、愛情というものは掛けない。
機械的に親の義務を果たし続ける。
ただそれだけ。
「おかあさんとおとうさんのこと?」
何故そう思ったのかは分からないが、何故だが両親のことを言われていると思い、そう言った記憶がある。
「せやで。スッゴク残酷なことを言うけど、美羽ちゃんのご両親は、娘を気に掛けていることをアピールするためだけにここに連れて来ているだけで、キミのことを本当に思っている訳じゃない。だから定期的に、娘をここに連れて行くなんてことはしない」
「……せんせいが、なにをいいたいのかわからないけど、おかあさんとおとうさんは、わたしのことすきじゃないよ」
「そっかぁ、なあ美羽ちゃん、美羽ちゃんはお母さんとお父さんのこと好き?」
「うーん。あんまり。なんかこわい。やだ」
機械的に親の義務を果たす両親に、子供ながらに不信感を抱いていた。それは「なんかこわい」と感じ、「やだ」と思っていたのだ。
「その気持ちが大事なんよ。なんかこわいの方は重要じゃないけど、やだって気持ちは重要だよ。相手に向けられている感情よりも、強くやだという気持ちを持っていなければならへんよ」
「ずっとやだっておもっていればいいの?」
「そうやね。ずうぅっとやだって思っていりゃならへんの。ずっとやだって思っていたら、美羽ちゃんがお母さんお父さんによって、ぺちゃんこにされることはないよ」
その言葉はスッと胸に染み込んで来て、先生に言われた通り、「やだ」という気持ちを持ち続けた。理由は分からないが、そうするべきだと思ったのだ。そうすれば、大丈夫だと、妙な確信があった。
瑶台美羽という人間が、両親の手によって潰され──壊されずに済んだ。
今のところ、先生の言葉は間違っていない。
か弱い己を守るために、ミウリアは彼の言葉を理解することを拒んでいるため、そのことに気付いていないが、彼の言う通り、己の強さを一切合切排除し、か弱さを武器にすることをやめなかったせいで、破滅とまではいかなくとも、それなりに
竹箆返し。
弱さを極めた己を顧みなかった結果、死人が出たときもあるので、竹箆返しという言葉で片付けるべきはないだろうが──弱さを極め、最弱であり続け、最弱であることを利用した結果、自殺者を出したことがあった。
あるところに、美羽という人間に恋愛感情を抱いたいじめられっ子がいた。積極的に彼女がいじめを止めようとした訳ではないが、彼女の存在が切っ掛けとなって、彼はいじめられなくなった。その結果彼女に対して好意を抱くようになり、最終的にそれは恋愛感情に昇華した。
だが、彼女の本性──最弱であろうとし、最弱であることを利用する人間であることに気付き、そして激怒し、愛情は憎悪に転化。
いじめられ、傷付けられ、傷付けられたからこそ、弱さを武器にする彼女が許せなかったのだ。
許せなかったあまり──当て付けのように、校舎の三階から、美羽に見せ付けるように、飛び降りて、死んだ。
ご丁寧に、瑶台美羽を名指しで、「許せない」「アイツは卑怯な女だ」「くだらない」などと罵りの言葉を並べ立てた遺書も残していたことで、軽く問題になり、相手の親は彼がいじめられていたことを知っていたので、彼女がいじめの主犯格なのではないかと思われたりしたが、彼が彼女のことを好いていたのは周知の事実で、いじめをしていないことも周知の事実だったので、最終的に振られた腹いせに自殺したということになっていた。
実際、彼女は彼のことを振っていた。
彼女に振られたとき、彼女の本性に気付いたから、当て付けとして自殺した訳だが、傍目からは振られた腹いせにしか見えなかった。
本質的なところからは外れてしまったが、現状を簡単に伝えており、大事な情報は欠けていたが、確かに分かり易く整理されていた。
恋愛感情の縺れの末というのは、強ち間違っていない。
意図して最弱であろうとし、それを利用している己に気付かないために、彼が死んだ理由に関しても、周りが口にしている理由を信じている──と、思い込んでいる。
無意識にそう思い込むことで、自分の心を守っているが、傷付かなかった訳ではない。
勝手に好かれた挙句、勝手に憎まれ、勝手に自殺されただけだが──それでも、自分が理由で自殺されたという事実に、しっかり傷付いていた。
当時の彼女は一四歳。
中学二年生。
メンタル的に最も不安定だった時期。
傷付かない筈がない。
「そんなんだからいじめられたんだろ」
だからこそ、ファルシュ──
「理由はどうであれ、誰かに助けて貰えないとどうにか出来ねぇ奴は、自分を助けてくれた奴なら負の感情ぶつけてもある程度なら許してくれるだろうって甘えるんだ。世の中のいじめられっ子が全員清廉潔白って訳じゃねぇからな」
己に齎された救いでさえも、己の弱さのために利用しているどうしようも彼女だが、それでも救われたという感情はあり、彼女にとって、ファルシュが特別な存在だ。
前世、大学生だった頃、家を追い出された彼のために、住居を提供し、毎日食事を作っていた時期があるくらいには、好いている。
屑を極めたとエンゲルに評価された彼だが、何やかんやで友人だと思っている相手に、献身的に尽くされれば、それなりに応えてやろうという気になる──
だから、彼女が今の今まで、破滅せずに済んでいるのは、彼のお陰でもある。
彼だけのお陰ではないが、彼のお陰だ。
「お前、何企んでるんだ?」
「企んでいるってほどのことじゃないけど、どうしたんだよ、急に」
ファルシュの問い掛けに、ゼーレがそのように答える。誤魔化している訳ではないが、ファルシュからすれば白々しい反応だった。
「別にお前が今企んでいることを詳らかにして欲しいって訳じゃないし、したところで疑問が解消される以上のことは起こらねぇだろうしな」
「だったら訊くなよ」
「まあ、あれだよ、俺は上手くやれよってことが言いたいんだよ」
「変なヘマはしないから」
「ああ、頼むぞ」
その言葉に、ゼーレは「分かってるよ」と返した。
前世も今世もウテナの兄でい続けられた男だ、きっと大丈夫だろう。
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