第47話【ミウリアは疲れている】
ミウリアは疲れている。
どこかの誰かさんのせいで。
「ミウリアちゃん、最近溜息を吐く回数が増えているみたいだけど、大丈夫?」
「だいじょばないです……」
平時の彼女であれば、己を過剰にか弱く見せても、弱みは見せないようにしている相手、リューゲ・シュヴァルツにならば、このようなことを言わないだろうが、疲労のせいで、ついうっかり、本音を吐露してしまった。
これに関しては本当にうっかりで、無意識の演技などではない。実際より過剰に演技をしているだけで、か弱いこと自体は事実で、疲弊すれば、身の振り方を誤ったり、ボロを出したり、大して親しくない相手であるリューゲに、弱音を吐いてしまうこともある。
彼女は、時代が時代なら、国家を変えてしまう可能性を持った、とんでもない偉人であり、異人であるのだが、それでもか弱い人物であることない。
過剰にか弱い演技をしないと生きれぬほど、か弱いのだ。そして人間なのだ。
当然ミスもする。
ヒューマンエラーという奴だ。
どれだけ丁寧に取り繕うと、彼女が人間である限り、絶対に避けられない。
どれだけ強力な異能力を得ようとも、どれだけハイテクな機会が開発されようとも、使い手が使い熟せなければ、無能力と化し、ノーテクになってしまうのと同じように。
「そうか。何かあったのかい?」
「……ミーネ・カラミタ様に、ちょっと、しつこく絡まれてしまって……本人に悪気はないと思うのですが、悪気がないからこそ、厄介と言いますか……」
友人はいるみたいだが、ゼーレやミウリアほど彼女の話に付き合ってくれる人はいないらしく、ゼーレとミウリアは、完全に話を聞いてくれる相手としてロックオンされてしまったのだ。
厄介な相手に、目を付けられてしまったと、その場で頭を抱えたくなった。
「うわ、来た……」
視界の端に、ミーネの姿を捉え、珍獣を見付けたみたいな反応をしてしまう。普段ならば、友人達、エンゲルやメランコリアなど、一部の者の前でしか吐き出さない本音を吐き出してしまう。
向こうに気付かれた以上、露骨に避ける訳にもいかないため、引き攣った表情を浮かべながら、「あ、ミウリアちゃん」と、駆け寄って来るミーネに、「あぁ、カラミタ様…………どうかなさいましたか?」と、言葉を掛ける。
一方的に喋り倒すミーネの姿を見て、「ミウリアちゃんが言っていた、ミーネって子、この子のことか……」と、圧倒されながらも、正しく理解する。
確かに、これは疲れる。
慣れていても疲れるだろうが、慣れていないともっと疲れてしまうだろう。
恐らくミーネは、自分のこと以外が視界に入っていないのだろう──自分のことだけを考えている相手というのは、実のところ少ない。
どれだけ自己中心的な我儘人間でも、家族のことは考えていたり、親しい友人のことはそれなりに慮ったする──例えば、極悪非道なウテナ、闇医者の娘として生まれたストラーナ、詐欺師であるファルシュも、完全に自分のことだけを考えている訳ではないのだ。友人だったり、家族だったり、恋人だったり、そういった極小数の大事な相手のことは、独善的な形であっても、それなりに考え、慮り、時には自分を投げ売ったりする。
己も大概人のことを考えない──斟酌しない側の人間だが、ここまで酷くないと、自分のことを棚に上げながら、リューゲは思う。
話を聞いている内に、ミーネが一年生であること、ミーネとミウリアが大して親しくないことを理解し、「ねぇ、ちょっと良いかい?」と、無理矢理彼女の言葉を遮る。
「キミ、一年生だよね?」
「はい、そうですけど、それが一体どうかしたんですか? というか、いきなり何ですか? 人の話を遮って。そんなに大事な話なんですか? これで、くだらない、どうしようもない、どうでもいい話だったら、本当に失礼ですよ。分かっていますか?」
失礼なのはお前の方だ。
大人気なく面罵したくなるリューゲだったが、相手は一年生、人間として未熟なのだ──と言い聞かせ、苛立った精神を落ち着かせる。
彼女は人の神経を逆撫ですることに関しては、かなりの上位の天才なのではないか──相手を苛立たせてやろうという敵意や悪意、害意といったものがなく、ここまで相手のことを苛立たせるのだから、彼女は間違いなく天才だろう。
世の中にはあまり必要がない、それどころかいらないとされる才能だが、相手を尋問するときなどは使えるかもしれない。
これだけ腹の立つことを何度も言われれば、どれだけ口の固い人間にでも、苛立ちのあまり、口を滑らせてしまうだろう。
それぐらいしか使い道がなく、日常生活に支障が出るような才能ならば、ない方が良いだろう。その方が幸せな人生を送れる筈だ。
確率が上がるというだけで、彼女が幸せになれるかは彼女次第だが、周りが苛立ったりすることは、今よりは減るだろう。
「ミウリアくんは年齢の割りには幼い顔立ちをしているから誤解したのかもしれないけど、彼女は二年生、私の後輩であり、キミの先輩なのだよ。先輩だから敬えとか、そんな説教臭いことは言いたくないけど、先輩なのだし、タメ口は良くないんじゃないかい? ビジネスの場で求められるほど厳格なものである必要はないけど、一応は敬語を使った方が良いんじゃない? プライベートなら構わないけど、個人の自由だけど、今は違う。学園の生徒としてここに居るのだから」
かなり優しく注意したのだが、「はぁ……何でですか?」と、きょとんと首を傾げられる。
「本人が嫌がっていないんだから良いじゃないですか」
タメ口で話し掛けられること自体は嫌がられていないが。存在は嫌がられている。
「というか、今言う必要ないですよね? 何で今言うんですか? 人の話を遮ってまでする話ですか? 何か失礼ですね、貴方」
「いや、あの……そこまで、言わなくても……」
「ミウリアちゃんは、話を遮られたら嫌な気分にならないの? なるでしょ? どうしてそんなこと言うの? 酷いよ……」
「いえ、あの……シュヴァルツ様は、一般論を仰っただけですし……一般的に、先輩には敬語を使うものをされていますから…………シュヴァルツ様はそこを気にして、注意しただけですし……そこまで言われること、ではない、と、思っただけですよ……」
「人の話を遮ってまですることじゃないでしょ。話し終わってからでいいじゃん。話遮ってごめんねくらいはあってもいいんじゃない? 真っ先にそれを言うべきなんじゃない? 先輩だからって何をしても良い訳じゃないでしょ。パワーハラスメントって奴じゃないの?」
「これでパワーハラスメント認定されたら、私はハラスメントハラスメントで訴えるよ……これをパワーハラスメント認定した奴を訴える、シュヴァルツ家の力を使ってでも」
「脅しですか? 酷いです!!」
「脅していない。あくまでもこれはパワーハラスメントではないということが言いたいのだよ」
「例えです……あくまでも、比喩……比喩、ですから……過剰反応、しないで、下さい……」
「比喩でもそういう誤解される言い方しない方が良いですよ。中には私みたいに誤解する人もいるんですから。家の力とか言えるぐらい良いところに生まれたなら、言い方に気を付けたらどうですか? お母さんに教わらなかったんですか?」
母親が幼い頃──記憶すらない。物心が付くより前に亡くなっているため、『お母さんに教わらなかったんですか?』は、特大の煽りだ。
その言葉をそっくりそのまま返したい。
「………………親関係は、あまり言わない方が良いのでは──」
一瞬だけとはいえ、彼の雰囲気が変化したことに気付いたのか、ミウリアが咎めるようなことを言うと、「何でですか?」と、きょとんと首を傾げる。
なるほど、ミウリアは、ミーネのこういう無神経なところに、擦り減らされたのか。
疲弊していたのは、一方的に喋り倒されたから──だけでなく、こういうところに徐々に摩耗させられたからなのか。
(相手に対してシンプルな嫌悪と苛立ちを抱いたのは、これが初めてかもしれない)
嫌悪と苛立ち以外の感情を抱けないのは、これが初めてだ。嫌いな相手、苛々する相手というのは、これまでに何度も出会って来たが、そんな相手にさえ、多少なりとも嫌悪や苛立ち以外の感情を抱いたりしたが。けれど、ミーネに対しては、それ以外の感情を抱けない。
敵意、害意、悪意がないだけに、本人が悪いことをしている、相手を傷付けるようなことをしている、相手が気分を害していると理解出来ないため──ミウリアやリューゲが咎めるような言葉を言う理由が、全く理解出来ないのだろう。
悪いことをしていないのに、相手を傷付けるようなことをしていないのに、相手が気分を害していることをしていないのに──どうしてこんなことを言われるのだろうか、酷い、というのが、彼女の心境なのかもしれない。
「別におかしなことを言っていないよね? 変なこと言っていないよね? どうして?」
これは相手したくない。
これは関わりたくない。
これは面倒臭い。
「ねえねえ」
ふと、ミーネの肩を叩き、声を掛ける人物が現れる。
ふわふわとした月白の髪と、垂れた目尻、髪と同じ月白色の睫毛に縁取られた翡翠の瞳が特徴的な男子生徒──ミウリアのことを、遠目でジッと見詰めていることが多々あった男子生徒が、陽気なトーンで声を掛ける。
「カラミタちゃん、先生が呼んでいたから、職員室に行った方が良いんじゃない?」
「先生?」
「担任の先生──何か怒ってたし、あまり待たせない方が良いかも」
「えっ? そうなの?」
「うん」
「あ、そうなんだ。何かやらかしたかな? 全然心当たりないんだけど……まあいいや、行ってくるね」
「あ、うん、いってらっしゃい」
そして二度と帰って来るな──と、リューゲは心の中で付け加える。
「話をしている最中にごめんね~」
月白の髪と翡翠の瞳を持つ彼は、全く悪びれない声と態度で謝ってくる。
平時なら鼻に付いたかもしれないが、今回は正直助かったので、「いえ……そんなことはないです……」と返した。
「それならいいんだけどね、じゃあねぇ、バイバイ」
「ぁ……」
一瞬だけ引き止めそうになるが、リューゲがいるところで、どうして自分のことをジッと見ていたことがあったのか問うのは、流石にどうかと思ったので──月白の髪をした彼が答え難いのはそうだが、回答次第では、というより、この話をした瞬間に、リューゲが面倒な素振りを見せる姿がすぐに思い浮かんだので、それについで問い
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