第46話【ある意味ではチャンスだし、いっか】

 太く腰のある左右非対称な胡粉こぶん色の髪。垂れた目尻。大きめの紫黄しおう水晶の瞳。女っぽいが決して女顔ではない、程良く整った親しみ易い顔立ち。高くはないが決して低くはない身長。


 ゼーレ・アップヘンゲンの見た目を分かり易く評価するなら、中の上といったところだろうか。


 整ってはいるが、わざわざ名前を挙げる程ではない。


 アインツィヒ、ストラーナ、ミウリア、ファルシュ──顔立ちが整っていると考えるまでもなく評することが出来る者達に囲まれていると、それなりに整っている筈の容姿が普通に思われ、結果的に霞んでしまうだろう。


 それでも親しみ易い外見をしており、人当たりは悪くないため、声は掛け易い。ストラーナ達に用事がある場合、火急の用件でなければ、彼に伝えるように頼んだする者はかなりいる。


 仲間内からでも、本人に直接言い難いことを伝える係として利用されることも屡々しばしば


「この辺り掘り下げ甘くない? 大丈夫なの?」


「ここ掘り下げたら本題から逸れるから掘り下げていないんだと思うよ」


「結論との据わりが悪いと思うんだけど」


「こことここだけ見ればね。他の部分を見れば、そんなことないって分かるよ」


 穏便に事を済ませたいなら、ゼーレに任せておけば良いと思われている節があり──今回もそうだ、ミウリアがミーネに質問攻めされているところに通り掛かると、ミウリアに助けを求められ、面倒だと思いながらも渋々対応した。


(ある意味ではチャンスだし、いっか)


 どうやらミウリアは、一年生と合同で行われる授業のせいで、ミーネと一緒に課題を熟さなければならなくなったらしい。


 課題の殆どはミウリアがやった。ミーネがあれこれ口を出すため、彼女と一緒にやったら確実に期限内に終わらないと感じたらしい。文章を一つ書く度に、改行した方が良いのかとか、この内容を一つ文章にするか、文章を二つに分けるのか、そんなことを延々と訊かれたりしたからだ。それとなく彼女を遠ざけ、上手いこと課題を終わらせた。それまでは良かったのだが、合同でやるとなっている以上、勝手に提出する訳にも行かず、仕方なく、後は提出するだけとなった課題を見せたのだが、いつもの質問攻めが始まり、ウテナと関わりたくない、ウテナと仲良い相手とも関わりたくないと思っているエーレが、助け舟を出してしまうレベルで酷いことになったそうだ。


 それで一度質問攻めは終わったのだが、少しすると、気になることが出て来たらしく、また質問攻めが始まり、そこにゼーレが通り掛かった──だから助けを求めたということらしい。


 流石に本人がいるので、ここまで直接的な表現は使わなかったが、遠回しにこのようなことを言い、何とかして欲しいと伝えて来た。


 これは人目があるところなので、騒ぎになるようなことはしたくなかったので、ゼーレが通り掛かったときは天に感謝したそうだ。


「どうしてここはこんな表現にしたの?」


「内容をより分かり易くするってのもあるだろうけど、同じ表現連続させると幼稚な文章に見えるから、それを防ぐためってのもあるんじゃないかな?」


「そうなんだ。私は気にしないけどなぁ」


「世の中そういうのに煩い人がいるからね」


 ゼーレがミーネの問いに答えることで、彼女は満足したらしく、「ああ、そうなんだ、へぇ」と言った後、「じゃあ課題提出しに行こう」と、ミウリアの手を軽く引っ張る。


 無事仮題を提出すると、「ありがとうございます……ゼーレ様」と、ミウリアはゼーレの頭を下げて、感謝の言葉を述べた。


 ミーネはどこかに消えて行った。

 提出し終えたことで、課題に興味を失くしたらしい。


「あの人……何なんですか……あの、ゼーレ様のことは、知っているみたいですが……」


「少し話したことがあるだけで、知り合いと呼べるほどの仲ではないよ……あの人、ちょっと面倒な人なんだよ、噂通り」


「ええ、本当に……噂通りの人でした……課題している途中、全く知らない歌手の話をされたときは困りましたね…………名前すら初めて聞いた歌手なので、はいとか、そうなんですねとか、それぐらいしか言えなかったのですが……そしたら、途中で不機嫌になって、大変でした……ちゃんと話を聞いているのかとか、そんなことを言われたのですが…………彼女、一方的に喋り倒したんですよ……全く知らない歌手の話を、一方的にずっと喋り続けられても、その、あの……あれ以上、反応出来ないですよ……」


 寧ろ三〇分付き合ったことを褒めて欲しいくらいだ。知らない歌手の話を、せめて知らない相手でも分かるように話してくれたのなら、「はい」「そうですか」以外の返事をすることが出来たかもしれないが、自分が知っていることを相手も知っている前提で話すのだから、それ以外の返事をすることは出来ないだろう。


 全く知らなければ、聞いても内容を理解出来ないのに、ちゃんと相槌を打てというのは、かなりの無茶振りだ。「人の話をちゃんと聞いていないのはどうかと思う」「そんなんじゃ、あんまりない友達失くすよ?」「せめて不良だけはちゃんとした方が良いんじゃない?」とか言われる筋合いはない。その歌手のライブのために海外に行ったという話に、「海外……いいですね。私も、いつか、シェーンハイトとローゼリア以外の国に……行ってみたいです」と、「はい」「そうですか」以外の言葉を返したとき、「自分のお金で行ってね。私出さないので」とか言った人間に言われても、説得力なんてない。


 今の今まで話したことがないどころか、碌に顔を合わせたことがない後輩に、お金を出して貰おうと考える筈がないというのに。声を聞く限り、冗談ではなく本気なのだろうが、冗談だったとしても、失礼にも程がある。失礼の権化あるファルシュ、ストラーナでさえ、そのようなことは言わない。言ったとしても、確実に冗談だと分かる口調で言うだろうし、伝わらなければきちんと冗談だと言う筈だ。


「何と言いますか、近くにいるだけで気力が削がれます……」


「気持ちは分かる」


「ゼーレ様……本当に、本当に…………助かりました……ありがとうございます……」


 げっそりとした顔になり、明らかに疲れていると分かる雰囲気を纏いながら、再び感謝の言葉を口にする。


 内心ではそこまで感謝されるほどのことではないと思っていても、その様子を見てしまえば、口に出すことなど出来ず、代わりに「いや、気にしなくていいよ。相手するのは疲れるけど、慣れれば大したことじゃないから」と返す。


 誰が聞いていてもおかしくない場所で愚痴を零すくらい、疲れているらしいので、見た目以上に精神的な疲労が溜まっているのかもしれない。


「それよりも、お前、かなり疲れてるみたいだけど、大丈夫なの?」


「休みたいです……疲れました……」


「さっさと帰ったら?」


「そうしたいと思います…………ありがとうございました、ゼーレ様……」


 三度目の礼の言葉を述べると、疲れた様子を隠すことなく、ゆったりとした歩調でこの場を去って行く。疲れ隠す余裕がないのだろう。見知った友人であるゼーレの前だから、変に取り繕う必要がないだけなのかもしれないが。


 上手く躱せないミウリアを、相手をしてくれる人と勘違いしたのか、その日からミーネは彼女に絡むようになった。


 絡むようになったと言っても、一年と二年、学年が違うため、ミウリア側が彼女を避けるように動くことで、何とか対処していたが、それでも絶対に避け切れる訳ではないため、徐々に徐々に疲弊している。


 疲れが蓄積していると分かる表情で、「学校に行くのが嫌になりそう……」と、ゲーム部の部室で呟いた。


解体バラす?」


「だ、駄目ですよ……ストラーナ様……折角、あの空間に死体がない状態が作れたのに……」


「そこじゃないだろ」


「いや……しかし、ゼーレ様……死亡者という名の行方不明者が増えたら、それはそれで面倒臭いじゃないですか……人一人を処分するの、楽じゃありませんし……」


「プロアイエ湾に死体を沈めるにしても、そこそこ手間暇掛かるし、いつもの溜り場である異能力で創造された異能空間は死体置き場として最適だけど、あくまでも置くだけで処分出来る訳じゃないからねぇ。面倒だなぁ」


 物騒なことを呟くウテナの言の通り、死体を処理するのは簡単ではない。裏社会に前進を浸かっているリベルタなら処分出来るが、彼のところまで死体を運ぶ必要があるため、すぐに処理することは出来ない。


「ああいう人ですし、放っておいても誰かに殺されるだろうし、放置してても大丈夫でしょ」


「ゼーレ兄さんにしては結構なことを言うねぇ」


「僕も被害に遭っているし、内心では鬱陶しく思っているからさ……皆色んな意味で辟易しているし、あり得なくないだろ」


 溜息混じりに、うんざりした様子のゼーレは、「分かり易く、とんでもないことやらかすタイプじゃないのが、逆に厄介……いっそのこと、ストラーナさんみたいなやらかしを皆の前でしてくれないかな?」と言った。


 こちらもこちらで、相当疲弊しているらしい。


「兄さん大丈夫?」


「大丈夫じゃない……」


「茶を淹れてやろう。焙じ茶で良いな?」


「ありがとうユーベル……」


「貴様の間抜け面を見ていても詰まらないだけだからな」


「やっぱ有り難くない」


 ユーベルなりの優しさなのかもしれないが、一言余計だ。ついでを言わせて貰えるなら、いつもの顰めっ面も余計だ。


 余計なことをする男の代名詞みたいな奴である。


「個人的には面倒な奴等殺してしまえば良いのにと思うが、冬休みに入る前、些か人間を殺し過ぎてしまったのは事実。上手く殺らねば後が面倒だろう」


 湯呑みに淹れた焙じ茶を渡しながら、このようなことを口にする。


「殺すのは難しくないけど、殺した後って難しいわよね。ウチの病院みたいに、処理ルートを開拓している訳じゃないから」


 アバトワール病院みたいに、人を殺すことを前提とし建てられた建物は早々ないだろう──人を殺すことを前提として生きている人物も、早々いないだろう。


「殺すにしても、もう少し待ってからの方が良いかもね」


「それから事故死に見せ掛けて殺すとか?」


「そうそう」


 ウテナとストラーナは、目笑を交わしながら、物騒な会話をする。


 満目蕭条状態のミーネなら、死んだとしても、一部の人以外顧みたりしないだろうとか、一般的な感性を持っている人間が聞けば、流石に咎めるようなことまで言い出す。


 鬱憤が溜まっている二人を見て、二人共何か思うところがあるのかもしれない。


「溺死の方がそれっぽく見えるかな?」


「苦しめられるし丁度良いかも」


「近くに川も在るからな」


 ユーベルまで物騒な会話に参加し始めた。


「あの、ゼーレ様はお茶菓子、ありますけど……出しましょうか?」


 盛り上がっている三人から離れ、ゼーレのところに移動すると、やんわり声を掛けて来る。


「そうだね……そこの物騒組放置して、僕達はお茶していようか」


「ああ、いいですね……そうだ、お茶しながら、この間買ったゲームしましょう……ここ、ゲーム部の部室ですし……」


「完全に私物化しているから忘れそうになるけど、そう言えばそうだったね」


「あの、それで、お菓子……その、何が良いですか?」


「何でも良いよ」


「この間、貰った奴、持ってきます……」

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