第43話【おかしな話ではないが、納得出来なかった】

「ウテナって人とゼーレくんって、実は兄妹だったりするの?」


 黄支子きくちなしの髪と桑染くわぞめ色の瞳をした女子生徒──ミーネ・カラミタが、距離感や関係性を考慮せずに話し掛けて来る。


 大して親しくもない先輩をくん付けで呼び、タメ口で話し掛ける──何なんだコイツと思わなかったと言えば嘘になるが、わざわざ指摘する気にもなれず(指摘してやろうと思うほど好感を持てていない)、「いきなりどうしたの?」と、何事もないように、質問に質問で返した。


「ウテナって人がゼーレくんのことを兄さんって呼んでいるから、少し気になったんだよ。二人って人種とか全然違うし……。親戚にも見えないからさ」


 前世では兄妹だったからだ──とは言えないため、いつもの出鱈目を話すことで誤魔化そうとした。


「ウテナの親戚と、僕の親戚がちょっとした知り合いで、その関係で交流があるんだよ。僕の方が歳上だから、兄さんが呼ばれているんだよ。小さい頃の仇名を今も引き摺っているようなものって言えばいいのかな? まあそんな感じ」


「兄さんが仇名?」


「いや……仇名っていうのは、あくまでも比喩表現であって、実際にそうって訳じゃないから」


「歳上だからって、必ずしも兄さんって呼び方になるとは限らないよね? どうして? 何で? 五つぐらい歳上ならまだしも、一つしか変わらないんだし」


「小さいときの話だし、その場のノリみたいなものだし、大した理由なんてないよ。ウテナも、多分、何となくっていうだろうし」


「呼び方を変えようとは思わないのかな?」


「今更変える理由もないし、その呼び方でずっと通してきたんだから、わざわざ変えないでしょ。変えないと困る理由がある訳じゃないし」


「けどさ、こんな風に疑問に思って質問して来る人もいるんだし、気にならないのかな?」


 訊いてくる人はそれなりにいたが、ココまでしつこく根掘り葉掘り訊いて来る人は、ミーネを除けば誰一人いない。


 一番最初にしたような説明で、大体の人は納得する。過去にしつこく訊いてきたリューゲとて、ここまでしつこくなかった。


「別に、やめるほど気になる訳じゃないし──例え気になったとしても、やめないといけない理由にはならないよね?」


「何度も色んな人から同じように質問をされたらうんざりするじゃん。嫌にならないのかなって」


 大抵の人間はここまで踏み込んで来ないから、嫌になるほどうんざりすることはない。と、言いたくなったが、グッ堪え、「ないかな」とだけ答える。


「ゼーレくんはそうかもしれないけど、ウテナって人は気にならないのかな?」


「ウテナに訊ねに行こうとする愚か者は極々少数だよ。普通、クラスメイトから極悪霊場呼ばわりされる人に、あれやこれや質問することはないでしょ。僕だって知り合いじゃなかったら、そんなことしないよ」


 妹でなければ──そのようなことはしない。


「ちょっと質問することすら出来ないの? とんでもない相手だねぇ。怖いなぁ。エーレくんもあれこれ言ってたし、やっぱ怖い人なんだ」


 狡猾で、残忍で、残酷で、極悪な女──それがウテナ・ヴォルデコフツォだ。


 怖い人という言葉では片付けられない。

 怖い人という言葉で片付けるべきではない。


 そして、自分が怖い人と評する人物から、兄と呼ばれている存在が、眼の前にいるのだから、何の力もない一般人が、例え思っても、口に出すべきではないだろう。


 どのような形でウテナの耳に入るのか分からないのだから。


(まあ、良くも悪くも、ウテナのことを知らないから、そういうことが出来るんだな──純粋に、相手の気持ちを考える能力が低いから、というのもあるんだろうけど)


 ミーネ・カラミタは、教師から面倒な生徒扱いされている。


 ミーネは、思っていたことをすぐに口に出してしまう傾向があり、疑問はすぐにでも解消したいらしく、授業中でも教師から黙れと言われたり、煩いと言われる質問しまくり、彼女が質問をすると授業が止まるというのが、教師の中で囁かれ、存在が授業妨害とクラスメイトが訴えた。学園側も問題視していたため、事がスムーズに運び、すぐに『ミーネ・カラミタが授業中に質問した場合は、授業妨害と捉えて対処する』『質問は授業外にするように』という決定通知を渡した。そのせいで、彼女は有名人になった。


 エーレはそれだけ意欲的だと、前向きに捉えているが、実際に迷惑を被っている教師とクラスメイトからしたら堪ったものではない。


(何で何で期の幼児を相手にしているような気分だ……)


 根掘り葉掘り質問してくる相手はいるが(例えばミウリアが関わったときのリューゲとか)、過去に出会ったそのような人物とは違う何を感じた──否、一人だけ、合致する人間がいる。


(途中からゲームサークルに入ってきた、面倒臭い奴に凄くそっくりだな)


 あれも人の気持を全く考慮せず、気になったことは根掘り葉掘り訊いて来た。そのせいで嫌われていた。うざがられ、鬱陶しい存在だと思われていた。


『そのゲームどこ見付けたの?』『何でそのゲーム買ったの? 何で買おうと思ったの? どうして?』『いくらだった?』『他のソフトを買おうと思わなかった理由は?』『他の店を回ってみようとか、ネットで買おうとは思わなかったの?』『どうしてその店に行ったの? どうしてその店で買おうと思ったの?』『大学の近くにはないよね。近所なの?』


 こんなことを何度も何度もしてくるものだ。前世のユーベルは、そのことにキレてしかい、本気で窓から粗大ゴミとして投げ捨てようとし、慌てて前世のファルシュが止めに入った。前世のストラーナは、一緒になって窓から投げ捨てようとしたので、前世のミウリアがそれを止めていた。


 窓から捨てられそうになった人物は、どうして窓から投げ捨てられそうになったのか分からず、ただ一方的に酷いと喚いていた。


 窓から捨てる行為自体は酷いし、そのことに文句を言いたくなるのは分かるが、その前にミウリアに「あの、苛々する気持ちは分かりますが──その、絶対に、過激なことはしないで下さい」と言い付けられていたユーベルが、どうしてあのような行動に走ったのか考えるべきだろう。


 ユーベルのすぐ近くに刃物があれば、彼はそれで彼女のことを刺していただろう。すぐ掴める武器がないから、高さを凶器にしようとした。死ななかったのは、あまり大きな怪我をしないで済んだのは、運が良いとしか言えない。


 少しでも自分が責められると、酷いと言って喚くせいで、相手にすることすら面倒臭いと思い、半分くらい放置していた。完全に放置するのは、面倒なことになりかねないから、一部の人間が、前世のミウリアと前世のゼーレが、壱加いちか彩子あやこちゃん係になって、程良く相手していた。


(あんな人間とは二度と関わりたくない)


 面倒臭い。

 出来るだけ相手にしたくない。


(可能なら、あの人に似ているこの人とも関わりたくない)


 突き放したい気持ちはあるが、こういうタイプの人間は露骨に突き放すと面倒なことになると、過去の経験から悟っているゼーレは、適当に相槌を打つ。


 話題を切り替えるために、「そのカメラ、結構綺麗だね。最近買ったの?」と、少し強引に、彼女が手に持っていたカメラに視線を遣る。


「あげませんよ?」


「別に欲しくないけど……」


「このカメラ、部活で使うから、良い物を買ったんだ〜。私って写真部だから、ちゃんとした物を買おうと思って。ある程度は部費で賄えるから」


「ああ、うんそうなんだ」


 ゼーレは一度として集ったことはない。

 そして「あげないよ?」と言っているときの口調は、冗談めかした感じではなく、本気だと分かるものだった。


 例えば仲の良い友人にも冗談めかして言われるのであれば、「いらねぇよ」と軽く流せただろうが、大して親しくない相手から、本気で「あげないよ?」と言われるのは、あまり良い気分にはなれないだろう。


「良い物だとやっぱり普通の奴と違うの?」


「そうだね。映りが結構違う。あげないよ?」


「僕には必要ないから」


 そこから折を見て、「ごめん。この後用事があるから」と、話を切り上げる。


「あっ、そうなの? 引き止めてごめんね」


 バレバレとまではいかなくても、少し察しが良ければ気付く嘘に、あっさりと騙される辺り、本当に他者への機微に疎いのかもしれない。


 何度かわざとやっているのではないかと疑ったが、この表情を見る限り、天然ものであるようだ。養殖であって欲しかったと思った。


 こんな人間だが、友人はいるらしい。

 片手で数えられる程度だが、いるらしい。


 最初友人がいると聞いたときは、一方的に友人だと思っているだけなのではないかと思っていたが、相手からも友人だと思われているようだ。何があったのだろう。


 よくよく考えてみれば、人殺しに躊躇がないストラーナや、人を騙して金銭を巻き上げることに躊躇がないファルシュ、人を追い詰めて破滅させることに躊躇がないウテナですら、友人がいるのだから、その三人と比較すれば人間的にマシな人物であるミーネに友人がいるというのは、そこまでおかしな話ではないのかもしれない。


 おかしな話ではないが、納得出来なかった。

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