第37話【折角だから、腹を割って話しましょう】

「折角だから、腹を割って話しましょう」


 拳銃の安全装置を外し、引き金に指を掛け、銃口をミウリアに向けながら、ストラーナはにこやかに語り掛けて来る。


 腹を割って話す人間の行動ではない。これは脅しだ。もしや、物理的に腹を割るという意味で言っているのだろうか? 今日が命日になるのだろうか? ミウリアは両手を上げ、「何を話しますか?」と、あっさり服従した。


「ミウリアちゃんって、挨拶をするみたいに話すよね。場面的にこうするべきシチュエーションだから、こうしているっていうか……マニュアル通りに動いている感じだよね。細部は随時マニュアルに載っていない対応をすることはあるだろうけど、基本的に自分の中のマニュアルに沿って行動している。誰もがそういうところがあるけれど、それが極めると中々奇妙項礼だと思わない?」


「……そうかもしれませんが、それが一体、どうして……そのような話を」


 ストラーナが訳が分からないことを言うのは今に始まったことではないが、今回はいつも毛色が違った。何かが違うと感じた。


「腹を割って話しましょうとは言ったけど、話し合いましょうとは言ってないんだけど」


 質問する権利はないようだ。

 それは話ではなく──質問ではないだろうかと思ったが、この状況で反論する度胸はない。


 ユーベルならストラーナを斬るのだろう、ウテナなら蹴るのだろう、ファルシュなら罵るのだろう、だが、ミウリアはそのようなことをしない、出来ない。


 本来より、自分をか弱く見せているだけで、か弱いことには変わりないのだ。そのようなことが出来る筈がない。怯えはしないが、困惑はしていた。こんな死に方は嫌だと、全力が思考を巡らせていた。


 ストラーナが一方的に会話することはよくあることなので、それだけならそういう気分なのだろうと流していたが、拳銃を突き付けられながら、質問をする権利すら与えられずに言葉を交わすことになるのは、今回が初めてだ。


 前世を含めても、初めてである。


 圧倒的に不利な状況だ。


 ミウリアはベッドに横たわり、降参ポーズを取ったまま、拳銃を突き付けられている。


 ストラーナは椅子に座り、ミウリアを見下ろしながら、拳銃を突き付けている。


 彼女がくしゃみをして、うっかり引き金を引いただけでも死んでしまう。


「人払いは済ませてあるから、安心して」


 何一つとして安心出来ない。

 寧ろ不安を煽られている。

 一気に寿命が縮んだ。


「人って信じられないくらい些細な言葉に、うっかり救われちゃうことがあるけど──ミウリアちゃんが、それによってうっかりファルシュに救われて、彼に対して好意的な感情を抱くようになったというのは理解出来るんだけどさ」


 今日のストラーナはやけにねちっこい。些細な言葉で救われた。それがどうしたというのだ。拳銃を突き付けるほどのことなのだろうか。何がしたいのだろうか。意味が分からず、続きの言葉を待つ。


「──どうして、その感情が持続したの?」


 それは一体どういう意味合いで仰られているのでしょうか? 彼女思わずそのような言葉を口にしそうになるが、質問した途端に、銃弾が銃口から放たれることになり兼ねないので、グッと堪える。


「好意的な感情を抱く理由と、好意的な感情を抱き続ける理由って別物でしょ? これでファルシュが普通の男の子ならまだ分かるのよ。どこか良いところに惹かれたんでしょってなるし。何かあったんだろうなぁって片付けられる。だけどファルシュって詐欺師だし、はっきり言って一緒にいると被害被りかねない相手じゃない?」


 もしもここにゼーレがいたら、「アンタが言うな」と言い返していだろう。「ストラーナ様が言うんですか、それ」と、やはり口には出せなかったが、ミウリアはそのようなことを思い、拳銃さえ突き付けていなければ、言ってやりたかったと思った。


「……そう言われましても……何やかんやでファルシュ様は、私を助けて下さいますし……それが好意的な感情を抱き続ける理由では、駄目なのでしょうか?」


「ありきたりだね。満点の回答だ。まるで面接のために、事前に話すことを考えてきた就活生みたいな回答」


 妙に具体的で生々しい例えだ。

 ストラーナの言う通り、用意している内容をそのまま口にしただけなので、そう思われても仕方がない。


 言っている本人にその自覚はない。本心から思っていることを口にしたと思っている。決して嘘ではないが、本当と形容するには些かエゴが含まれ過ぎているが、言い訳にしては説得力があるだろう。


「表面だけ感受すれば、健気っぽく聞こえるけれど、よくよく考えれば、これだけの理由で、好意的な感情を抱いたときと変わらない感情を持ち続けているのっておかしいわよね。上がらず下がらない好感度。何もなくても上下するのにね、好意なんて」


「そうでしょうか? ……私に、そんなつもりはないのですが」


 そんなつもりはない。

 本人にそういう意識はないのだから。

 自覚していないのだから。


「好きになったり、嫌いになったり、また好きになったり、また嫌いになったり、そういうものだと思うんだけれど、どうかしら?」


「どう、と、言われましても……」


 平滑流暢へいかつりゅうちょうに、意図の読めない話は続く。


「ミウリアちゃんはさ、ファルシュのこと、人間として好きなんだよね?」


「ええ……」


「異性として好きって訳じゃないだよね?」


「ええ……」


「友人として好意的な感情を抱いているってことなんだよね?」


「はい……」


 詰問するように言葉を並べ立てられては、嫌でも口数が少なくなり、ワンワードで済む返事しか出来なくなる。首を縦に振り、言葉以外でも肯定の意を示す。


「その割りには勘違いされても訂正しないよね。直接言われたら訂正するけど、そうじゃない限りは、ファルシュに対して異性として好意を抱いていると勘違いされていると気付いても、違うと否定しない」


 否定しないのは、直接言われない限り、本当に勘違いされているのか分からないからで、下手に否定すると余計に勘違いを増長する可能性があるからだ。


 そのような内容を口にしようと、口を開こうとするが、その前にストラーナが言葉を発したことで、遮られた形になってしまう。


「都合が良いよね。この勘違いのお陰で、勝手に振られてくれるし、自分じゃなくて、ファルシュに敵意が向くこともあるし、直接的にファルシュが好きと言わなくても、それっぽいこと言えば好きな相手がいるから付き合えないということに出来る。スゲェ便利じゃん。真似しようかな?」


 ストラーナに恋愛感情を抱く曲者は滅多にいない上に、告白する傾奇者などゼロに等しい。恐怖という部分が麻痺しているか、危機意識が絶滅した愚かさを持っている相手が、彼女に惚れない限り、あり得ない。


「恋愛感情とまではいかなくても、ファルシュに対して異性として良いなって気持ちが微量でも存在しているなら、ギリギリ納得出来なくはないのよ。それでも腑に落ちないところはあるけれど、それらしい理由をでっち上げることは出来なくもないし」


 牽強付会が過ぎるような内容でも、理屈をいくつか持って来ることが出来る。だけど、その気は微塵もない。寧ろ異性としてはあり得ないと思っている。それなのに勘違いを放置しているのだ。


 そのような相手を好きと思われたら、ストラーナなら訂正する。訂正する前に、うっかり相手のことを撃ち殺すかもしれない。


「アニメキャラに恋しているとか、美形の俳優に恋しているとか、そんな言い訳として使っていない? タイプを訊かれたときに、本当のことは言いたくない相手に対して使う言い訳的な感じで」


「そんなこと、ありませんけど……」


 ミウリアにはそんなつもりはない。言い訳として利用している自覚がない。何故なのか妙な勘違いをされてしまったと思っても、それ以上のことは思わない。意識しているところでは。


「好きでもない好意を持たれたときは重宝したんじゃない?」


 勝手に振られたと相手が思い込んでくれたときは、助かったと感じなかったと言えば嘘になる。その部分に関しては自覚があったので、否定の言葉は出て来なかった。


「…………重宝した、という訳ではありませんけど……確かに、その、ファルシュ様のお陰で、助かったと思うことはありました……」


「ミウリアちゃんの中ではそういう風になっているんだね」


 自分がか弱いという点を捻じ曲げる、都合の悪い内容であるため、このときのストラーナの言葉を、ミウリアが理解することはなかった。「何を言っているだろう? ストラーナ様の言っていることだから、深く考えるだけ無駄だよね」という風に思考停止し、違和感を探求、追求しない。


「話してみてよく分かったわ──ミウリアちゃんから、体調不良になっている原因に心当たりがありそうな件について訊き出すのがほぼ不可能だって」


「?」


 ミウリアは頭に疑問符を浮かべた。

 だが、それ以上、何かを考えることはしなかった。

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