第36話【俺はアイツ以上に自分勝手を極めている奴を見たことがない】
「今世のアイツも可愛い顔しているけど、前世のアイツもそこそこ可愛い顔していただろ?」
ゼーレの部屋で持ち寄ったゲーム機で、彼と共にゲームをしていたファルシュは、不意にそのようなことを言い出した。
いきなり何なんだと思いつつ、「まあ、そうだね……」と肯定する。今世は言うまでもないが、前世も可愛いという言葉に遜色ない容姿をしていた。
「前世の容姿でもリューゲ・シュヴァルツが、アイツに執心することに得心がいくだろ?」
「まあ、そうだけど……」
その表現もどうなのだと思いながら、前世の彼女の容姿は今ほどではないにしろ可愛いため、実際執心しても得心がいく。
もしもここで否定したとしても、彼はその意見を聞き入れなかっただろう。
反論されても、「俺はそう思わない」で、通していた筈だ。
それくらい、歩み寄りの余地がない雰囲気を纏っていた。
「あの容姿で、弱々しい雰囲気を出していたら、庇護欲を唆られてもおかしくないだろ? 露骨におどおどとしている訳じゃないけど、程良く気弱で、揉めていたら勝手に被害者だと思われるようなタイプ」
言葉から悪意は滲み出ていなかったが、何も知らない人間が聞けば悪意しかないと感じない、露悪的な言い回しだ。
「俺達の前だとあまりしないけど、アイツ、自分を弱く見せることに長けているからなぁ。俯いたり、ハキハキ喋らなかったり……人を害するより、人に害される、謂わば害し易い存在に見せることに長けているんだよな」
「まあ、確かに。ミウリアってそういうところあるよな。変人ホイホイなのも、そのせいかもしれない」
ファルシュのこの発言には心当たりしかなかったので、先程の発言と違い、ゼーレははっきりと肯定する。そして、反撃して来なさそうな振る舞いをしているから、体良く利用出来る存在と思われて、絡んで欲しくない相手に絡んでくるのではないかと、以前から何度も思っていたことを口にした。
「変人ホイホイではあるけど、守ってくれる人も同じくらい──とまではいかないが、それなりの数存在しているだろ?」
真っ先に名前が挙がったのは、ユーベル・シュレッケン。その次に浮かんだのは、エンゲル・アインザーム。それからストラーナ・ペリコローソやファルシュ・べトゥリューガーの名前が脳裏に浮上した。
(結構いるな……)
という感想を、ゼーレは抱く。
ウテナはアインツィヒ寄りではあるものの、ミウリアを庇護対象と見ている節がある。
(ストラーナさんの場合、自分より小柄な相手だからって感じだけど、あのストラーナさんが庇護対象として思っているんだから、必要以上に自分をか弱く見せるのは、ある意味では成功しているとも言えるよな……)
オタサーと呼ばれるようなサークルに入っていれば、オタサーの姫と呼ばれる存在になっていたのかもしれない。
(オタサーの姫……この上なくピッタリな表現だよな……)
そう考えると、何故トラブルだけの集団と共にいるのだろう? か弱い振り──正確に言えば振りではなく、元々持っているか弱さよりか弱く見えるように振る舞っていると、変な相手が寄って来るから、変人と付き合うことで、ある種の牽制をしているのだろうか? 必要以上にか弱く見せなくても、元がか弱いので、どちらにせよ変な人間が寄って来る。だから、必要以上に、己をか弱く見せて、自分を守ってくれる人間に取り入ろうという算段か?
悪逆無道の行いをし続けているストラーナが、守ってくれるというのであれば、自分を害する相手の命を奪う──つまり、相手から害される可能性が確実になくなるから、都合が良い存在だと感じているのだろうか。
庇護欲を喚起させるというのは、一種の生存戦略だろうが、ここまで来ると、少し怖くなる。
気持ち悪いくらい徹底しているとも言えた。
(そこまで計算高い人物は見えないけどな……)
言い方は悪いが、そこまで頭が回るように見えない。勉強は出来る方だと思っているが、今の今まで、頭の回転が速いと感じることはなかった。遅いと感じることもなかった。
「全く自覚していないってことはねぇだろうが、殆ど無自覚にやっているな。天然と言えば天然だな」
「天然……」
「頭の回転が速そうに見えないのも、そういう風に演じているんだろうな、あくまでも無自覚に、だけど」
殆ど無自覚にそのような振る舞いをしているのなら、確かに天然かもしれない。天然というより魔性だろうか? あのストラーナに庇護欲を喚起させ、自分を守らせているのならば、魔性と表現しても遜色ないだろう。天然より似合う。
それをゼーレが口に出していたら、ファルシュも同意していただろう。
「ミウリア、間接的に手を汚すことは結構あるけど、直接的に手を汚すことはあまりないだろ? ゼロではないけど、基本的に回りにやらせているだろ?」
「あぁ……」
言われるまで気付かなかった訳ではない。ただそれは、ミウリアが非力で、尚且つ、ストラーナのように拳銃を使える訳でもないからだと思い、あまり気にしていなかった。だけど、今改めて言われると、深妙に感じた。
本人に自覚がないだけで、それも意図的にやっているのだろうか。
「か弱い奴はそんなことしないみたいな、或いはか弱い自分がそんなことをしなくても、周りが勝手にどうにかしてくれるっていう意識があるんだろうな──あくまでも無自覚にだけど」
元からこうだった訳ではないのだろう。これは仮説でしかないが、前世の両親がお世辞にも真っ当な人ではないから、こういうことをせざるを得なくなったのではないだろうか。今世もエンゲルに拾われるまでは酷い環境にいたことで、増長してしまったのかもしれない。
この仮説はそこまで間違っていない筈だと、ファルシュは思っている。
環境に適応出来ないから、不遇に適応することで、生き延びた。
ただそれだけの話だ。
生き残る策を講じただけだ。
適者生存の結果であり、生存競争の戦果に過ぎない。
自覚していないからこそ、本来よりか弱く見せる振る舞いに、演技めいたものがないのだろう。
ミウリアは、完全に相手を騙す技量は持ち合わせていない。騙しているのではなく、誇張しているから、上手くいっているのだろう。
本人なりの世渡りなのだ、きっと。
そういう奴だと思うことはあれど、それを咎める気はない。
「アイツ以上に冷たい人間はいないぞ」
ミウリアには情はある。
きちんと本人なりの好意はある。
その好意が、自分よりも上回ることがないだけで。
必要ならば、好意を捻じ曲げることが出来るだけで。
好きという感情には、人によっては救いを齎してくれたり、支えになったりするが、ミウリアの場合は、それが人より希薄で、その上簡単に裏切れる。
ストラーナも似たところはあるが、彼女は、簡単に裏切ることはない。何故なら自分に対して正直だから。周囲の人間に対しては簡単に嘘を吐くが、自分に対してだけは絶対に嘘を吐かない。ライブ感で生きるものの、一定以上の好意を持っている相手を簡単に裏切るほど軽薄ではない。一定未満好意を抱いている相手ならば、簡単に裏切る程度には軽薄だが。
「暴力的なのはユーベルだけど、攻撃的なのはミウリアと言ってもいいくらいだしな」
「攻撃的か? ミウリアが?」
「自分を守るってことは、相手を攻撃するってこととニアリーイコールだぞ」
大人しさには、幼稚さが含まれており、内向的な性質には、外攻的な性質が含まれており、可愛さ外見とは反対に、醜い内面を持っている。
ミウリア・エーデルシュタインは──
いつ如何なるときも、自分を一貫させていた。
我が身が可愛いという一点では、前世も今世も一貫している。この我が身可愛さというのが、決して自分の身の安全ではないのが厄介だ。自分の欲求を通すためという意味だ。
我を通すため、欲求を通すため、自分を非常にか弱く見せ、自分を守ってくれる相手を集めているのだ。
大抵の人間は目的意識を持っていない。生きるために必要だから、やらなければいけないことだから、そういう意識で動いていることが多い。全てに置いて、目的意識を持っている人間は、極少数。ある程度は思うがまま、適当に生きている筈だ。
自己を通すためという目的意識であれ──無自覚であっても、その意識を生まれ変わっても一貫させているのだ、狂的と形容して良い。
死ぬこと以外は掠り傷と、生きているだけで致命傷を両立している人間を、ファルシュはミウリア以外知らない。
生きている以上、どうしても避けられない、辛いこと、逃避したくなること、不可解なこと、不条理なこと、理不尽なこと──自分の我を通す生涯となる出来事を、自分の非力さを知っているが故に、それらを利用して排斥しようとしている。
人間には、否、人間でなくとも、様々な側面があり、多かれ少なかれ、良いところと駄目なところ──両方持ち合わせているものだが、ミウリアは、人よりそれが希薄だ。
様々な側面を持っているという点では、間違いなく。
「俺はアイツ以上に自分勝手を極めている奴を見たことがない」
「ある意味、分り易く自分勝手にじゃないのが、何というか、面倒臭いな……」
徹底的に相手を自衛させない、無防備にさせることに重点を置いている気がする。
自衛させないで無防備にすることで、自分の欲求を通せる状態にしているのではないかと勘繰りたくなるレベルだ。
主役ではなく、バイプレイヤーであることに徹底し、友人であるファルシュ達や、保護者兼信者のエンゲルなど、例外である一部の者達以外には自分を掘り下げさせず、浅い人間味しか与えず、勝手に相手に想像をさせることで、良いように利用している。
自分が都合の良い存在になることで、相手を都合の良い存在にしている。
あくまでも無自覚に。
盲目にならず、注意深く観察すれば、彼女の人間性、本音、そういったものが何も分からないことに気付くだろう。
何かが
何かを見落としている。
そのように感じ、ミウリア・エーデルシュタインという人物が何も理解出来ないと察する筈だ。
よく分からない相手のことを、よく好きになれるなと、ミウリアに対して浅い好意を持つ者に、ファルシュは何度も思ったことがある。
好きになるだけならまだしも、恋人にするには躊躇いが生まれるだろう。
ストラーナなことをよく分からないと言っているファルシュだが、よく分からないと言っても、あくまでも、友人付き合いをする上で知っていなければならないことは知っているが、それ以上のことはよく分からないという意味のよく分からないだ。
言葉を選ばず言ってしまうと、関係を築く上で知るべきことを知らない相手と付き合うのは、不気味だと感じないのだろうか? そんなことを考えていた。
それに悟られないように振る舞っているから、気付かれていないのだろうが、少し違和感を抱いて考えるということをすれば、気付けることだ。
だというのに気付ない奴が多いのは、盲目にさせる技術が高いということなのだろう。
盲目にさせているせいで、誘拐されて、監禁されたが、それでも彼女は怪我という怪我をせず、PTSDになることもなく、普通に学園に通える状態で、解放された。
結果論と言えばそうだが、ある意味では自衛に成功している。
「ミウリア以上に我儘な人間、この世にいないと思うぞ」
変化するということは、自分を殺すことと同義だ。人間なんて簡単に揺らぐ。詐欺師と呼ばれるほど人を騙して来たファルシュだからこそ、人一倍強くそう思う。根本が変わらなくても、表面が変わっただけでもそれは変化であり、一つの自己の死であり、変化は穏やかな自殺と言っても大袈裟ではない。精神的な死を何度も経験して、人は成長するものだ。ならば逆説的に、精神的な死を経験しなければ、人は成長しない。
具体的な時期は不明だが、ある時期から精神的な死を経験せずに生きて来た人間は、果たしてどうなるのだろうか。
迎合せず、埋没せず、自殺せず、変わらないまま変わった奴として生き続け、肉体的な死を得ても、精神的な死を得ることなく、自分でいることに殉じている。
自分でいることに、狂信的な情熱を持っている人物なのだ、ミウリア・エーデルシュタインは。
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