第33話【少なくともファルシュはそう思っている】

「ストラーナさんって一番まともじゃないよなぁと、常日頃から思ってる。螺子が外れた緩い喋り方と同じで、本人の性格もかなり緩いし。逸脱した化物って感じの人でしょ、あの人。僕達が部活という形だったり、サークルという形だったり、何かかしらの変人讃歌のグループを作って、変人であることを謳歌している」


 ファルシュと共にオセロをしながら、会話をしていると、ストラーナについて話す流れになり、ゼーレは思っていることを口にする。


「基本的にあの人って、自分が悪くても良いと思っているし、邪魔なら消せばいいじゃんって考えている人で、それを考えるだけでなく、実行出来る人で──それ自体はファルシュやユーベル、ウテナも似たようなところがあるし、ストラーナさんの名前だけを挙げるのは良くないけど、あの人の場合は、罪が明るみになっても気にしないんでしょうね。逮捕されても笑っていそうというか、面白ッとか言ってそうだなぁって」


 逮捕され、塀の中に入り、そこで「面白ッ」と言っているストラーナの姿が簡単に想像出来てしまったファルシュは、「ああ」と吐息を漏らす。


「俺は捕まるなんて御免だし、ユーベルの場合はミウリア次第だろうが、基本的に俺と同じで捕まるなんて御免って考えるような奴だろ。ウテナは『捕まったらラインハイトと一緒にいれないじゃん』とか言って、全力で嫌がるだろうしな」


「ウテナはそういう奴だよな……」


 恋愛感情から生じる執着心が異常過ぎる──ある意味では、前世の方の親に似てしまったと言えるかもしれない。


「──ストラーナさんは、世界規模の災害が起きたとき、一人生き残って、人生をそれなりに謳歌するタイプの人なんだと思う」


 その発言自体に深い意味などなければ、その場限りの思い付きの言葉だったのだろうが──言いたいことは、非常に理解出来た。不思議と胸にスッと入って来た。ファルシュはその言葉に心から共感した。


「実際生き残るかどうかは別として、生き残ったら、終わった世界を楽しんでそうではあるよな」


 時折良いことを言うことはあれど、基本的に耳を貸さない方が良い──その場では本当のことを言っていても、次の瞬間、一秒後くらいには、嘘になってしまうことがあるからだ。


 その瞬間だけは、本当なのが性質たちが悪い。

 落として人を騙す詐欺師と名高いファルシュよりも、性質たちが悪いというのが、仲間内の評価だ。


 ファルシュが嘘吐きなら。

 ストラーナは思い付きだ。


 ストラーナに、芯など存在していない。

 支柱となるものが、一切合切存在していない。


 思い付きだけで生きているから、後先というものを重視ていない。考えているが、決して重視していない。


 誰にだって二面性と呼ばれるものがあり、人にとっては良い人だったり、人にとっては悪い人だったり、多面的な性質を持ち合わせているものだが、ストラーナは一面的な部分さえ存在しているのか危うい。


 ヤバい奴、何考えているのか分からない、そのようなありきたりな言葉で表現することはいくらでも可能だが、それでは本質的なところは言い表せないだろう。


 ストラーナ・ペリコローソが、一体どのようなキャラクターなのか、付き合いの浅い人間では表現することは出来ないだろうし、付き合いの深い彼らでも表現することは出来ない──本人すら、分かっているのか怪しい。


 人間の姿をした何かが、人間の振りをして、人間の真似をして、けれど、振りは不完全で、真似は不完全で、結局、人間の姿をした、人間と掛け離れた何かになってしまう──物ノ怪と形容した方が良いということは言えるが。


 何にも影響されない、染まらないという意味では、人間として異質だろう。


 前世のゼーレはそれなりに特殊な生い立ちを持っていたが、人間と呼べる存在であったと、断言することが出来る。


 今世のファルシュは、前世のゼーレ以上に、前世のユーベル以上に、特殊な生い立ちを持っているが、それでも人間と呼べる存在だと断言することが出来る。


 人間とは呼べない異質な存在だからこそ、ファルシュ達以外からは距離を置かれているのだ。


 これでは彼女が可哀想な存在であるように捉えられてしまいかねないが、彼女ほど可哀想という言葉から程遠い人物はいない。


 劣等感とか、哀れみとか、そういう概念と縁がない人物である彼女は、上辺だけの劣等感、哀れみこそあれど、心の底から誰かに劣等感を抱くこともなければ、同情することはないだろう──生まれ変わったとしても。


 彼女と比較されるのは、人間として不名誉なことだ。


「それっぽいことは言っても、次の瞬間には意見を変えることに、全く躊躇がないからな──そりゃあ世間を愉しく生きれるだろうよ」


「あの人はリスクを負うことに抵抗がないからなぁ。思い付きで、窓から飛び降りたりするし、全校集会でいきなり教頭のズラを取ったりするし、何がしたいんでしょうね?」


「アイツそんなに深く考えてないと思うぞ」


「深く考えずにあんなことやれるから怖いんでしょ。いきなりBB弾で人のこと狙撃するし」


 そこにいるだけで、日常を非日常にする女と、中学時代(前世)の校長から言われただけのことはある。


 こんなことを言われているストラーナだが、真面目にアドバイスをするときは、結構的確なことを言う。


 何を血迷ったのか、ストラーナに恋愛相談を持ち掛けた男子生徒がいた。彼女と別れたいが、上手く別れられないという内容だ。それに対して、「別れる前に思い出になるようなことはしちゃいけないんだよ。誕生日とかをお祝いしたら、思い出に残っちゃうじゃん。だからさ、別れる前につまらない、単調なデートをして、それから別れを切り出すんだよ。そしたら別れた後に粘着される心配がなくなるでしょ。コイツつまらない奴だなって思わされている訳だし」と、ストラーナがアドバイスした。


 意外と的確なアドバイスだった。それによって上手く別れられたらしい。人に感情移入することがないから、的確なアドバイをすることが出来るのかもしれない。


「俺個人の意見になるが、ミウリアの方がヤバいと思うぞ」


「そうかな? ミウリアもまあまあヤバいとは思うけど、ストラーナさんほどじゃなくない?」


「自分のことを弱者だと自覚しているからこそ厄介なんだよ」


 ミウリアは自分がか弱いことを自覚しており、自分の今の容姿が可愛いことを自覚しており、小柄で弱々しい見た目をしていることを自覚しており、庇護欲を唆る見た目をしていることを自覚しており、自分を守ってくれる人がいることを自覚しており、守ってくれる人が複数人存在していることを自覚している──尋常じゃないくらい。


 ストラーナは自分が一般的ではないことを軽くだが自覚しているが、ミウリアの方は怪しい。


 口では自覚していると言うかもしれないが、実際は言われるほど酷くないと思っているのだろう──無意識に、そう思っている可能性が高いと、ファルシュは考えている。


 ──ストラーナが一気に襲い掛かって来る猛毒だとしたら、ミウリアはじわじわ染み込んで来る毒だ。


 少なくともファルシュはそう思っている。

 これに関しては、誰に何を言われても曲げるつもりはない。


 ゼーレの中のヤバい奴代表は、ストラーナとウテナ、ファルシュ、ユーベルといった、表面的な部分でヤバいと判断出来るタイプなのだろう。


 だから、ミウリアのように、浅い付き合いではヤバさが──異端さが分からないタイプが、あまりぴんと来ないのかもしれない。


(寧ろ、分かり難いからこそおっかないと俺は思うんだが──ゼーレには分からないだろうな)


 一般的な感覚と異常な感覚を両立して持ち合わせている狂人が、どれだけとんでもない存在であるのかを。


 アインツィヒのように特化した技術を持っていなければ、ウテナのような財力と権力も有しておらず、ストラーナのような逸脱さもなければ、ゼーレのような悪意なき悪意もなければ、ファルシュのように人を騙せなければ、ユーベルのような熱意もないミウリアが、異端な奴らの中で浮かないでいる時点で、とんでもない存在だと理解するべきだ。


 ──ミウリア・エーデルシュタインは、世が世なら、大成してもおかしくない人物なのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る