第29話【デートをしない?】

「デートしない?」


 家に帰って来たウテナは、開口一番そう言い放った。「アインがミウリアに付いて行ったら、二人デートしようよ」と、言い出した。


「構いませんが、いきなり、どうして」


「誰にも邪魔されずに、二人切りでデート出来るタイミングって、あんまりないでしょ? 折角の機会だから、デートしたいなって」


「そうですか」


「どこに行きたい? ラインハイトの行きたいところ、教えてくれない?」


「行きたいところですか。では──」


 暫くデートプランを練っていると、「楽しみだなぁ。どんな服着ていこうかなぁそうだアイン、服、選ぶの手伝って」と、途中から当時のことを考え出したウテナが舞い上がり、傍観を決め込んでいたアインツィヒにまで飛び火した。


「……面倒臭ェ」


 とか言いつつ、一応は選ぶことを手伝ってくれるらしい。冬なので、コートとブーツは必須だ。ホッカイロも必須である。


「こっちとかどうかな?」


「あっちの方がいいんじゃないか? そっちだと少し寒いだろう」


「それもそっか」


 そんなことを話している内に、当日を迎えた。


「映画館なんて来るの久し振りかも」


「ヴォルデコフツォ家にいた頃は、わざわざ映画館に足を運ぶ必要などありませんでしたからね」


「そうなんだよね〜」


 などと話しながら、ポップコーンやチュロス、飲み物を購入する。


「こういうのも映画館の醍醐味だよね」


「家でも、出来なくはないですけどね」


「まあ、それはそうなんだけど、家だと雰囲気がないじゃん」


 今回観る映画は、最近流行っているホラー映画だ。普通に面白かった。ホラーというより、サスペンスに近かったが、普通に楽しく観れた。


「凄く良い映画だったね」


「あの監督の映画は基本的に面白いですよ」


「へえ、そうなんだ。今度、その監督の他の映画を観てみようかな?」


 映画を観た後に、そのようなことを話していると、デートのためにしっかりお洒落をしているからなのか、ラインハイトに異性からの視線が集まっていることに気付く。


 腰まである淡藤色の髪は手触りが良く、誰が見ても普段から手入れをしていると分かる。


 乙女色の瞳は澄んでおり、ハイライトのないウテナの今紫の瞳のように、暗い印象はない。目尻が目頭より高い位置にあるため、目元はキリッとした印象を受けるだろう。


 細身ではあるものの、なよなよとした印象はなく、程良い細さをしており、それが一七七センチある背丈にマッチしていた。


 顔立ちも、万人受けするタイプではないが、間違いなく整っている部類に入るだろう。


(そりゃ視線を集めるよな)


 自分の男がモテるというのは、それなりに気分が良い。「私の男はカッコいいだろう?」という気持ちになれる。ラインハイトが自分以外に靡かないという、絶対的な自信があるからこそ、そう思えるのだが。


「お前って、本当に魅力的な男だよな」


「そ、そう、でしょうか?」


「だから惚れた訳だけど……」


「……そ、そうですか」


「子供の頃からカッコいいけど、今はもっとカッコいいよ」


「お、お嬢様も、随分とお綺麗になれて……えっと、その」


「頑張ってそれなりに自分磨きをしているから。まあ、ミウリアやアインツィヒには到底及ばないけど」


「二人の方がお綺麗なのは事実ですが、お嬢様が綺麗であることには変わりありません。あの二人の容姿は私には関係ありませんので……」


「知ってる知ってる」


 アインツィヒにドン引かれるくらい、お互いにお互いのことが好き過ぎるのだ、この二人は──半分くらいそのことを自覚しているが、半分くらいそのことを自覚していない。


 次に向かったのは、科学館だった。正確には科学館にあるプラネタリウムだった。プラネタリウムの時間まで科学館内を巡ったが、意外と楽しかった。最先端の研究開発や、実証実験などが体験出来る施設だったからだろう。


 プラネタリウムも、普通に楽しんだ。

 ウテナは食い入るように見詰めていた。

 ラインハイトは綺麗だなと思いながら、眺めていた。


 ウテナは昔から、本物の星よりも、プラネタリウムの星の方が好きだった。


 本物よりも綺麗で、本物と違って天気に左右されない上に、本物と違って室内で見れるから、ということらしい。


「やっぱり、プラネタリウムの星は綺麗だね」


「えぇ、そうですね」


「また一緒に、見に行きたいな」


「予定が合う日でしたら、いつでも」


「ありがとう」


 ウテナはプラネタリウムから出た後、ある宝石店に足を運んだ。


「ラインハイトに一つ、アクセサリーを贈りたいんだ。だから、その宝石を選んだ欲しいんだ、ラインハイト自身に」


「宝石……」


「好きなものを選んでね」


 ラインハイトは考え込む。


「…………ウテナの瞳のような美しい紫の宝石はないだろうな」


「……まるで、告白みたいな台詞だね」


「キミだって、以前にストレートに言ったんじゃないか……私から逃げられると思うなよって。弄らないでくれ」


 下僕になって以来、ラインハイトは初めてウテナにタメ口で話し掛けた。普段からそうやって話してくれないのにと思ったが、多分頼んでも了承してくれないとだろうと、思ったことは胸に仕舞う。


「……あ」


 漸くタメ口で話していたことに気付いたのか、ポカンと口を開け、それからすぐに「申し訳ございません……」と、謝罪の言葉を口にした。


「別にいいのに」


「駄目ですよ、お嬢様」


「今すぐじゃなくていいから、いつかはやめて欲しいんだよね」


「い、いつかは……」


「結婚したら止めてね」


「結婚⁉」


 公共の場であるにも関わらず、思わず声を荒らげてしまう。すぐに店の者がいることに気付き、反射的に手で口を押さえる。この宝石店はヴォルデコフツォ家の所有物であるため、問題になることはなかった。


「私、いつかはラインハイトと結婚するつもりでいるんだけど」


「聞いてないのですが」


「私と結婚したいでしょ?」


「したいですけど……気が早過ぎませんか?」


「お母さんのお墓に何度も足を運んでる癖に今更そんなこと言わないでよ。亡くなったお母さんにラインハイトのことを、何度も何度も紹介しているんだよ? 気が早いなんてことないよ」


 それは色々とおかしいのではないだろうか? というか、アレってそういう意味だったのか? 私を母親の墓がある場所に連れて行ったのは、私と生涯を添い遂げるつもりでいるということを、母親に伝えるためだったのか?


 ──頭の中には、沢山言葉が出て来るが、声に出すことは出来なかった。


「今度はお父さんに紹介するから」


「お嬢様、急過ぎませんか? というか、今、御父上と交流があったのですね」


「実はちょくちょく会ってったんだよね」


 全然知らなかった。


「そもそも私達って、元々は婚約者、つまり結婚する仲だった訳じゃん。今更でしょ」


「元々はそうでしたけど」


「話はもう通してあるし、お父さんもラインハイトのことは、悪く思っていないみたいだからさ、ね? いいでしょ?」


 しかも、父親に話を通してあるようだ。

 用意周到過ぎる。

 完全に外堀を埋められているではないか。


「そこまで仰られるのであれば、私も吝かではないので、構いませんが、お嬢様のお父様の方は大丈夫ですか? 私達学生は冬休みですが、お嬢様のお父様は働いていらっしゃるでしょうし」


「忙しい人だけど、休日くらいあるから。こっちが合わせることになるだろうけど、大丈夫?」


「えぇ、構いません」


 好きな相手の父親に会う。考えただけでも緊張する。名前も顔も知らない相手だから、当然といえば当然だが。


(考えてみると、約五年付き合いがある相手の父親の顔を知らない──というのも、奇妙な話だよな)


 ウテナと父親は別居しているのだから、中々会う機会がなくても仕方がないのかもしれない。


 ウテナの瞳に似た紫色の宝石を選ぶ頃には、丁度良い時間になり、予定通り予約したレストランに向かった。


 個室であるため、二人は一目を気にせず、食事をする。アインツィヒ的に表現するなら、イチャついていた。


「こういうところで料理を食べているとき、毎回思うんだけど、こんな大きな皿を、こんな小さな料理に使うのって変な感じするよね。無駄にスペース取るだけだし、もっと小さな皿でいいと思うんだけどね」


「それは……こういうレストランに行ったときには、言わないお約束ではないでしょうか?」


「けどさ、ラインハイトも、ちょっとは考えたでしょ」


「確かに、思いましたが……ただでさえ料理が小さいのに、大きな皿を使っては、予型に小さく見えてしまうとか、そういうことは思いしましたけど」


「でしょ?」


 二人共、実家が良家出身であるためか、どちらもテーブルマナーこそちゃんとしているものの、会話に関してはそうではなく、親しくない他人には聞かせられないものだった。


「料理は美味しいんだけどね」


 そう言ってウテナは料理を口に運ぶ。


 料理を食べている時の表情を見る限り、本当に美味しいと感じているらしい。


「今日のデート、凄く楽しかったわ」


 帰宅して、少し時間が経過した頃に、ウテナはそう言った。


「いきなりデートしようと言い出したのに付き合ってくれてありがとう」


 彼女は、こんな殊勝なことを口にする女だっただろうか──怪訝とまではいかないが、少なくとも疑問に近い感情は抱き、それが態度に出ていたのか、彼女は言葉を続ける。


「実のところ人を本気で好きになるとは思わなかったし、まして結婚したいと思うとは思わなかったんだよ」


「訊きたいのですが……それは、何か理由があってのことなのでしょうか? 失礼を承知で窺いますか、もしかして、ご両親が原因だったりしますか?」


「それが全部って訳じゃないけどね」


 前世の両親が大部分を占めているが、今世の両親も一応理由の中に含まれている。今世の両親は決して険悪な仲だった訳でもない。良好だったかと言えば、首を傾げざるを得ない上に、色々言いたいことは出て来るが、お互いを憎く思っている訳ではないのだろう。少なくとも、子供の前ではお互いを悪く言わない人達だ。


「今度お父さんに会う訳だし、事前に話ておいた方がいいよね……お父さんさ、私がヴォルデコフツォ家に引き取られるまで、私の存在を知らなかったんだよ」


「そうなのですか?」


「私のお父さんと、私のお母さんは仕事を通じて知り合ったんだよね。お母さんにその気はあったけど、お父さんにその気はなくて……だけど、お父さんが賭けに負けたらしくて、酒が入っていたこともあって、一回だけ関係を持ったらしいんだよ」


「一回だけ関係を持って、それで、お嬢様が……ということですか?」


「まあ、そうなんだけど……お父さんはうっかり子供が出来ないように、色々していたみたいなんだけど、お母さんはそれをこっそり悉く台無しにしていたみたい。絶対に付き合うことは出来ないから、子供だけは欲しかったみたい……正直どうなんだそれって思ったけど、相当惚れてたみたいで。実家で酷い扱いを受けていて、人間不信気味になっていて、そんな中、純粋に好きになれた相手ということで、妙な方向にスイッチが入ってしまったみたい」


「なるほど……そういった事情があるのですね」


「ラインハイトに惚れている今は、その気持ちも理解出来なくないなぁって思えるようになったから、その件について、私から何か言うことは出来ない。お父さんは文句を言う権利があると思うけど、言いたいことはあるけど、お母さんが変な方向に努力しなかったら、私は産まれなかったから気にしていない──って、前に言っていた」


「御父上とは、仲が良いのですね」


「仲良いよ──それで、たった一回で出来ちゃった訳だけど、出来てからは会う機会がなくて、会っていないみたい。一人で子供産んで、一人で子供を育てた訳だけど、子供目線では特に不満はなかったよ。普通にどこにでもいるお母さんだったかな? どうしてお父さんと一緒じゃないのかなとは思ったけど、それぐらいかな? 心筋梗塞で死ぬまで、本当にちゃんとお母さんしていたと思う。強いて不満な点を挙げるなら、偶に聞かされるお父さんの話がちょっとウザいなあぁくらい」


 話しているときの様子を見るに、彼女は本当に母親のことを悪く思っていないだろう。恐らく、好いているのだろう。珍しく穏やかな声を発していた。


「それでどうやってお父さんが、どうして私に、要は自分に子供がいることに気付いたのか──なんだけど、私がヴォルデコフツォ家に引き取られた後に、偶然会う機会があって、私の容姿があまりに母に似ていたことと、生まれた時期が時期だから、もしかしてあのときに出来た子なんじゃないかと疑ったみたい」


「お嬢様は、御母堂にそっくりですからね。親族から生き写しと言われるくらいには、似ていますもんね」


 髪と瞳の色が同じだったら、ウテナの写真と言われて、彼女の母親の写真を出されても、ウテナの写真と信じていたかもしれないくらいには、似ている。今のウテナは、顔も、体型も、髪質も、写真の中の母親にそっくりだ。彼女が金髪の鬘を被ったら、殆ど母親と同じ見た目になるだろう。


「私がお母さんの話を聞いて、確信したみたい。こっそりDNA鑑定して、親子関係があることが証明されたから、それ以来、何かと気に掛けてくれるんだよ。最初は義務的な感じだったけど、最近は──というか、だいぶ前から、結構普通におやとして仲良くするようになったかな?」


「父娘関係が拗れなくて、本当に良かったです」


 自分が父親との関係を拗らせたからこそ、彼女はそうならなくて良かったと、余計にそう思う。


「一歩でも間違えたら、危うく修羅場が一つ出来上がっていたと思うけどね」


「……そうですか」


 今の父娘関係が成り立っているのは──ある意味、奇跡に近いと言っても過言ではないだろう。


 冗談抜きで、ウテナはそう思うのであった。

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